テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

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カスパルは暫くの間、シムの暖かさや身体、そして匂いを噛み締める様に抱きしめ続けた。

そのカスパルの腕に先程まで泣いていたシムも、流石に恥ずかしそうにもぞもぞと動き出した。

「あの…、照れて、しまいます。
腕を、ほ、解いて、ください。」


その言葉を言うのも更に恥ずかしく、下を向きながら困った様にシムは顔を赤くさせた。

カスパルは、実は腕の中で身じろぎしているシムに気付いてはいたが、悪戯心を擽るだけのその動きに、気づかないふりをして抱きしめ続けていた。

「俺の腕の中は照れるのか?
シム」

わざとらしく優しげに問いかける。
今先程そう答えたばかりだと言うのに、カスパルはシムの前ではただの一人の男である一面を隠しきれなかった。

シムは眉を下げたまま軽くカスパルの胸を押し返し、距離を図ろうとする。

「は、はい…とても、照れます。」

困りながらも素直に答えるその姿に、カスパルは幾分満腹な気持ちになり漸く腕の中から解放した。

シムは直ぐに顔を戻し赤くなった顔を本で隠した。


こんな無様な表情を見られては、シムがカスパルを想っていることがバレてしまう。
シムなりの配慮だったが、カスパルはそれを遥かに上回る甘い微笑みでシムを見つめていた。

ふとシムの手元の本を覗き込むと、カスパルは感心した様に言葉を発した。

「植物を調べてるのかと思ってたが、文字を勉強してるのか…!」


シムは恥ずかしそうに手元の本を閉じて隠す。
男として無学である自分が今こうして一生懸命勉強している事はあまり人に見られたくない気持ちが少なからずあった。


「はい……。
文字が読め、ないと困ることが、色々あって。
せっかくなので、勉強しているんです。」

カスパルは感心した様にシムの話を聞き、絵本の中の適当な文字を指差した。

「じゃあ、この一行は?」

「…ええと、私はこれから、あなたを…迎えに行くので、待っていて…ください。」

首を捻りながらもゆっくりと回答するシムにカスパルは微笑みながら大きく頷いた。


「正解だ。凄いじゃないか!
まだ始めて間もないだろうに、凄く呑み込みが早いな。」


褒め甘やかすカスパルに対して、シムは気恥ずかしい気持ちで全身がくすぐったくなりながらも、嬉しくて仕方がなく頬が緩んでしまう。

出会った頃からシムは、カスパルから貰う褒め言葉や表情に大層弱かった。



「それにしても文字が読めないと色々不便というのは、また新しい植物でも調べているのか?」

「いえ、今小風の、行方が分からなくて、街に行って手掛かり、探してみているん、ですけど…」

シムがそう言うとカスパルは目を見開いたかと思えば途端に深刻そうな眼差しでシムの肩を強く掴んだ。
その力に驚きシムも目を見開く。

「かっ…カスパルさん?」

「一人で街に行っているのか?
今街はとても危険なんだぞ…!」

シムの身にもしも何かあったらと想像するだけで芯から冷える思いであった。

しかしそんな気持ちはつゆ知らず、シムはああ、と声を出し微笑んだ。


「子供達に、助けてもらって、顔見知りになりました。
どこが危険か、教えてもらったんです。
それで何とか、大丈夫です。
…それより、小風の手掛かり、まだ見つけられなくて…」


カスパルは未だ納得していない様な表情でシムを見下ろす。

街の者とすぐに打ち解けたことは凄いと思うが、街の子供達など頼りになるのだろうか。
小風の安否は憲兵隊の情報に直結している可能性が高く、シムが扱うにはあまりに危険な話題であることをカスパルは知っている。
しかしカスパルの旧友でもある小風のことを心配し、行方を追うシムのその優しさもまたカスパルは知っていた。


