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愛について
5-4
しおりを挟むノックと同時に入ってきた男は、大層大きな薔薇の花束を抱えている。
抱えている男は、その薔薇にはとても不釣り合いな無骨な体格で、無精髭に巻き煙草という粗悪な風貌だった。
しかしシムはこの男の顔をどこかで見た事があるような気がした。
そして男も不思議とすぐ様シムに目線を合わせる。
「はいはい、誰宛?」
主人の男は面倒そうに立ち上がり花束を受け取る。
無骨な男はシムを見るのを止めてポケットから乱雑に伝票を取り出しペラペラと捲った。
「えーと、マリー嬢宛でブローシュ卿から。
はいサイン、こことこことここね。」
伝票見せながら主人に説明する。
そのやり取りがすぐに終わらない事を察したシムはそろそろと出口へ向かった。
「あのご主人、容態を見に行っても、いいですか?」
主人は自身の書斎の机からインクを探してる最中で、シムに振り返りながら手をひらひら振った。
「ああいいよ。
仕事もちゃんとするんだよ。」
それだけ聞くとシムは嬉々として退出して行った。
無骨な男はシムの出た扉を見つめて主人に向き直る。
「おいユーゴ、何であいつここで働いてるんだ?
男娼商売も始めたのか?」
ユーゴと呼ばれた主人はやっと見つけたインクでサインを書いているところだった。
「する訳ないだろう!
あいつは雑用。
何?卸屋、あいつの事気になるの?」
卸屋と呼ばれた無骨な男は考えるように腕を組む。
「否、あいつを一応知ってるもんで。
何でこんな場所で働いてんのかと思ってね。」
歳もお互い近く、こうして何度も何度も花を配達したり飾り付けの草花も注文する間柄なので、主人ユーゴと卸屋は仲が良かった。
しかし主人ユーゴは卸屋にシムの話をするつもりはなかった。
卸屋がどこまでシムの素性を知っているのか分からない故、変に情報を与えたらどうなるか予測がつかないためだった。
「生憎お前に話す義理はないよ。
はい伝票、はいどうも
俺はこの花をマリーに届けに行って来るから。」
主人ユーゴが大きな花束を持って退出するのを、卸屋の男は伝票片手に「毎度~」と見送った。
娼館の客室の一角、普段は所謂“接客”の為に用意された小さな部屋のお粗末なベッドに、中年の男があちこち包帯を巻かれた状態で横たわっていた。
その側でシムは男の呼吸を確かめる。
特段息が苦しそうでも不規則でもない、眠っている時の呼吸と変わりなくシムは安心させた。
「早く目覚めてくれたら、いいんですけど…」
シムは男に掛けられた掛け布団を掛け直しながら呟いた。
本音はシムもここに何日もいるのは本意ではない。
しかしボロボロの彼を置いていく事は出来ない。
宮廷に匿う事も不可能だ。
一か八か一番近くの扉を叩いた店がまさか娼館だとは思わなかったが、ここら一体北側というのはそういう街らしいと後になって知った。
しかし今こうして治療を受けてもらえているのは主人の男の温情のおかげであり、シムは心から感謝していた。
この人が目覚めたら宮廷に帰らなければならない。
これほど宮廷から出ていた事は今までなかった為、庭師としての仕事がなかったとしても心配である。
ジェーンや、カスパルの事を残して外にいることが不安でならなかった。
それにセスや小風も探さなければならない。
先の事を考えるとやらなければならない事が多く途方に暮れそうになるものの、今は目の前の男の介抱が先だ。
こうして会ったのも、何かの運命かもしれないとシムは強い意思を湛えた優しい瞳で男を見降ろした。
「あ、やっぱりここにいた。」
不意に後ろから声を掛けられたシムは驚きバッと後ろを振り返った。
そこには先程主人と仕事の話をしていた大柄で無骨な男が佇んで見ていた。
「貴方は、先程の…」
シムは自分に何か用でもあるのかと首を傾げる。
それ程シムに向けられる目は優しく親しそうな眼差しだった。
「この時間に喘ぎ声が聞こえて来ねえ部屋はここ以外なかったから、もしかしてと思ってな。
ユーゴ…ここの主人がお前を働かせてる理由を頑なに話さないから何でかと思ってたが、その包帯男の介抱ってところか?」
喘ぎ声という言葉に若干に気まずそうに頬を赤らめるも、シムは余計疑わしい目で男を見上げた。
どうしてここまで親しげなのだろうかと。
「あの、すみません…俺は貴方と、以前会ってましたか…?」
男は腕を組みながら口角を上げる。
「あぁ、会ってる会ってる。
お前は薄い顔した奴と買いに来ただろう?
