テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

5-1※(流血表現あり)

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セスが突然何も告げずに宮廷から去って数日、宮廷中ではセスの件とは全く別の噂で持ちきりだった。




カスパルがエリザベスの裁判を止めたらしい。
国王を殺すと脅して無理やり中断させたらしい。
エリザベスは死刑らしい、それももう既に実は刑が執行されているらしい。


根も葉もない噂は宮廷中を駆け巡り、皆こそこそと囁き合った。
しかしその噂に真実味を帯させる号外が一つだけあった。

それはカスパル・ラザフォード拘束の報せである。

その報せは護衛軍の皆を驚愕させ、灯台の燈を失ったように目の光を失わせた。
拘束の理由は公開されていないが、飛び交う噂で皆大体の予想はついていた。


「俺は、カスパル隊長を解放させたい。
その為に皆で嘆願書を書けば…」

夜、護衛軍の者達は私服のまま一つの部屋に集まり、暗い蝋燭の中で顔を合わせていた。


「嘆願書を受け取って、はい解放しますなんてことは言うはずないだろう、国王は。
そんなのやるだけ無駄だ。」

吐き捨てる様に答えた言葉に、カッとなった護衛軍の一人は声を荒げる。

「じゃあどうすればいいんだよ?!
俺達には隊長がいないと…!」


それを聞いていた護衛軍の一人、ダーキンは手で言い争いを制した。


「…俺らが喧嘩するのはやめようぜ。
隊長もきっと拘束される可能性も分かってて王妃様の裁判を止めたんだろうよ。」


その言葉を聞いて皆意気消沈させ、しばらくの間部屋は静まり返った。


ダーキンはモールとセスの顔を思い浮かべる。

一番仲が良かったたと思っていたモールは急逝してしまった。
可愛がっていた後輩セスも突然姿を消した。


こんな宮廷を守り続けるしか仕事がないことに嫌気が差すのは痛い程分かるダーキンでも、護衛軍の皆や隊長を置いて行ってしまう理由は理解ができない。

セス、お前は逃げる様な奴じゃないはずだろう…



「隊長は俺達を守ってくれていたし気にかけてくれていた。
だから俺達が勝手な事したらそれこそ隊長の首を締める事になりかねねぇ。
俺達に出来ることは従順を装って、少しでも隊長に接触出来る機会を伺う事じゃねえかな。」

ダーキンの言葉が皆の気持ちを代弁した。

その言葉に反論する者は誰一人としていなかった。
















宮廷の地下、寒く凍てつく冬は、壁も凍る程気温の下がる地下牢で、鎖で繋がれた男が尋問を受けていた。

「全部貴様の筋書き通りだったって事か?!
王妃の死刑を阻止し、宮廷の内側から混乱を巻き起こそうとしたのだろう。
ルージッドの指示でっ!…このスパイめ!この!!」

身体を強く打ち付ける太い鞭は、カスパルの頬や身体に酷い裂傷と出血を生む。

「……」


カスパルは無言のまま甘んじてその鞭を受け止め続ける。
その堂々たる態度は鞭を振るう男、古参貴族ラッセル卿の気分を酷く害する姿だった。

「図星なのだな…?!
何たる大罪!我が国と違う血が流れる奴はこれだから信用ならんのだ!
吐け!!他にお前が仕出かした愚行、指示された内容を全て吐くのだ…!」

「…っ」

強く打たれる鞭に眉を歪めるもラッセルを静かな目で見上げた。

ラッセルは出世や宮廷で高い地位に付き仕事を任されるカスパルを常に目の敵にしてきた貴族の一人である。
ラッセルの都合の良い貴族で地固めをしたかった目論見はカスパルによって予定通りに行かなかった事もあり、カスパルをこうして鞭で打てる瞬間を誰よりも切望していたのだろう。

カスパルも元々抵抗する気はないものの、普段は口だけで蔑むしか出来なかった男を鎖で繋ぎ、こうして殆ど拷問の様な尋問をする表情は非常に猟奇的だった。


しかしカスパルはより猟奇的な目を持ち、人を傷つけ快楽に酔う男を知っている。



「そこまでにしたまえラッセル卿、こんな男でも私の大切な盾なのだ。」

そう言って凍てついた地下牢に姿を表したのは豪奢な長いマントを纏った国王だった。
ラッセルは酷い仕打ちを施す自分をあまり国王に見られたくなかったのか、少し気まずそうに視線をさ迷わせた。


「こ、国王陛下…」

ラッセルは慌てて腰を曲げ敬礼する。
もう若くない男が項垂れ礼をする姿は滑稽だった。
国王はラッセルの肩に手を置き適当に労い、「ご苦労だった、もう下がって良い。」とだけ言い、国王はカスパルと二人だけの空間を作った。


