テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

4-14

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自身の瞼に当たる光に気付いて目を開いた。

其処は一瞬光に包まれた、真っ白な空間だと認識しかけた。

しかし目を細めて次第に光に目が慣れていくと、この場所が医務室である事が次第に分かってきた。


「…隊長…?!」

自分の顔に当たる眩しい朝日を遮ろうと片手をゆっくり顔の前にあてがった時、そのすぐ側から人の声が聞こえた。
その者は信じられない様な、それでいて嬉しそうに目を見開きながら椅子から音をてて立ち上がった。

「おい…!
隊長が目覚めたぞ…!」


カスパルは顔に手をあてながら何故この様な状況になっているのか理解するのに時間を要していた。

声のした方へ振り向こうと首を曲げると、自分自身の頭と身体に猛烈な違和感を感じて呻いた。
急いで両手で自身の頭と胴体に触れる。

「…おれ、は……」


触れた感触で包帯が巻かれている事に気付いたカスパルは、漸く自分が置かれている状況を思い出した。


先程声を上げた部下と、背後に待機していた数名の部下達が一斉にカスパルの横たわるベッドへと集まった。

「隊長…!目が覚めて本当に良かったですっ…!」
「痛みはありますか!?隊長!」


駆け寄ってくる部下達に少し困った様にカスパルは笑いかけた。
その表情を見て泣きそうにしゃくりあげる者や、安心した様に深く息を吐く者も居た。


「心配かけたな、皆…。
痛みは少し、だが問題ない。
……、俺はどれくらい眠っていたんだ?」

傍に立つ部下の一人は、感極まった様に目元を袖で拭きながら口を開く。


「隊長は五日も意識が戻りませんでした…。
暴動の後、隊長は酷い傷を負いながらも両陛下を寝室に避難させ、急に走ってどこかへ行ってしまったんです。
本当に心配しましたよ…!」


暴動の後、シムの元に直ぐに向かった記憶が蘇る。

しかし今こうして部下に囲まれて医務室に居る。
ならばシムは一体どうなったのだろう。
自分は何処から意識を手放してしまったのか、曖昧な部分があり眉を寄せた。

「…俺はどうやって此処に来た?」

「従者の一人が発見して、数人でここに運びました。
あの夜、教会に何か御用があったんですか?」


"俺の事、よりも、自分の心配、してください…!"


必死で泣くまいと、カスパルの前で唇を強く噛んだシムを鮮明に思い出し胸が締め付けられた。

愛しい顔を見ながら情けなくも安堵し、眠る様に意識を飛ばした事も思い出し、格好悪いところを見せてしまったと苦笑しながらも首を横に振った。

「…いや、個人的な用だ。
今の宮廷の状況を教えてくれるか?」

「は、はい!」


部下の一人が数日前の暴動や被害の状況、王族の判断に関する事、憲兵が姿を消した事など、これまでの事を報告した。
その報告を時折眉を寄せつつもカスパルは静かに聞く。

状況は思ったよりも悪く、宮廷が無事であった事はむしろ其の場凌ぎに過ぎない最悪な状況である事を察した。

「増税か…、外は荒れているだろうな。」

カスパルは非常に疲れた様に横たわりながらため息をつく。

非常に言いづらそうな面持ちで部下は口を一度閉ざした後、再度重々しく話し始めた。


「宮廷内でも犠牲が出ました…。
我が隊の、…、」

何度も区切るその言葉は嫌でも不吉な予感を孕んだ話し方だ。

強張った眼差しでカスパルはその部下を見る。
聞きたくない単語が出て来そうなその雰囲気に、カスパルは戦慄した。

「我が隊の、モールが死亡しまして…。」


「何…!」

カスパルは予想外の死者に、思わず身体を起こそうと力を入れるも、傷口に激痛が走り苦しそうに息を吐いた。

「何故死んだ。
誰にやられた…!」


カスパルは語尾を強めながら問う。
その眼差しは凡そ信じたく無いと拒絶する様に光っていた。

モールを亡くし悲しみを背負う部下達もカスパルと同じ様な表情をしながら俯く。


「モールは、訓練場で死んでいました…。
自分の血で、犯人の名前を書いていました。
その名前は捕らえた反政府組織からも割らせた先導者の名前でした…。
恐らく…その先導者が犯人です、隊長。」


