テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

5-6

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「だから!もう時間がないんだよ!
直ぐに武器の手配を済ませて、人でも増やして宮廷に突入するしかない…っ!
今すぐにでも!」


イリスは酒屋の奥の暗い部屋で、年季の入った木のテーブルを荒っぽく叩き怒号を続ける。

イリスは凡そ1ヶ月間程からずっとこの様な調子で、集まるメンバーもここまで焦りを露わにするイリスに危機感を感じていた。


「武器は内々に調達は済んでいる。
宮廷前はなるべくバレにくい火薬瓶、少し離れた場所で銃も手榴弾も。
ルージッド国が手を回してくれたおかげで隠し済みだ。」

「あとは王族への交渉だが…」


口々に報告していく者達はその話題になった時、一斉に口を噤んだ。


唯一交渉材料に出来そうだった貴族の捕虜は東洋の出で立ちのため、本当に材料になり得るのかこちらが渋っている間に脱走してしまったのだった。

それと同時期にイリスは焦り苛立ち始めたため、イリスの前で貴族の捕虜の話題は意識的に避けて来ている部分もあった。

「…こんな事なら早く宮廷に突き出して公開処刑にしておけばよかったぜ…」


誰かがそうぼやくも後の祭りなので、誰も賛同も批判も口には出来ない。


しかし、イリスは遅かれ早かれこうなるのではないかと薄々思っていた。

カスパルの友人だと紹介されたあの男がそう弱いとは思えない。
恐らく隣にいた従者を庇うために暴力を甘んじて受け止めていたのだろうが、それも限界に来たのだろう。

「…。」

どこかホッとしていた。

この手であの東洋人を殺すことにならなくて済んだ、と。

あの顔立ちは今まで見た事なく、何度見ても恐らく不可思議な印象は拭えないが、カスパルを守る為にカスパルの友人を傷つけるだなんて事は流石に気が引けてしまう。


「元々使えないって話になってたんだからいいだろう別に。
他の捕虜は直ぐに解放しよう。
それでもっと仲間を増やす。
なるべく早く宮廷を襲撃だ…。」


「分かった。」

「…イリスに従おう。」
「皆、解放の準備だ。」

集まった幹部達は強い眼差しで頷き合い、各々の仕事に取り掛かる為次々に離席していく。

「じゃあ、後はよろしく。」





イリスは酒場の地下に姿を消した。

「…はぁ…。」
廊下を少し歩いた先の部屋に入り扉を閉めて帽子を外した。

大きなソファに横たわると頭痛を我慢する様に眉を潜めて額に手を置いた。


イリス、基セスは1ヶ月前からこの酒場の地下にある客間を借りて生活していた。
簡易的なバーカウンターに大きなソファにテーブル、静かで不便はない場所だがセスの心は日が過ぎる毎にぐらぐらと不安定になって行っていた。


”お願いだからもう俺に嘘を吐くな。”

カスパルの顔がフラッシュバックし、セスは呻いた。


「うぅっ…隊長…、隊長っ」


セスはもうこれ以上カスパルの側にいる事が耐えられなかった。

モールの様に賢く、自分や他人を騙し穏やかに嘘を吐きながら一緒にいる事など、若干18のセスにとっては何よりも難しかった。


このまま一緒にいたら心が粉々に壊れてしまう。
もしくは嘘がバレてカスパルや護衛軍の皆、そしてシムに嫌われ正真正銘の孤独に陥る未来しか見えない。

そんなのは絶対に嫌だ。


しかしセスが飛び出した日は間違いなくエリザベスの裁判があったはずなのに、街に号外は出回らなかった。

てっきり無罪でも有罪でも号外が流れると思っていたセスは、宮廷を飛び出した事で、宮廷内の状況が全くつかめなくなってしまった事が痛手となった。


その後カスパルの状況も情報を掴んではいないが、どう転んでもいい状況ではなさそうな事は容易に想像出来る。

だからこそ暴動を早め宮廷を混乱させる必要がある。
あわよくば王族を皆捉え、早々に処刑にさえ持っていければとも考える。

国王が中々表に出て来ないが襲撃し中に入れたらこちらのものだ。
セスには宮廷の地図が叩き込まれているから国王の寝室に辿り着くのは容易いことだった。。

この手で国王を殺す。
そしてこんな事を早く終わらせないと。






その時、扉の向こうからガタ…と物音が一つした。

「…!」

セスはさっと起き上がり、ソファから身を屈めながら離れ扉に近づいた。


反政府組織の者達や酒場の働き手達には、この部屋へは絶対に近づくなと言ってある。
こんな所でする物音はおかしい。


セスの腰には短剣を忍ばせている。
そこに手を乗せながら様子を伺う。

その動きは鍛え抜かれた軍人の動きに間違いなく、カスパルが叩き込んだ賜物だった。

音を立てずに扉の前で様子を伺った後、勢い良く短剣を構え扉を開けた。
その瞬間、扉が開いたと同時にしなやかな腕を滑り込ませる男の影が視界に映る。
男は握りしめたガラス片をセスの首にあてていた。


その男の顔をセスは知っていた。


「やっぱり……君は。
カスパルの部下だね?」

「……、キンバリー…」



小風は血だらけのまま、若干不自然な呼吸でセスの首にガラスを押し当て続ける。

表情こそ飄々としたものの、恐らく肋骨かどこかの骨が折れている者の呼吸音だった。


対照的にセスは小風の顔を凝視したまま、ぶらりと剣を持った手を下ろした。

「…なん、で…ここに」


小風がセスの命を狙っている事や、イリスがセスであるとやはりバレていた恐怖、様々な感情がセスの顔を酷く強張らせる。


「…以前、酒場は反政府の密会所だという噂があって憲兵も一度捜索していた。
もしかしてと思って来て見たが本当だったんだな。」


小風はセスの首にガラス片を力を込めてより食い込ませる。
セスの首筋からは薄く血が垂れた。


静かな表情には似つかわしくない程の禍々しい殺意の籠った恐ろしい目でセスを見下ろしている。

「…カスパルの側で、ずっとこうしてあいつを貶める準備をしていたんだね。
僕の大事な友人をよくも……。
紹介された時に殺しておけば良かったよ。」

だからせめて今死んでくれ。
小風が呟き、ガラス片に力を込める。


セスは放心した様に小風の一挙手一動を眺める。

(ああ、死ぬ)
セスは抵抗せずその場に立ち尽くしたままだった。

この黒い髪の不気味な顔立ちの男が死神となって、自分の犯した悪事の天罰を下しに来たのだと思った。

これで重たい荷が降りる。
セスにはとても重かったモールからの荷がやっと降りるのだ。

そう考えると実に晴れやかな気持ちにさえなった。

もう何も考えず悩まず苦しまずに済む。
あちらに行ったら一番にモールに謝らなければならない。

平和な街で護衛軍や宮廷などの柵に囚われることなく、カスパルやシムと出会えていたら、二人に年相応に甘えてみたかった。

全てが道半ば、中途半端な一生だったがセスはこの18年をセスなりに納得する。


「……隊長、お世話になりました。」


セスはそう呟き、安心した様に柔らかい表情で目を閉じた。







 
 
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