ウサギ草。」
シムはいつの日か立ち寄った街の露店の店主の顔を思い出す。
それが目の前の男と合致する事に初めて気づいた。
「あ…!
あの時の、店主さん!」
勢い良く立ち上がり嬉しそうに微笑んだ。
「どうして、忘れていたんだろう。
店主さんだったんですね…!」
だからお店に花の配達をしていたのか、全ての繋がりに納得したシムは一人頷く。
男は漸く思い出したらしいシムの嬉しそうな顔を面白そうに眺めた。
「思い出したか…。
驚いたぜ、ここは性交を楽しむ場所なのにお前がいたから…。
宮廷で庭師してるって言ってたじゃんかよ。
…その包帯の奴、知り合いなのか?」
シムの向こうで以前眠り続ける男に視線を移動させる。
シムはこの男なら特段不要な嘘は吐かなくてもいいだろうと感じて口を開いた。
「知らない人です、でも偶然助けを呼ぶ声が、聞こえて…
放っておけないけど、俺はお金がないので、ここで匿ってもらう代わりに、その分俺が。」
それで男が目覚めないうちは宮廷に戻れずここで働くという事を察した男は、少し心配そうに眉を歪める。
「それは…健気な事だけどな。
一応ここ娼館だし…お前可愛くはないが他の男よりは華奢だしなぁ。
変な男に犯られないか、些か心配なんだが…。」
その言葉にシムは苦い物でも口に入れてしまったかのように青ざめて嫌な顔をする。
「そんな、なる、わけないじゃないですか…。
それに男同士なんて重…罪……」
シムはハッとして口を閉じる。
それ以降は言葉が喉に詰まり出て来なかった。
しかしその様子に男は気付かなかったのか、さも当たり前の様な顔をしてシムに言葉を返した。
「いや見つからなければ良いんだ、この北ではな。
女同士でも男同士でも気持ち良い事を追求して何が悪いんだよ。
ま、俺はボインのお姉ちゃんが何より好きだけどな。」
今まで宮廷や市場の女性店主など、同性愛は重罪だと重く厳粛に聞いて来たシムはその価値観の違いに度肝を抜かれ呆気に取られた。
そんな人間がこの王都にいるとは思わなかった。
同性同士でも良いじゃないかなんて、そんな軽々しく口にするのさえ投獄に値する様なものではないのだろうか。
こんな人達がもっと多く住むどこか別の国があったら、カスパルさんと隠れずに会い、そして笑いあって過ごしたい。
シムの瞳は希望の光が灯った。
「もうそろそろ行かないと。
ユーゴに見つかったら勝手に歩き回った事を怒られる。
じゃあまたな、庭師」
そう言って扉を開ける男にシムは微笑んで「ありがとうございます。」と礼を言った。
「俺もよくここ来るし、助けて欲しい事があったら俺に言いな。
あ、もし他の男に身体を売ることになったら、俺が買ってやるからさ。」
そう言ってシムの臀部を、女を誑し込む仕草よろしく艶かしく撫で上げる。
シムは一瞬驚くもこの男なりの冗談なのだろうと思い、少し笑って見送った。
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