「カスパルよ…。
何とも無様で愉快な姿だ。
ここでずっと葡萄酒を飲んでいたい気分だ。」


白シャツはとうに赤く滲み、至る所が破けては痛々しい傷口を見せるカスパルに視線を這わせる。

カスパルは、ラッセル卿へ向けた視線とは違う、強く鋭い眼差しを国王に向けた。


「自らの伴侶を裁判に掛ける悪行。
俺は貴様を許さない。」

カスパルの声は低く強く恐ろしかった。
国王は鉄格子に背中を預けながら、尚愉快そうにカスパルを眺めた。

「どうせあの女は遅かれ早かれ死刑の運命は免れないのだ。
子供を…男を産む事の出来なかった役立たずの女は万死に値するだろうが?
…勝手に外に出て勝手に宮廷の物を渡したおかげで事は早く進んだがな。」


カスパルはエリザベスの事を想い、堪らず俯いた。

エリザベスがどれ程の重圧の中で子宝に恵まれなかった事を悩み続けて来たのか、この男には何一つ伝わっていないのだろう。
それではエリザベスがあまりに可哀相だと思った。

この国の為を考え尽力に励んだ、あの凛とした姿はこの愚王の目には入っていないのか。
全て罪と言われてしまうのか。


「あの女の刑を執行したら私は正妻にテューリンゲンの娘を迎えようと思っている。
私の子を孕り、強い目で私を見て、そして何よりも若い。
胸も性器も感情もまだ未熟で未開拓……そんな純粋な目をした者を犯し孕ませる快感。
お前もいずれ分かる日が来るだろう。」


国王の声に混ざる欲情の色にカスパルは吐き気を催す程嫌悪した。

「惨たらしい…、あの子は子供だぞ…!
自分が何を言っているのか分かっているのか!!」

そんな汚らわしい悪趣味、一度も味わいたく等ない。
この男は何人を不幸に突き落としたら気が済むというのだ。

鎖に繋がれておらず、国や立場というしがらみが無ければ今すぐ目の前の男の首を絞めていただろう。
殺意を目に湛え国王を睨みあげた。


「その様な顔を私に向けるべきではないぞ。
今日はお前に提案をしに来たのだ。」

道化の様にわざとらしい態度を取り口を歪ませる。

その表情からこの提案は国王に分配が上がっており、カスパルが拒否する事はまずないという勝算のある表情だった。


「お前は実に頭の悪い男だが実に強い。
私を守る盾はお前しかいない、殺して手放すにはまだ惜しいのだ。
そこでお前には3つの中から一つを選んで欲しい。

一つはこのまま生意気な態度を取り続けた場合、ラッセルに権限を預け、お前は嬲り殺される。護衛軍は皆反逆共謀罪で捕縛。
二つは王都に降り名前や身分を全て伏せ、反政府に加担しているであろう市民を一人一人見せしめのために殺してくる。
向こう側の全体数を減らせば指揮も下がる上に、お前と言う連続殺人犯に皆が注目するおかげで私達は疎開せずにここで穏やかに暮らして行けるだろう。
二つは護衛軍の統括権と爵位を全て剥奪、私専属の唯の一兵となり従属を誓う。
惨めな私の犬として働き続け一切の意見を許さない。その代わり護衛軍はお咎めなしだ。

さあどれがいいだろうか、…カスパルよ?」




どれを選んでもカスパルの道が地獄なことに変わりなく、この先暗い道を歩かせる事を強請する提案だった。

しかしカスパルは冷静な表情だった。
エリザベスの裁判を阻止した事で、国王に良い様に使われる予想は出来ていたからである。

自分はいい、自分はどうなってもいいんだ。



国王は愉快そうに腕を組みながら再び口を開く。

「これは全く別の話で話半分に聞いて貰って構わないが、最近様子が変だと思わないか?
トーマスの様子が…」


その言葉でカスパルは目を見開いて顔を上げる。

シムとの秘密をトーマスが知ってから、確かにトーマスの挙動はおかしかった。

常に具合が悪そうに青ざめ、吃り、冷や汗をかいては拭いてをしていたのをカスパルも見ている。


「トーマスが何やらとても具合が悪そうで。
時折お前を怯えた目で見ているのだ。
お前は気づいていたか?カスパル」


「……」

この男は薄々勘付いている。
内容はともかくとしてカスパルとトーマスの間だけの何かがあることに。

カスパルは口を開こうとはせずに国王の表情を見つめる。
これは結局カスパルに対する脅しだ。


「一体何を二人で隠しているのか私は知らないが、お前が三つ目を選ぶなら無闇に探らないでおいてやってもいいぞ。
トーマスの奴も私に報告をしないという事は、お前がスパイだという内容とは違うものなのだろう。」


さあ、どうする?

国王の前で鎖に繋がれたカスパルは一つ息を吐き、漸く口を開いた。



「……俺は、」











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