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無力の力
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しおりを挟む翌朝カスパルは、国王の執務室に向かう豪奢な廊下を歩いていた。
その頭にはまだ包帯が巻かれているが軍服はしっかり身に纏っている。
廊下の先の大きな扉の前には私兵二人と数名の執事と従者が控えていた。
執務室の前は流石厳重に警備されている事に感心する。
カスパルが扉の前に立つ者達に軽く目を配せ、扉に手を掛けようとしたところ、一人の若い執事が慌てて止めに入った。
「申し訳御座いません、ラザフォード様…!
現在急な来客に対応されておりますので少々お待ちくださいませ。」
カスパルはその執事の言葉に不思議そうに首を傾げる。
此処に来るよう指示を受けているのは自身の方の筈であるからだった。
「私も国王陛下に呼ばれています。
どなたがいらっしゃっているんでしょうか?」
その問いに関しまして歯切れ悪そうに若い執事は目を泳がせる。
「はい…、大した御用では無いようですが…。」
それだけ言うと執事も内容を把握していないのだろう、不安げに扉を見つめた。
カスパルはその執事の態度を見つめて同じ様に扉を見つめる。
確かに扉の向こうは些か人の声の飛び交う音で騒がしかった。
『無礼は承知しておりますが、一旦お戻り下さいませ…!』
『まだ話は終わっておりません!
陛下、どうか私のお話を許諾下さい!』
扉の近くで物々しい会話が聞こえてくる。
どうやら客人は退室促されながらも抵抗し、何かを訴えている様だった。
(何事だ?)
カスパルは若干身構えつつ扉の前で待機する。
ふいに扉が開かれた。
そこから出てきたのは国王に最も長く初老の支えている執事。
そして冷たい印象を与える、真っ青な瞳が印象的な白髪の男が外に出てきた。
扉に控える者達は慌てて最高敬礼で待機し、カスパルも急ぎ端に寄る。
「陛下は本日も大変予定が詰まっておりますので、今日のところはお戻り下さいませ…!」
追い出すように誘導する執事の懇願に白髪の男は苦しそうに眉を寄せ、その誘導を振り払う。
白髪であるが老人ではなく、40前半といったところか。
案外若いかもしれないとカスパルは観察した。
「私の義息子の行方が分かっていないのです…!
せめて私軍か護衛軍を何名か貸していただきたい!
街に探しに行かせてください、陛下…!」
「落ち着いてください、オーデッツ様!」
「オーデッツ…?」
カスパルは放たれた名前を呟き、目を見開いた。
その名前で鮮明に過去の会話思い出した。
"8年前より、オーデッツ家からお名前を借りております。"
この男は小風を養子に招いた人物だ。
カスパルは話しかけようと一歩踏み出そうとしたが、オーデッツ卿は息を落ち着かせる様に胸に手を、当てて暗い顔のまま口を開いた。
「分かりました…。また伺います。
しかしこれだけは再度陛下にお伝えください。
何かあってからでは遅いのだと…!」
一つも意見が受け入れられなかったのだろう直談判に、憤った態度で息巻いて早歩きでその場を後にするオーデッツ卿を追いかけようと足を動かすも、その後ろで先程まで追い出すことに注力していた執事がカスパルの元まで駆け寄ってきた。
「ラザフォード様大変お待たせしてしまい失礼致しました…!」
急ぐ様に促され、カスパルは去って行った廊下を名残惜し気に見つつ重厚な扉から執務室へと入った。
広く厳格な絨毯の間を進み部屋の奥に大きな机、そして国王陛下が書類の山の前で着席していた。
カスパルを視界に捉えるなり大層嬉しそうに微笑み、立ち上がりながら両手を広げた。
「おおカスパル!
回復したか、あの夜はよく私を守り抜いたな。
大義だった!」
賞賛を贈る国王にカスパルは硬い表情のまま敬礼する。
「もう話は聞いているな。
今日この時から護衛軍を任せつつ私の専任護衛を頼んだぞ。」
国王は嬉しげに言った後、話は終わったかの様にゆっくり椅子に腰掛け重厚な万年筆に手を伸ばす。
カスパルは国王の言葉を受け止めた後顔を上げた。
「その件についてですが、確かにあの晩はあの様にする事が得策と判断した上で陛下をお守りしました。
しかし今後私が専任護衛に任命されてしまいますと護衛軍の仕事に目が行き届かなくなってしまいます。
お考えを改めていただくことは難しいでしょうか。」
まさか反論が返ってくると予想していなかった国王は、一瞬目を開いた後機嫌を損ねた様に息を吐いた。
「何を、私が下した命に歯向かう者が居てはならない。
あの晩私は確信したのだ…!
