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無力の力
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しおりを挟むミシアの手掛ける庭は相変わらず素晴らしいバランスで成り立っていた。
しかし今は肌寒い冬前であり、草木達も冬眠し来春芽吹く準備を始める。
そのため花は咲かず細い茎や色が若干霞んだ葉ばかりとなっている。
情緒溢れる侘しさのある庭もシムは堪らなく美しいと、手入れを手伝いながらも目を輝かせた。
静かな表情を表す庭にもちらほらと冬に咲く花が蕾を膨らませて開花を始めていた。
その花達は小さく白く、テューリンゲンに降る雪を彷彿とさせる様に儚く美しかった。
シムは春に咲く花達の茎の選定と固定を終わらせた後、下に咲く花達に優しく触れた。
「クレマチスですね。」
その花をシムも知っていた。
テューリンゲンの屋敷で一度植えた事のある花だった。
「そうよ、クレマチスは育て方によって冬にも咲かす事が出来るからアクセントにね。
今年も可愛い花が咲き始めたわ。」
春夏秋冬を通して咲く時期や過程を調整するミシアは、やはりシムにとっては学ぶべきところが多い偉大な師だ。
「いつ頃から、植え始めたんですか?」と興味がある様に言葉を返した。
ミシアはひと段落ついたところでシムを連れて庭をゆっくり回って説明をして行く。
なぜ夏に咲く花がここに植えられているか、この品種とこの品種はなぜ隣り合わせなのか等、その一つ一つの意味と説明をシムは大変熱心に頷きながら黙って聞いた。
「あなたは庭に花を植える時、メッセージ性を大切にするかしら?」
「花言葉、ですか?
はい、一応気にして植えています。」
シムはきょとんと首を傾げながら答える。
ミシアは先程シムが触れたクレマチスを指差した。
「あれの花言葉を覚えている?」
クレマチスに目をやりながらシムは腕を組みながら考える。
テューリンゲンで植えた時に確か教えてもらった記憶はあるが、すっかり頭から消えている様だった。
「…わかりません。」
ミシアはシムの申し訳なさそうな態度に一度肩を上げ、気にしていない様に笑った。
「あれの花言葉はね、精神の美。
冬は皆寒さで心が乱れる時期よ。
皆が悪い心に取り憑かれません様に。
この花が皆を守ってくださります様に、そう願って植えたの。」
精神の美。
シムはそっと復唱しながらクレマチスを眺めた。寒い冬も凛と咲く花にぴったりの花言葉だと思い微笑む。
「とても逞しい、花ですね。」
ミシアは横に立つシムの微笑みを見ながら自身もそっと微笑む。
本日の剪定をお互いに終え、残るは下に散った枯葉の除去と、冬のひもじい大地を支える肥料撒きだけとなった。
ミシアは腰を抑えながら太陽を見上げた。
「もうお昼ねぇ。
今日はもうここまでにしましょうか。
あなたは街にまた出るのかしら?」
腰を抑えながら伺うミシアに、シムは一つ頷いた。
そこでシムは何か思いついた様にクレマチスの元まで駆け寄った。
「ミシアさん!この花少し頂いても、いいですか?」
「構わないけれど、誰かにプレゼント?」
シムはミシアに笑いかけながら、ラナダとレインを思い浮かべて二輪選んで鋏で切った。
「それじゃあシム、私は食堂でお昼を取るわ。
また手が空いた時に手伝って頂戴ね。」
腰を痛そうに抑えて庭を去ろうとするミシアに、シムは花を片手に心配そうな面持ちで慌てて近寄る。
「あ、食堂まで俺も…!」
ミシアの腰を案じて付いて行こうとするシムを手を払って優しく遠慮する。
「これぐらい何時もの事よ」
ミシアはそう言ってゆっくりと庭を去って行った。
シムは去って行くミシアの背中を見届けた後、庭にまだ残る道具達を拾い集めて近場の水場まで持って行った。
その水場は庭師を含めた外で従事する者達の為に作られた、宮廷からは少し離れた場所だ。
今まで教会の庭に苗を植え続けたシムにとってはまだ馴染みの浅い場所である。
しかしこれからの仕事は、既に完成された庭の手入れや入れ替えを主に行う事になる為、使う道具も幅が広がる。
