テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

4-18

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夜シムは図書館で一人、借りた絵本をぺらぺらと捲っていた。


その日シムは結局街に繰り出す事が出来なかった。

男を介抱して、去った後も少しだけ吐瀉物の処理をした。
その後漸く街に行こうとした時には既に14時を回っており、今から繰り出してもすぐ夜になってしまい、門付近はおろかレインとラナダの自宅の辺りまで辿り着ける時間を過ぎていた。

シムは諦めて教会の庭の手入れを少しした後、自室で文字の練習をした後図書館に移動して、引き続き文字の練習をしていた。

勉強を始めてまだほんの数日だが、幼児でも読める様な簡単な単語や文字などは苦しながらもやっと読める様になって来ていた。

パズルを当てはめる要領で単語さえ覚えてしまえば読める事が分かったものの、その文字を覚えることが大人になった頭では非常に大変な作業である事を痛感する。

さらには読む事と書く事はまた別の難しさがあり、読めたとしても自分が書く事は難易度が高く今のシムには難しかった。
しかしシムは新しく学ぶ事が新鮮で、幾分楽しみながら絵本を読み解いていた。


この図書館にある幼児向けの絵本はよく出来た話ばかりで、単純に物語を楽しむ事も出来る。

何の変哲も無い豆から、空まで届く程の蔓が伸びる物語なんかは冒険と想像力が掻き立てられシムのお気に入りの一つとなっていた。
こんな話が書けたら楽しいだろうに、そう思いながらページを捲る。

幼少期に絵本や物語に触れた事がなかったため、想像力だけで出来た素晴らしい世界が世の中にある事をこの歳で知った。
知れただけでも文字を勉強してみて良かったと心から思った。


それでもまだすらすらと読める訳ではないので夜通し寝る時間を削って読んでいるのもある。
そろそろ睡眠不足が重く身体に蓄積する頃だった。


本を机で読みながら次第にこくりこくりと首を動かし始める。

「あ、寝てた……!」

シムは慌てて起き、目をゴシゴシと摩る。
しかし再びとろとろと瞼は降りてくる。

ここ最近余り寝ないで働き詰めだったのでその睡魔に抗えず遂には絵本を広げながら机で眠り始めてしまった。



うっすらと朧げな夢の中で、カスパルと手を繋ぎながら小さな家に帰る夢を見た。
気持ちの良い風が吹く草原の小さな家はカスパルとシムの家だ。

シム、おいで。

カスパルは清潔そうなシャツを見に、纏いシムに優しく微笑みかける。
シムは幸福と照れではにかみながら、その大きな手を握りしめる夢を見た。













図書館近くの廊下に足音が響く。
その足音は何処か早歩きをしている様に急足だった。

ふいに図書館の扉が開かれた。

若干息の上がった引き締まった身体の影が姿を現した。

ここに来るまで一日面倒を見ていたセスをやっと送り届け、急いで図書館にやって来ていた。


逢いたくて止まない相手を探す。
一番奥のテーブルに人影があるのを確認した。

直ぐに側まで近付くと、そこには突っ伏してシム穏やかに眠っていた。


「、……シム」

顔を見れた嬉しさと安堵。
そして眠るシムの愛しさと可愛さに思わず頬が緩み、カスパルはそっと隣の椅子に腰掛けた。

そんな無防備で、これだから目が離せないんだ…


困った様に心で呟きながらも、カスパルはすうすう寝息を立てるシムの横顔を愛しそうに見つめる。
意外に長いシムのまつ毛と少しのそばかす。

その純朴な寝顔もそばかすも、何の変哲のない男のシムの身体でさえも、その全てがカスパルの男心を悪戯に擽った。



シムは眠りながらも口をもごもごと動かし辿々しく寝言を溢した。

「カスパル…さん……」

ふいに呟かれた自分の名前に驚き、セスの顔を覗き込むもまだ寝ている事だけは分かる。

自分の夢でも見てくれているのだろうか。
カスパルは嬉しくなり、悪戯めに笑いながらシムに顔を近づけた。

「…ん?」


寝言に返してはいけないと誰かから教わった事を思い出すが、目の前のシムの寝言があまりに胸を擽り言葉を返してしまう。


覗き込んだシムの顔はもうすぐ近くにある。
カスパルは堪らない気持ちになり、シムの頬にそっと自身の唇を落とした。


頬にキスを落としたカスパルは熱の篭る目でシムを見下ろす。
こんなに無防備に寝ている姿を自分以外の誰にも見せたくなどないと独占欲が湧いて出る。

カスパルの唇の感触に反応したのか、シムは再びもごもごと口を動かすも言葉という程しっかりしたものではなく、ただむにゃむにゃと唱えた。

カスパルはそれを可笑しそうに観察しながら座り直した。









少しの時を経て、もともと深い眠りでもなかったシムは瞼を震わせた後ゆっくりと目を覚ました。

「あ、…また寝てた…。いけない、いけない…」

シムは慌てて座り直し目をゴシゴシと再度摩る。
カスパルはその姿を横で頬杖をつきながら温かく見守っていた。


「おはよう、シム。」

カスパルがそう声をかけるとシムは人が直ぐ近くに居たことに驚き椅子から転げそうになった。
その声の主が誰であるか反応する方が早く息を止めて目を見開いた。

「カスパル……さん………!」


まるでシムだけ時間が止まったかの様に、大層驚いた様子で隣のカスパルを見上げた。

カスパルは痛々しく頭に包帯が巻かれているものの、その表情は穏やかで優しくシムを見つめていた。

ずっと無事でいます様にと祈っていたカスパルが今目の前にいる。

シムは熱い感情が、喉の直ぐ手前まで迫り上がってくる気がした。



「俺はシムを見て安心して気絶してしまったんだよな?
恥ずかしいところを見せたな、すまなかった。」


少し気恥ずかしそうに頭をかいて謝るカスパルの袖を、シムは咄嗟に握った。
袖を握る力は強く、それでいて少しだけ震えていた。


シムはカスパルが無事であった事と漸く会えた喜びと安堵で、微笑み涙が溢れ出てきた。

「無事で、良かったっ……」

心から滲み出たその一言だけを口にすると、何度も何度も涙を流した。



沢山の血を流したカスパルを最後に、この数日何の情報もなく安否も分からなかった不安が漸く溶かされていく。

ただただ無事で、本当に良かった。

嬉しそうに涙を流すシムの目元を、カスパルは指で掬い上げる。

心配してくれているこのシムを、やはり心からカスパルは愛してしまっていた。


自分のために涙を流すシムにもっと触れたい。
そんな欲がカスパルを駆り立て続ける。

「シム、心配してくれて有難う。
俺はもう大丈夫だ。」


カスパルはまるであやす様に隣にいるシムをそっと抱き締めた。

最近何度も理性を裏切り、シムを抱き締めてしまっている事を自覚しながらも止めることが出来ない。

シムも抱き締められた事でカスパルの広い胸に顔を埋める形となるが、恥ずかしさよりも嬉しさが勝り、その広い背中に手を回した。

暖かく強いカスパルが戻って来た。
カスパルのこの匂いをシムは待っていた。

カスパルの匂いに包まれ芯から安堵して行き、こてりと頭をカスパルに預けた。





ふいにカスパルはシムを抱き締めた状態でぴくりと目線を廊下に向けた。

「………」

一瞬外に気配を感じた。
しかし灯りはない。

今の時間シム以外はめったにこの廊下を行き来きする者はいない。
俺の思い過ごしか、と再び愛しいシムの髪に顔を埋めた。













 
 
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