「まあ、確かに小風の消息が分からないのは心配だ…。
だがあいつは本気を出せばかなり強い。
そう簡単にはくたばったりはしないと思うが…」

くたばる、という言葉に、青ざめながらシムはカスパルの続きの言葉を待つ。


「…俺も、お前と一緒に街に行ってもいいだろうか。」


一緒に?
シムは思わず復唱し驚きのあまり息を飲む。

非常に嬉しく頼もしい気持ち反面、カスパルは本来高貴な立場の為この様なことに駆り出させていい人物ではない。
二つの気持ちがせめぎ合う。


「でも、カスパルさんには、仕事が…」

シムは慌てて申し訳なさそうに返答する。
これではあまりにカスパルに頼り過ぎている。
さらには病み上がりのまだ包帯も取れていない相手にお願いするべき話ではないことを重々承知しているあまり声も上ずった。

しかしカスパルは太陽の様に微笑みながら暖かく包むその声でシムの言葉に返した。


「行きたいんだ、街に。
一度この目で今の状況を見てみたい。
…俺も個人的に調べたいこともあるしな。
それに…。」


「あと?」

シムは首を傾げる。

カスパルはそんなシムに一度口角を上げた後、見つめながらぐっと鼻と鼻が付きそうな距離まで顔を近づけた。

「っ!?」

シムは突然の至近距離の想い人の顔に、驚愕しバランスを崩しかける。
そんな態度も予想の範囲内だったのか、カスパルはシムの背中に手を添えながら悪戯する様にその整った顔を緩ませた。

「シムの事が心配で堪らないからな。」


シムはカスパルの大胆な態度に心臓が飛び上がる。
綺麗な顔をこんなに甘くさせた表情を間近でくらったら皆顔を赤くするだろう、否、皆好きになってしまうだろう。

シムも例外なく顔を真っ赤にさせて目線を慌ただしく泳がした。

本当にこの気持ちが伝わってしまったらどうするんだと泣きそうにさえなる。
感情を抑え込みカスパルを再度押す様に遠ざけようとする。

「か、からかわないで、ください…!」


「あはは」

カスパルは悪戯が成功した様に、やけに楽しそうに笑いすんなりと離れていった。


「それじゃあ明日の正午、教会の庭で待ち合わせにしよう。
抜け出せる様に俺も頑張るよ」


「は、はい、正午、分かりました。」

シムは未だ赤いままの顔を何とかしなければと、ゴシゴシと意味もなく袖で目元を擦りながら何度も頷いた。



先程から心臓に悪い態度を繰り返されて身がもたないとシムはあくせくする。

しかし、怪我をしてまで職務を全うし、シムの元に戻って来てくれ、そして目覚めた後もこうして図書館にやって来てくれたカスパルは改めて素晴らしい人だと思った。
街のことや文字のことを聞いてくれ、身を案じてくれているカスパルはやはり一人の人間として一人の男として眩しいほどの存在であった。


「あの、カスパルさん…」

「ん?」

絵本に手を伸ばしペラペラと捲りながらカスパルは首を傾げる。


シムは目元を袖で擦ったせいで顔の赤みは引いて来たものの今度は目元が赤くなってしまっている。
その不安げな表情で一度黙り込んだ後口を開いた。


これぐらいの気持ちなら伝えても問題ないだろうか。

好かれていると気付かれるだろうか。
気持ち悪がられらだろうか。

常識的な意見は頭の片隅から何度も湧いて出てくるが、シムはそれでも伝えたい胸の内を言葉にした。


「カスパルさんがいてくれる、だけで、俺はどこまでも、前を向く事が、出来ます。
カスパルさんは、俺の太陽みたいな、人です…。」
 

途中から恥ずかしい台詞だと思いながらもシムはどうしても伝えたかった

その言葉に、今度はカスパルが目を見開く。


太陽みたいな人、か

大切な人にそう思われる事は嬉しい。
何より嬉しい。

カスパルは柔らかい表情を崩さないまま心を震わせた。


「シムがいる限り、俺も幾らだって強くなれる。」











  
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