水場で土を洗い落とす作業も一層増える仕事の一つでもあった。
シムは水場で、木製の桶を井戸に落とし、持ち上げて水を汲む。
腕を捲り上げ土だらけになったスコップや剪定袴に水に掛けて触れると、冬前の気温で下げられた水がシムを芯から冷やす様だった。
「冷たい…!」
驚きに目を一瞬瞑りながら肩を上げるが、すぐに作業を再開させた。
シムは手元の器用さはあまりないものの地道な作業は向いている。
目の前達の道具達はあっという間に綺麗になっていった。
「よし…」
もう一度水を掛けて綺麗に洗った道具達を見て、シムも満足げに頷く。
洗い落として気が付いたがここの土地の土はテューリンゲンの土よりも若干ねっとりと粘土がある様だった。
テューリンゲンよりも水捌けは悪いがテューリンゲンよりも栄養は高そうな土であり、前の所よりも植物の植え方や種類について冒険が出来る土かもしれないと観察しながら、洗ったばかりの道具達を自身の腰の業用バッグにしまい込んで行く。
本日も街に降りる予定だったシムは、もう一度襲われかけた門の付近まで行ってみようと思っていた。
前回は右も左も分からない状態で行ってしまったせいで、悪目立ちしてしまったが、昨晩の帰り方は確かに手応えがあった。
今なら街に溶け込めるかもしれないという可能性に賭けていた。
もう一度門の付近まで行き、宮廷の警備が届き切っていない場所で行方が分からない憲兵の事だけでも耳にする事が出来れば御の字だ。
宮廷と離れた水場から再度一度自室に戻る為、従業員用廊下を目指して歩を進めていると、数人の従者達とすれ違う。
大量の洗濯であったり掃除であったり、誰かのお使いで歩き回っていたりとそれぞれの業務で忙しそうだった。
皆すれ違う度に軽い挨拶程度の言葉を交わして行く。
シムにすれ違う際もお互いに「お疲れ様です。」と、一声掛けお互いを労った。
それでもこのお昼の時間の事もあって、いつもよりもすれ違う者は少なく、挨拶をした数人以外はシムの付近にはいなかった。
「……?」
ふとシムは歩きながら目を凝らした。
廊下の方から、明らかに覚束ない歩き方の男がこちらに歩いてきていた。
その足取りは遠くから見ても体調不良を訴えている様で、シムは無意識のうちにふらつく男に向かって歩き始めていた。
近づけば近づく程体調を崩している事が手に取る様に分かりシムは心配そうに眉を下げる。
その男はえんじ色の軍服を見に纏っている、シムと殆ど同じ背丈の男だった。
「あ、あの、大丈夫ですか…?」
シムは声を掛けながらそのえんじ色の軍服がカスパルと同じ色である事に気付き、一瞬心の動揺が生まれる。
しかし今は目の前の男が心配なので駆け寄った。
男はシムより若く焦茶色の髪は短く切られ、髪と同じ色の瞳はシムに気づいていないのか視線彷徨わせ続けていた。
その表情はまさに氷の様に蒼白で危うさがあった。
シムは駆け寄り、男の顔色を見てあまり大丈夫では無いと判断し、持っていた花を胸のポケットに挿し、男のわき腹に自身の手を差し入れて身体を支えた。触れると筋肉が引き締まっていることが分かり、若干だがシムより背も高い様だった。
「吐きそうですか…?
動けそう、ですか?」
シムは自身の手を添えた事で、その男がブルブルと軍服の中の身体が震えている事に気付く。
シムの問いかけに、男は漸く目の前のシムを認識した。
顔を上げ戸惑いの眼差しを向けるも、
少しだけでも顔を動かしてしまうと嘔吐してしまいそうな白い顔で、直ぐさま自分の口を手で塞ぎ弱々しく頷く。
シムは頷き、ゆっくり身体を支えながら誘導する。
今いる場所では男が嘔吐してしまった場合、シムが対応しきれない。
水場付近まで戻って休めさせようと考える。
「直ぐそこで、休みましょう。
ゆっくり、歩きましょう。ね。」
シムは安心させる様に微笑みながら、ブルブルと震える男を支えた。
男も震えが治らないながらにも、支えるシムの体温の暖かさを冷えた身体で感じ取っていた。
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