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愛について
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しおりを挟む「食事の時間だ。」
暗く凍てついた地下牢の一角で黒紫の服を着たカスパルが、粗末な皿とスプーンを鉄柵の隙間から地面に置く。
具の殆どないスープをポットから注いだ。
その地下牢の影から姿を表したのは、見せかけの法廷に立たされていた王妃。
エリザベスだった。
風呂も水浴びも禁じられているその見た目は、日を増すごとに悲惨になり、その痩せ細った足には足枷が重々しく嵌められている。
しかしエリザベスは窶れた顔になろうと、表情は凛としていた。
「ありがとう、カスパル。」
エリザベスは冷たい石の床に腰を降ろし、僅かなスープを啜った。
その姿を柵の向こうからカスパルが見下ろし続ける。
その間二人に会話はない。
それはこの1ヶ月弱変わらない光景だった。
エリザベスが食事を絶って自死しない様、最低限の飯をきちんと食べるまで見届ける事を託けられているカスパルは、淡々と、見るも無残なエリザベスの食事姿を眺めた。
カスパルは裁判を止めた罰としてエリザベスの無残になって行く世話係を押し付けられた。
それは国王からの嫌がらせに変わりないものだったが、カスパルも拒否する権限を持っていないため毎日こうして訪れては何も言わず飯を運び皿を下げ続けた。
そのカスパルの姿は国王の私軍の中でも静かな話題だった。
尊敬していた筈のエリザベスに毎日毎日豚の餌の様な飯を運び平然としているカスパルのことを、影で恐ろしい悪魔の様な男だと陰口を叩かれていた。
「ご馳走様。
今日もとても美味しかったわ。」
有難う、と空になった皿をカスパルに見せる。
カスパルは無言でその皿を奪い取り暗い廊下を歩き始めようと背中を向ける。
「カスパル。」
今日はいつもと少し違った。
エリザベスは背筋を伸ばし、柵に手をかけて去ろうとしているカスパルを見つめる。
カスパルは無言で感情の篭っていない静かな目をエリザベスに向けた。
「貴方は誰よりも優しいわ。
私を救おうとしてくれて、有難う。」
エリザベスの言葉にカスパルは眉を顰めた。
「…めでたい人だ。」
吐き捨てる様に告げてもエリザベスは全て分かっている様な表情で窶れた顔で微笑み、一つ頷いた。
「全て分かっているわ、有難う。」
それだけ言ってエリザベスは地下牢の奥の暗がりへ再び戻って行った。
深夜、従業員用の厨房の中で明日の献立を黒板に書いていた女は大柄な男の足音に気づき目線を向けた。
「あ、来た来た。」
そう言って女は立ち上がり、普段は使われていない裏口の方へ向かう。
そこには空になった粗末な皿をトレイを運んで来たカスパルが歩いて来ていた。
「王妃様は食べたかい?」
カスパルは皿を女に渡しながら「ああ…」と頷いた。
「今日も美味しいと仰っていた。」
「そうかい、なら良かったよ。」
そう言いながら皿を受け取り、必要以上に喋らない男に目をやった。カスパルは優しく悲しげな目をしていた。
粗末に見える、美味しいスープを作ってくれ
それがカスパルからの依頼だった。
誰がどう見ても可哀相だと思われる様な美味しいスープを作って欲しいと自分の懐の金を握らせてきたカスパルの願いを、厨房の女は勿論と快諾し、夜な夜なこうして二人のだけの秘密を重ねた。
なんて不器用な優しさだろうと女は思う。
恐らくこの硬く恐ろしい表情のまま、エリザベスに食べさせ続けているのかと思うとカスパルの事が不憫に感じた。
毎度粗末に見えるスープは女の力作である。
美味しくない訳がない。
「早く解放されるといいんだけどね、陛下が決めた事じゃね…」
女がぼやくと裏口の扉にもたれ掛かりながらカスパルは溜息を吐いた。
「解放される時はもう来ない。
そしていずれ来る死刑か、暴動で……。」
カスパルは唇を閉じその先は言わなかった。
結末が同じだからだ。
「ここの働いてる人達もさ、どんどん逃げる様に辞めてすっかり寂しい景色になったよ。
あんたもここから早く逃げれるといいけどねぇ。」
女は国王の夜食のクッキーやら紅茶を打って変わって豪奢なトレイに盛り付けながら話した。
「…あぁ、貴女も。」
カスパルはそのまま重厚な絨毯の敷かれた国王の寝室までの道を、夜食のトレイを持ちながら歩いていた。
窓からは月の光が疎らに入り込み寒々とした冬の色によく似合う寒々しい廊下になっていた。
「どなたですか。」
カスパルは突然立ち止まり暗闇に声を掛けた。
先程からずっと人の気配を感じていたその箇所を見つめると、白髪の男が歩いて来た。
「流石軍人だ、こんな所からすまないね。」
そう言いながら現れた男にカスパルは目を見開き辺りを見渡す。
「オーデッツ様…、国王陛下の寝室に近いこのような場所にいては危険です。
まだ小風の情報も掴めてないですし…」
小声で捲し立てるカスパルに、オーデッツ卿は分かっていると言わんばかりに頷き口を開いた。
「今日は小風の事でも国王に会いにでもない、君に会いに来たんだ。
君の部下から手紙を預かっているんだ。
受け取ってくれ。」
そう言って紙切れをカスパルの胸ポケットに差し込んだ。
「……」
カスパルはその手紙を見つめる。
その紙切れは今のカスパルにとってとても重いものだった。
「確かに渡したよ、それじゃあね。」
そう言って去って行くオーデッツ卿にカスパルは無言でトレイを持ったままお辞儀をした。
そしてその夜、国王が寝息を立てるまで側に控えていたカスパルは寝たのを確認してから胸ポケットの手紙を開いた。
そこには様々な書き方の癖で書き寄せられたものだった。
カスパルはたった一人、誰も見ていない部屋で目元を細める。
この宮廷で一緒に身体を鍛え国をどう護るか宮廷をどう統率するか、皆で考え行動した日々が最早懐かしい。
自分を慕ってくれた部下達の顔は皆、頭に焼き付けている。
もう絶対に戻らないその景色を懐かしむ様に、カスパルは瞳を閉じた。
”隊長
お元気でしょうか、ご無事であることを願います。
セスが少し前に宮廷から去りましたが、それ以外変わりありません。
突然あなたが姿を消し陛下の専属になった話は伺っています。
隊長の決めた事であれば俺達は従います。
何かできる事があれば、助ける力が必要であれば、いつでも言ってください。
護衛軍がなくなろうとも俺達は永遠に貴方の部下です。”
明朝、護衛軍の使用する訓練場に小さな紙切れが落とされていた。
最初に訓練場に足を踏み入れ掃除をしようとした護衛軍の一人がその紙切れを拾い上げ開き、慌てて皆を呼び出した。
皆その紙を回し、お互いに見つめ合い、強く頷きあった。
時には握手し抱きしめ合い、お互いの健闘を讃え尊敬し合う様に微笑み合いもした。
そして男達は訓練場の備品庫の全ての備品を持ち、護衛軍の服を脱ぎ捨てて宮廷を後にしたのだった。
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