テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

5-7

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小風は目を見開き、強める手の動きを咄嗟に止めた。



目の前の少年はカスパルを貶めようと画策したとしていたとしたら、あまりに真面目な表情をしていたからであった。


「……僕が今言った事が違っていたのなら…今直ぐに弁解してくれ。
この手で君を殺してしまう前に。」


小風はギリギリ食い込ませたガラス片を止めながら絞る様に声を出した。

小風もまた友人を騙していた目の前の少年の本心を聞きたい気持ちと、殺した方が良いと言う気持ちで鬩ぎ合っていた。


セスは死ぬ覚悟を決めたので、突然の小風の言葉に薄っすらと目を開けた。


「……ぁ、……あ…」


死ぬと思っていた自分がまだ死んでいない事実を理解するとともに、覚悟したはずの心が揺らぎ、凄まじい死への恐怖と生への執着が襲い掛かって来る。
セスはガタガタと全身を震わせた。

声になりきらない音が口から溢れるも、恐怖で舌も唇も強張り上手く言葉にならなかった。


「…俺は…俺…っ、ずっと側にいたかったのにっ……」


漸くまともに出て来た言葉は酷く子供らしく痛々しかった。
それが我慢し続けていたセスの本心だった。

顔面蒼白なセスの脳内は、優しく時に厳しく鍛えてくれた優しく強いカスパルの顔や背中。
胸に留めておいた記憶が走馬灯の様に駆け巡っていた。


「……。」



小風はガラス片を床に捨てた。

ガラス片を押し当てた箇所に出来たセスの首の切り傷を片手で押さえ込んで、小風は口を開いた。


「…どうせ僕はもうこのまま宮廷に行っても怪しまれるだけだ。
なら今どうなっているのか知りたい、カスパルの友人として。
君の話を聞こう。」












小風は動揺し切ったセスをソファに座らせ、セスが落ち着くまで簡易的なバーカウンターで自分の処置にあたることにした。

自分が今まで着ていた服と言うには原型を留めていない血塗れの布切れを脱いでカウンターに置いた。

其処彼処に蹴られ殴られ続けた痣と傷が折り重なっているが重症なのはその中の肋骨の骨折だろう、指で痛む場所をなぞり大体の患部の目星を付けた。
「……っ…」

触れた瞬間激痛が走る。
小風は歯を食いしばって耐えた。

呼吸に関わる部分は何をしていなくてもやはり痛むが、骨折が足でなくて本当に良かった。





「……あんた、知らないぞ、逃げ出して…
俺の仲間が皆探してるぞ、あんたを……」

ソファで未だ本調子じゃないながらも、大分落ち着きを取り戻したセスの表情は、再び重い何かを背負ったイリスの顔そのものに戻っていた。


「無事じゃ済まないぞ……」

小風は半裸のまま肋骨を労わりながら減らず口を叩くセスの前まで歩き立ち止まる。


「……もうとっくに無事じゃない」


セスの前でそれだけ言うと無言でセスのシャツを握り強引に立ち上がらせた。

先程まで殺そうと思えば直ぐに殺せた立場だった小風の力はやはり強く、握られた服はギリギリと音を立ててセスの呼吸を圧迫する。
強引に立たされた事によって強張るセスの瞳は小風を見上げる事しか出来なかった。


「…離せ…っ」

「調子に乗るな。
僕はとても怒っているんだ。
君は奴の部下なのか?
それともイリスなのか?」


そう問う小風の表情は非常に凍てつき、温もりの欠片もない怒りに満ちた暗い色をしていた。

その顔付きは既に覚悟を決めた顔をしていた。
本当に殺そうと思えば人を殺せる人間の目をしていた。

そしてその質問をどう答えるかによってどう命を剥ぎ取られるか分からない緊迫した質問であると察する。


セスは固唾を飲み、あまりに恐ろしい死神の様な目の前の男を見上げ続ける。



嘘を吐いてもしらばくれても、黙秘しても恐らく殺される。
では何故先程自分を殺さずにガラス片を捨てたのだろう。

それは小風が、カスパルの部下である自分を信じたかったからなのではないか。

そして自分を育てたカスパルを信じているからなのではないか。

いつ命を落とすか分からなくなってきた今、自分もこの男を信じてみてもいいのではないか。


セスは息を吸い、静かに口を開いた。


「俺は…セスで、イリスという人物を受け継いだ…。
隊長…カスパルさんをもうこれ以上悪く言われたくなくて、俺が出来る方法で守る為に…!」


















 

卸屋の男は、各店舗へ指定された花々を配達した後、空になった荷馬車に乗って市場へ帰る途中だった。

大体北側の地区に花を届ける適した時間帯は夜の為、この配達を終える頃にはすっかり夜明けである。


「はぁ~眠い眠い。
売り上げが良くなきゃ絶対北に配達なんかしないんだけどなぁ…」

男は煙草を噛みながら眠そうに大きな手で頭をかいた。


「それにしてもあいつは……」



男はシムの事を思い出し、本当に大丈夫かと溜息を吐いた。

見た目こそ特出する箇所が何も無い。
美人でも麗しい訳でも決してないあの青年は不思議と柔和な空気を纏い、側に寄る人間を懐柔する何かを持っている。

あの時、あの市場に一緒に訪れていた見た事もない涼しい顔立ちをした青年も、それはそれは優しい眼差しでシムを見下ろしていた。
女があの様な視線を向けられたら恋に落ちるだろう程に優しく甘い眼差しで。


その様な男があの地区で、男色癖にでも寄られたら上手く避ける事が出来るだろうか。
否、シムの防御力は信用できそうにない。

次会った時に強姦されてやしないか考えれば考える程不安な気持ちになる。


「…それに………」

男は大変苦い顔をして自分が握っている手綱を見つめた。


俺達は市場よりも前に会ってるんだぜ、シム。
そう呟いてポケットからヨレた紙煙草を取り出して口に加えた。










 
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