テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

5-11

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セスと小風は、酒場の地下で長い間話し合いを重ねていた。


これまでの事、
今どの様な状況なのか、
自分たちが何をするべきなのか、

夜通しの話し合いを終え小風は息を静かに吐いた。

「分かった、君の理由を受け止める。」

小風はセスの今までの経緯を聞いて、許されない選択をしたことを理解しつつも同情していた。
素直な少年に降りかかるには不運な境遇すぎる。
自分もその状況に置かれたらカスパルを守るために偽りの先導者に扮し兼ねないとさえ思った。

しかしもうどのようにしても時は戻らず、状況も改善は難しい。
小風もこうなった以上、腹を決めることにした。

「僕に出来ることはあまりないが。
カスパルの友人として、君の側で暗躍することを誓おう。」


セスは重い表情でソファに座っていた。
少し申し訳なさそうに眉を歪める。

「…隊長の友人であるあんたを巻き込みたくなかったけど…。
ここまで聞いてもらったら、もうそのまま帰す訳にも行かないんだ。
すまない…有難う。」


「いいんだ、利害は一致している。
僕だってカスパルや…、死んで欲しくない人達をあそこに置き去りにしているからね。
そのケジメは付けるよ。
…しかし。」

小風はセスを見下ろした。

小風からしてみれば、セスはまだ心の揺らぎを抱いている様に見えていた。
些かそこが心配だった。


「君はまだその立場にいる事を理解し切れていない。
カスパルと対立する時が来ても堂々とする自信がまだ君にはこれっぽちもない様に見える。」

セスは小風の言葉にムッと不機嫌そうに立ち上がった。

「対立なんてしない!!
さっき言ったろ?!
隊長を助ける為にって…!」

「助ける為だとしても反政府と宮廷側の人間は必ずどこかで対立しなければならない。
真っ向から対立してもあいつを助ける自信がなければ、君はイリスに押し潰されるかカスパルの剣に貫かれて死ぬぞ。」



小風の厳しい言葉にセスは拳を震わせた。
そのどれもが胸に突き刺さる。

まだセスは心の準備が出来ていない。

カスパルがセスを殺しに来ても、セスがカスパルの動きを封じなければならなくなったとしても動揺してはならない。

それがモールから譲り受け、いつのまにかどんどん重く捻れていった重い枷だった。


小風は緊迫した空気を拭う様に軽く咳払いをして、セスの頭に手を置いた。


「その時、手を汚す役は僕が引き受けるよ。
今君は国民の事だけを考えてあげてくれ。」



















従業員用の食堂の裏口では、毎日の日課である様にカスパルがスープのトレイを持って来ていた。

「今日も完食された。
有難う。」

カスパルの報告に厨房の女は満足そうに微笑み皿を受け取る。

「そうかいそうかい、なら良かった。
明日は芋粥にするからね。」

流しに皿を置いたところで表から厨房の女に声が掛かり、カスパルと女はその方へ視線を向けた。


「夜にご免なさいね。」

そこには杖を持ち腰の曲がった老婆が穏やかな表情で覗いていた。厨房の女もその老婆と大変親しげに笑い駆け寄り、その姿をカスパルは奥で腕を組みながら様子を伺った。

「ミシアさんじゃないの!
少し前にここを辞めてから、生活は落ち着いたかい?
元気そうでよかったよ。」

「最後の荷物を取りに来てね。
もうここに来ることはなくなるから、みんなにも最後に挨拶をと思ったんだけど…。」



「そうかい……もう来ないのね。
でもここも危ないし、それがいいかもね。
シムの坊やはどうだった?寂しがっただろうねぇ」


シム


シムという言葉にカスパルはぴくりと眉を動かした。

ミシアと呼ばれた老婆は少し悲しそうに微笑みゆっくりと首を横に振った。

「それが、…シムには会えなくて。
他の人に聞いてみたら、ここ1ヶ月少しここにいないみたいなの…。
突然逃げる様な子じゃないから、何かに巻き込まれていやしないか心配でねぇ。

だからあの子にもし会ったら、一先ず街の教会に身を寄せている事と…有難うと伝えておいてくれるかしらねぇ?」



カスパルは気付けば無意識に足が老婆の元へ進んでいた。

「……今…、何と………」


老婆は突然のカスパルの登場に、一瞬驚く様に目を見開いた。
カスパルの形相に老婆は薄く微笑んだ。

「…シムがいないとは、…本当なのか…?」


厨房の女も驚いた様にカスパルを見上げる。

「坊やと知り合いなのかい?!
あの子、ただの庭師なのに随分高貴な方と…」

すっかり驚いている厨房の女とは対照的にミシアはしっかりとカスパルを見上げていた。

「シムのお知り合いさんなのね?」


「知り合い、ではなく……」

カスパルは自分から詰め寄っておきながら、慌てて口を閉ざした。


ルージッドの貴族だとしても高貴な身分と親しい間柄であると知れるのはシムにとって良い状況では決してない。

しかしシムがいないという事実だけで、カスパルはぐらりと視界が歪む様な気持ちだった。



「すみません、失礼…」


それだけ何とか言葉にすると急いで食堂を後にした。
その後ろ姿をミシアと厨房の女はじっと見送った。


「随分変な様子だったね。
いつもはあんな人じゃあないんだけどねぇ?」


不思議そうに呟く女の言葉を聞きながら、もう見えなくなった廊下の先をミシアはとても穏やかで優しい眼差しで暫く見つめていた。


大丈夫でしょう、あの人なら。
とてもシムを心配してる目をしていたもの。




ミシアは言葉には出さずシムと消えた男を想った。









 
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