テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

5-8

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「おはようございます。
今日は、よく晴れてますよ。」




シムは微笑みながら、返事を返さない横たわったままの男に語りかけた。

男の頭を少しだけ優しく持ち上げながら下に敷いてある枕のシーツを交換する。
寝ているだけでも頭や首は汗をよくかいており、それだけでこの身体がきちんと機能しているとシムは嬉しくなった。



シムはあれからもこうして朝は男の身体の世話をし、昼は各部屋の掃除、夜はシーツの取り替えの繰り返しと、短い睡眠の中で娼館に貢献していた。

元々庭師の仕事で朝も早く、夜は図書館や街へ繰り出していたせいで短い睡眠に慣れていたシムには然程苦ではなかった。
ここで働く娼婦の女性や主人も優しいため、シムは嫌な思いは抱いていなかった。

あとは男の目が覚めればいいのだが、と毎朝語りかけては思う。



「シム、朝ご飯だよ。」

そう言って入って来たのはスープ皿を二つ持って来た主人のユーゴだった。

シムは会釈をして立ち上がる。
「ご主人、おはよう、ございます」

主人も今日は男を寝かせている部屋でシムと一緒に食べるつもりなのか、男の寝ているベッドの脇に腰掛けた。
シムも今まで座っていた小椅子に腰掛けた。


「ご主人、珍しいですね、こんな朝から…」

シムは不思議そうに尋ねるも、主人は少し眉を潜めて少し間を空ける。


「…ユーゴでいいよ、ユーゴで。」

「ユーゴ…さん」


シムは馴染みのない名前を確かめる様に呟いた。
すると主人ユーゴは「何?」と少し気まずそうに返事をした。

シムは不意にごみ集積所で逞しく遊ぶ二人の兄弟の事を思い浮かべた。
主人のユーゴからは彼らから感じた生命力のような逞しさをシムは感じた。

レイン君、ラナダ君、元気で過ごしているだろうか。



「正直お前はノロマだしぼけっとしているし…。
直ぐ逃げ出すと思っていたからここまで頑張って働いてくれたことは正直驚いているよ。
でも感謝してる。」

貶されているのか褒められているのか分からない言葉を受けたシムは反応に困りながらも、スープをスプーンで掬った。


「いえ、むしろこんなに、あの人を置いてくれて…優しさに助けられて、います。
本当に…有難うございます。」


主人ユーゴは垂れ目の顔を破顔させた。

素直に人の助けができた事が嬉しかったからだった。
その後照れ隠しの様に俯き長い首を下に向けた。

「お前が宮廷で働いてるって言った時、少し羨ましかったんだよね、お前のことが。
だって俺は宮廷で働くのがずっと夢だったからさ。」


シムは目を見開いてユーゴを見上げた。
その垂れ目はまだどこか恥ずかしそうにスープを見つめていた。

「そうなんですね…!」

何となく嬉しい気持ちになったシムも妙に高い声で返事をする。それと同時に、ではなぜ娼館を営んでいるのだろうとも思った。

「なんだよ。
俺、本当は護衛軍になりたくてさ…」

「…、…」


シムはその言葉を聞いた時重い鉛玉が心臓に打ち込まれた様にズシリと衝撃が走った。


「子供の時は、護衛軍になって人を守る強い男に憧れててね…。
でも俺は所詮娼婦の子だったし、その女の店を継ぐ道しか俺にはなかったし。
結局叶わない夢だったけど…
シム達を匿って、こうやって感謝されるとやっぱり人助けって良いなっ…てね。」

照れ臭そうに鼻を啜るユーゴをシムは見つめた。


ユーゴのその表情は、血だらけで宮廷の者を助け回り、失神寸前にも関わらずシムの元へ走って来てくれた、いつかのカスパルの表情にどことなく似ていた。

誰かの助けになる仕事はとても尊い。

そして目の前の男にもそれは十分に備わっていると、慈悲深い眼差しをシムは感じていた。


シムは胸が熱くなる。

カスパルも同じ様な気持ちで人の助けになりたいと、強くありたいとずっと努力して来たのだろうか。



「…俺の知っている護衛軍の人も、ユーゴさんと同じ様な、目をしてました。」

その言葉にユーゴは「本当か!」と嬉しそうに顔を上げた。

しかしユーゴはシムを見て少し目を見開いた。



「シム、お前。
その人に恋してるんだね?」


「…え…!」

シムは驚愕し思わず息をするのを忘れる。
まさか突然見破られると思っていなかったシムは、ユーゴをただただ目を見開いて見つめる。


ユーゴは少し困った様に甘く笑った。

「そんな切ない顔してたらすぐ分かるよ。
何人の恋仲を見て来たと思ってるんだ?」


ユーゴはスープ皿を脇に置き、シムの首筋から頬にかけてするりと骨ばった長い指先で撫で上げた。

「可哀相に。
男に恋をしてしまったんだね…。」


シムはされるがままに撫でる指を受け止めてしまう。
否、拒否を示す術を知らないだけだった。


「…ユーゴさん…誰にも、このことは…」

…言わないでください。

絞る様に出たシムの声は弱々しいものだった。
シムはなぜこうも自分は分かりやすい人間なのだろうと消えてしまいたかった。

ユーゴは骨ばった手を退かす事もなく、静かな無表情でシムを見つめていた。


「言わないよ。
でもお前が傷つきやしないか心配だ。
一応この国で同性愛は重罪だし…
それにお前ったら本当にトロいんだから。」

ユーゴの指は身体のあらゆる部分を熟知している様で、その動きには迷いがなくシムの薄い唇を指でこじ開ける。


「…っん…?」

シムは何故口に指を入れられているのか分からないまま逃げ腰になる。
しかしその指は口から出て行かずシムの縮こまった舌を撫でた。

「俺の指も拒否出来ないで、変な奴に目つけられたらどうするの?
それにシム、お前吃音症なんだろう?」

ユーゴは力の入った舌を指で撫でながら問いかける。

その指は既にシムの唾液で濡れて光る。
ズレた感覚である事は分かっていながらも、シムは自身の唾液で濡らしてしまったことを申し訳なく思った。



そして自分の吃音を診るために、舌や口や首周りの強張りを確認していたのだと漸く気づく。


「ここに売られる女達もさ。
碌な育ち方してないしショックでこうなる子も多いんだよね。
でもシムの喋りを見ていると、喋る前に結構考えてから喋る癖があるんじゃない?
その癖が治れば、いくらか改善すると思うよ。」


そういって骨ばった指をシムの口から出したユーゴは、女に大層持て囃されそうな甘ったるい目を細めた。


「本当、ですか…?」

シムはこのつっかえて仕方のない喋り方は、この20数年懲り懲りしていたため、改善するかもしれないという言葉は衝撃的だった。


吃る癖のせいでカスパルと初めて出会った時もあまり良いものではなかった。
親しくなった後も自分の言葉を静かに待ってくれた事が嬉しくもあり、常に申し訳なくもあった。

吃らず自然に話が出来たらと思っては無理だと諦めて来た。


ユーゴは今先程指を這わされたばかりだと言うのに不快な色を見せず、素直に喜ぶシムを見てやはり心配だと呆れながらも頷いて見せた。


「ああ、治るよ。
俺の寝室においで?」





 
 
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