この宮廷で現状応用が効き、強い盾となれる者は貴様しかおらん。
快く引き受けるのが軍人としての美というものだろうが!」
軍人としての美、というものをまるで理解していない国王から出る軽んじられたその言葉に、カスパルはこめかみがぴくりと動くがやはり表情を変えないまま首を横に振った。
「軍人としての美と仰るのであれば、私にとってのそれは部下の成長と健闘です。
勿論業務として宮廷や王族は護衛しますが、軍の統括を任された私が専任護衛を兼務する事はどちらかが必ず疎かになるのです。
どちらかが疎かになる事は私にとって何より避けたい、どうかこのまま護衛軍の統括長を全うさせて頂きたいのです。」
尚も楯を突くカスパルに国王陛下は、不機嫌そうに音を立てて万年筆を置き、席を立った。
しかし今しがた発言したカスパルの意見は至極真っ当なものなので国王は大変不満そうに顔を歪めるも、口はもごもごと閉じたままだった。
そんな国王の態度に、もう言い返されないだろうとカスパルは判断し一つ息を吐いて再び口を開く。
「…専任は了承致しかねますが、優先して陛下の側にいる様に致しましょう。」
国王はその言葉を聞いて「そうか…」と間の抜けた力ない一言を発した後、虚を突かれた様に再び椅子に座った。
優先して側に居てくれると言ったはいいが、専任でないと意味がないのではないか。
若干不満は残るもののカスパルが譲歩したことによって何かを言い返してうやろうといった子供じみた感情は国王の中から一旦は消えて行った。
しかし今の情勢は建国以来最悪と言っても過言ではなく、少しでも自分の盾が欲しい国王はいつかはカスパルを専任護衛にという思いは消えなかった。
カスパルは頭の包帯をわざと片手で触れる。
「陛下、本日の業務なのですが…回復したとはいえ傷が癒えておりません。
本日は目が覚めた折ご挨拶に伺いましたが午後から休養をいただけませんでしょうか。」
「休養だと?」
今日から一日中側に居て貰うつもりであった国王は再び不満そうに眉を寄せた。
しかし確かに傷の癒えないカスパルを酷使させ、自分の一大事の時に本領発揮されなければ困るのは国王自身である。
小さく唸った後重々しく首を縦に振った。
「…よかろう、但し今日だけだ。
明日から私を護るのだぞ。」
「恐れ入ります。陛下
それでは失礼致します。」
カスパルは綺麗に敬礼をし、執事にも軽く会釈しようとしたところで何かを思い出した様に再び国王に目線をやった。
「そう言えば、先程いらっしゃっていた客人はどの様な御用だったのでしょうか?」
国王もすぐにオーデッツ卿の件であることを察し、鬱陶しそうに手を振った。
「ああ、あれはいいのだ、今度来たら私への不敬罪で処罰してやる。
養子を捜させろと煩いのだ。
そんな余裕などないと追い払ってはいるが何ともしつこい男でな。」
鬱陶しそうにする国王の表情をじっと見つめ、「そうでしたか。」とだけ発すると今度こそ敬礼をして執務室を後にした。
執務室の扉まで誘導した初老の執事は、大変暗く鬱々しい表情をしていた。
この執事は特段明るい表情はしないものの、今日は特に青白い顔をしていることに気づき、カスパルは前を歩く執事の肩に手をやった。
「顔色が優れない様ですね。
身体の具合は大丈夫ですか?」
カスパルがそう問いかけると、あからさまにびくりと肩を震わせ勢いよくカスパルを見遣った。
そのあまりの驚き様にカスパルの方が驚き、乗せた手をすぐに肩から退かした。
「あ、い、いえ、何でも御座いません。
お気遣い誠に恐れ、入ります。」
明らかな声の震えと挙動で大丈夫とは言い難い。
しかし本人が大丈夫と言う以上は踏み込むことが出来ない。
その声色に首を傾げながらも頷く。
「…そうですか、あまり無理はなさらないでください。
では、失礼します」
カスパルはそう言って大きな執務室の扉を抜け、傍に待機する従者達にも会釈をしその場を去って行った。
初老の執事はその大きな扉を音を立てない様ゆっくりと閉めながら深刻そうにため息を吐いた。
「……っ」
執事は昨晩、見てはならないものを目撃していた。
それはカスパルが図書館に居たこと、そして男を抱きしめて居たこと。
レグランドでは同性愛は本能的倫理的に逸脱した異端な存在であり罪である。
同性愛者と言うだけで幽閉などはまだ軽い方で処刑された例もあったと聞く。
その様な罪にカスパルが手を染めている場面を見てしまった。
しかしあの晩から今に至るまで何度も何度も、あれは友情の抱擁だろうと思い込もうとしたが、記憶の中のカスパルは普段凛々しい武人に相応しい猛禽類の様な顔立ちからは到底想像出来ない程の極上な甘い笑みを浮かべていた。
あの様な表情を浮かべて抱きしめるなど、一瞬目撃した執事にだって分かる。
友情ではなく恋情愛情の類であることは人間の本能として分かるのだった。
さらにその腕の中に収まっていた人物は、角度から伺い見ることはできなかったが、聞こえてきたカスパルの言葉から名前は把握していた。
それは最近気にして見る様にしていた男で間違いなかった。
”シム、心配してくれて有難う。
俺はもう大丈夫だ。”
カスパルの優しげな言葉さえも鮮明に思い出せてしまう。
シムと言う男はとても冴えない凡庸な見た目の青年なくせに、あのカスパルをこうも甘い表情にさせる力を何故か持っているようだった。
しかし同性愛はこの国で禁忌なのだ。
「はぁ…」
「おい、茶をここに。」
国王は片手で机の隅を指差しお茶を所望してくる。
考えに耽っていた執事は慌てて「はい只今!」と返事をしポットのある傍のテーブルまで歩み寄り茶の準備をした。
昨日、既に目覚めていたとはずのカスパルは国王の元にすぐ行かず、凡庸で身分も低い庭師の元へ赴いていたことも含めて、執事はこれを報告する勇気がなかった。
陛下にはいつかは言わなければならない、
私の様な分際が秘密を有してはならない、
しかし、言ってしまえばラザフォード様は…。
震えそうになる手に力を入れ、平成を装ってお茶を注いだ。
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