カスパルは目を見開いたまま押し黙って思考を巡らす。

モールも一般人ではない。
カスパルが武術を叩き込んだ優秀な部下の一人だ。

そう簡単に殺される様に育てていない。
そのモールを殺す人物の手腕はどれ程なのだろうか。

その腕を身につける事は一般人では元軍人経験者以外は不可能に近い。

加えて、訓練場で死んで居たという事はそこまで辿り着く宮廷内の知識があると言う事。
宮廷内を把握しうる人物が、あちらの反政府組織の中心に居るに違いない。

カスパルは短い時間の中で仲間か、若しくは元仲間だった者かがあちら側について居る事を推測した。


「モールの遺体は今何処にあるんだ?
傷口を見れば、相手がどういう襲われ方をしたのか分かるんだが…」

過去、近隣国バロニアの友軍として戦地の経験もあるカスパルが見れば、どの様に殺されたか遺体を見ればある程度は把握出来る。
しかし部下達は静かに首を振った。


「もう此処にはありません….。
軍人の殉職は名前を刻まれるだけで、遺体は遺体集積所に運ばれます。今頃この街の集積所に運ばれてます…」

「そうか…」

モールの死に関する手掛かりが掴めない。
状況に頭を悩ませる様に目を瞑った。


カスパルは一度目を開くとベッドから立ち上がる。
痛みを気にしている時間はない。

表情を硬いまま崩さず、武人らしい筋肉のついた身体に包帯を巻いたままその上に掛けられていた軍服の上着だけを羽織った。

「隊長!まだ安静にしないと…!」


「いや、訓練場を見る。
お前達もずっと見張ってくれて有難う。」

軍服を羽織りながら頭にも包帯を巻いたままのカスパルは皆に向けて安心させる様に少し笑って見せた後、直ぐに真剣な顔をした。


「モールを殺した奴を俺は許さない。
だが俺達は軍人だ、今は街の治安もここも安定していない状況、少しでも皆が不安にならない様に動かなければならない。」

部下達はその頼もしい声色や言葉に、眠るカスパルの傍らで不安に駆られていた感情を解きほぐしいった。

その底のない頼もしさと広い偉大さがカスパルに着いていきたいと思う最大の要因と言っても過言ではなかった。

「は、はい…!」


相槌を打つ部下を一人一人確認しながら、部屋を後にしようとしたその時医者が駆け寄って袖を掴んで来た。

「ラザフォード様、まだ安静にしていないと…!」


カスパルは医者の手に気付きやんわりと除けながら頭を下げた。

「申し訳ない、しかしゆっくりしていられません。
迷惑をかけますが行かせてもらいます。」


再度退出しようと扉に手を掛けようとした時、再度医者がカスパルに向かって声をかけてかくる。

「それでは私も伝言をお伝えします…!
国王陛下より、回復したら国王陛下専属の護衛にあたる様にと。」

「何だと……」



カスパルはドアノブにかけた手を一度ぴくりと止めた。
それは部下達も同じであり、上司のカスパルを専属に着かせるなど、今更どの顔を下げてその様な命令をしてきているのだと、些か不快な表情を浮かべる者さえもいた。

スパイだ他国出身だと散々疑い虐げ周りを止めず同じ様に冷たい目で見ていた国王が、やっと目覚めた自分達の隊長を独り占めしようなど、掌を返す命令に部下達は顔を見合わせながら納得の行かない顔をする。

しかし命令は命令であり、それに対して何かを言える者はいない。
皆一様に押し黙ってカスパルの背中を見た。

カスパルは扉に顔を向けたまま、表情は見せないまま一つ頷いてその逞しい背中は扉を開けた。

「承知しました。」

















朝、宮廷の執務室付近の庭に居たミシアは、足音に気付き曲がった腰を上げながら草木から手を離した。


「ミシアさん」

そこには、師に会え嬉しそうに微笑むシムが、自分の持つ手入れ道具を腰のバッグに入れてやって来ていた。

ミシアも笑い返し、実質休みをあげた孫の様な部下の律儀さに少し息を吐く。


「あらシム、憲兵さんを探して来て良かったのに。」

シムがミシアの元まで辿り着くと、手元を確認して今どの様な手入れを施しているかを判断する。
薔薇の茎を固定するために巻こうとしていたしめ縄をシムは持ち始めた。


「探してます。
見つかっては、無いですけど、花達に、元気を貰いに、来ました。」

そう話す表情は落ち着いており、寂しげに揺れている様でもあった。
あまり進捗が芳しくない事を察したミシアは「そう」と答えて同じ様にしめ縄を手にした。


「怪我をしたお友達の方は無事だったかしら?」

シムはミシアの言葉を聞いて、一度手を止めた後再び茎の過程を再開させる。
寂しそうに下を向きながらも微笑む不安定な表情であった。

「…まだ、分からないんです。」


不安と葛藤が数日肩に重くのしかかっているシムの心を案じて、同じ様に困り顔になる。

「そう…、早く無事かどうかだけでも分かるといいんだけれどねぇ」



一度困った様に笑いながらしめ縄に視線を戻すシムは、カスパルの顔を頭で思い浮かべた。

シムはカスパルに会いたくて仕方がなかった。
いつだって会えるなら会いたかった。


しかし毎日図書館で一人、今日は来るかもしれないと期待を抱きながら待つ夜は長く、そして冷たく寂しい。
待てば待つ程にシムの心もまた疲弊した。

待てどカスパルは来ず心ばかりがすり減った。

小風もいない今、打ち明けられる者もいない。
ここ数日のシムにとっての夜は苦しみに耐える為の時間の様だった。

「そうですね…」

なんとか絞り出す様に短く返答だけし、庭仕事を進めた。









  
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