テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

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「それでは我がラッセル家は南のゴーリン島。
ドロス家は北のテューリンゲン、そして……」


会議場の中央に置かれた大きな会議机の中心にバラバラと羊皮紙が順々に置かれている。

この紙は現在宮廷で保護しているレグランド貴族の疎開先と道順、疎開する者の名を書き連ねた重要機密文書であった。

レグランド国は恥ずべき改宗の道を選び、近隣諸国からの助けの手を自ら断ち切った経緯があるため、この貴族の疎開先は王都以外のレグランド国内に限られる。
そのため、そこに送られる貴族達はこれから貴族である事を隠し続け、日陰の様に暮らさなければ命がないという過酷な運命にあった。

その中央の紙を囲む様に権力を握る貴族の中の中心核の家長達が重い空気を発しながら佇んでいた。

「皆が去れば、ここも寂しいものになるな。」


ただ一人だけ椅子に座っている国王は机に置かれた紙切れを見つめる。
国王の言葉に返事をする者はいなかった。


「ジャネット・テューリンゲン嬢も一度故郷に疎開させ、そちらで陛下のお子を安全に産ませた方が良いと思いますので、ドロス家と共にテューリンゲンへ帰郷させてへどうでしょうかね…」


貴族派を取り纏めるラッセル卿の嗄れた声に、国王はぴくりと眉を動かした。

その動作は不機嫌の始まりのサインであると分かっている執事トーマスは国王の側でびくりと顔を青ざめる。
しかしその背後で影の様に構えているカスパルは国王の背中をただ見つめるだけだった。


「あの娘は疎開などさせぬ、ずっと私の側に置き正妻に召し上げる。」


その言葉に周囲は響めく。
「陛下、それは貴方様でも…!」
「せ、正妻になど…」

動揺する貴族達を片手で制し、国王は欲の満たされない表情で口角を歪めた。

「お前達は分からなくて良い、あの娘の…若い力は凄まじい。
今孕ませた子が駄目になってもまた孕ませればいい事。
そうして王族の血は絶やさずにすれば良いのだ。
その間私を護る盾も用意した。

あとはお前達の持ち得る私軍を国王に譲渡すれば、守らなければならない王制度の存続は問題なかろうよ。」


国王はカスパルの方を一度振り返り一瞥投げ、再び貴族達を試す様に見渡した。

「……、」

所詮国王が決断した事に対し、真っ向から批判する事は貴族には出来ない。
皆一様に口を閉ざし、再び羊皮紙へと視線を戻した。




「し、失礼致します!陛下!」

突然扉をけたゝましく開け入室した私軍の一人が、血相を変えて国王の元へ近寄る。

「貴様!
我々貴族の前で何たる無礼か!」

ラッセル卿が私軍の男を嗜めるも、国王は「良い、何だ。」と短く答え立ち上がった。
私軍の男は国王の前で立ち止まり最上敬礼をし口を開く。

「はっ!
本日の巡回の者達の人数が著しく欠けており、宮廷内を確認したところ…
護衛軍の者共が昨夜から今朝にかけて全員宮廷から逃亡した事が判明致しましたっ…!」


その言葉に会議場の空気は一気に凍り付いた。

「なんだと……」


国王の瞳はぐらぐらと怒りの炎で燃え上がり一気に顔を歪めた。
そして勢い良く振り返り、後ろに控えていたカスパルの頬を容赦無く打った。


その小気味良い音に、凍り付いた貴族達はカスパルと国王を見つめる。

「…っお前、どう責任を取ってくれる!!
早くあの役立たず供に仕事をさせろ!駄犬めぇ…!!」


カスパルは打たれ若干赤くなる頬をそのままに、国王をただ見下ろす。
その表情はこの場所で誰よりも怒りの炎に包まれているかの様に揺らめいていた。

「……。」

その表情に気づいた執事トーマスは慌ててカスパルと国王の間に入った。
トーマスの頭の中の警笛は恐ろしい程に鳴り響いている。


カスパルは我々を守っているのではない。
いつでも殺せる場所で、その時を待っているだけに過ぎないのだ。

そう、執事は初めて気づいてしまった。


「陛下…!どうか怒りをお納めください…!
もうラザフォードは護衛軍の統括長ではありません!」


国王は必死に庇う執事トーマスを忌々しそうに一瞥し手を上げようとした時、庇われていたカスパルがトーマスを退かした。


「陛下が、彼等から私を取り上げたのではないですか。
長が不在の隊など所詮長く保ちません。
そう導いたのは貴方だ。」

「何をっ…口答えしよって…!」

「わ、我々の護衛はどの者達がするのです!」
「疎開のための人員を割いて巡回するしか…」
「そうしたら疎開の道中の危険が桁違いに!」


国王が再びカスパルに拳を振るおうとしたが、他の貴族達が動揺し始め一気に騒々しくなった。

「静まれ!静まるのだ!」国王が声を欠けてもこの凶報は貴族達の中で中々堪えるものだったらしく騒ぎは中々収まらない。

「……っ、」


執事トーマスは皆が騒ぐ中、別の恐怖で膝を震わせる。


ちらりとカスパルを見た。
カスパルは先程の表情のまま国王ただ一点を見つめていた。
その表情で何を考えているのかまるで検討がつかない。

「……どうかしましたか。」

カスパルはトーマスを見ないままそう答える。
視線を向けていたことに気付かれていたトーマスは酷く驚愕し汗を垂らした。


「ラザフォード様、貴方が何を仕出かすか…とても怖いのですっ…
どうか、どうか陛下や私供を…」


カスパルは久方ぶりに口角を上げる。

しかしその薄い微笑みに優しさは欠片も入っていない表情だった。
目の前の国王も時折見せる表情と良く似ていた。










 
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