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愛について
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しおりを挟む「…俺の生まれ故郷はテューリンゲンのもっと北にあ、る…村で」
「そうそう、あともう少しで完璧。」
シムは口が強張る寸前で意識しない様に、目を瞑り言葉を続けるのを繰り返す。
長年共に歩んできた吃りは一日二日で直ぐ治るものではなく、この数日間仕事と男の世話の合間を縫って、主人ユーゴの寝室でこうして指導を受けていた。
まずはリラックスする様にとベッドに寝かされ、ユーゴがシムの腹に手を置くところから始まる。
腹に手を乗せてくれている方がそこに意識を集中させることが出来るので驚くほど話しやすかった。
それを分かっているユーゴはやはり何人かは吃音症の面倒を見てきたことが伺えた。
「俺の生まれ故郷はテニューリンゲンのもっと北にある村です。
…育ったのは少し麓にある教会でした。」
短い自己紹介の言葉を初めてスラスラと言うことに成功したシムは、自分でも驚きながら目を開いた。
腹に手を置きながらシムを嬉しそうに見下ろしているユーゴも嬉しそうに笑っていた。
「言えたじゃないか!完璧!その調子だよ。
自信をもっと付けてこうな。」
シムもユーゴの言葉に嬉しくなり頷きながら「はい!」と微笑んだ。
「おい、……シムから離れろや。」
突然後ろから声がし、ユーゴは後ろを振り向く。
シムは状態を起こしその方向に目を向けると、ギョッとした目でユーゴを見つめる卸屋の男が立っていた。
男の手には相変わらず何個かの花束とくしゃくしゃの伝票が握られている。
側から見ればベッドにシムを寝かせ、身体を弄っている様に見えたのだろうか。
ユーゴはシムの腹に乗せていた手を退けて意地悪な目で見返した。
「あ、いやらしい想像しちゃった?
このおっさん気持ち悪いねー、シム。」
まるで女友達の様にシムに抱きつくユーゴに、うんざりした様に卸屋の男は溜息を吐く。
「卸屋さん、こんにちは」
抱きつかれながらも会釈するシムの表情は穏やかで、ユーゴの怪しい態度に懐疑的になっていた男も本当に襲われていたわけではない事を察した。
「よう。
もうこんばんはの時間だけどな。
…シム、こいつ一応は娼館のオーナーだからな?
あんまりベタベタ触らせてると容易に一線踏み込んで来る可能性あるから気をつけろよな…?」
男は花束を抱えながら、ため息を吐いてシムの身体をユーゴから引き剥がした。
「でもユーゴさんは俺の吃音が治る様に、付き合ってくれてるんです。
褒めてくれるし優しいし…大丈夫ですよ。」
それにもうグズやのろまと言わないし…
続く言葉は胸に秘めてシムは嬉しそうに微笑む。
ここ最近本当に優しく接してくれる様になったユーゴをシムは信頼していた。
突然褒められると思ってもみなかったユーゴは少し頬を染めるも、わざとらしい咳をして照れ臭い気持ちをどこかへ追いやった。
「あーあ、あんたが来た事だしそろそろ仕事に戻るか。
伝票サインするから貸して。」
卸屋の男は伝票をユーゴに手渡しながら表情を真剣なものに変えて口を開いた。
「なぁ、ここ最近あちこち悪い噂ばかりだぜ。
卸業っつうのは人との交流は欠かせないから色々な情報が流れて来るんだが…。」
ユーゴは伝票をぱらぱらと捲りながら卸屋の男に一瞥投げる。
いつも疲れてる顔かうんざりした顔以外しか見たことないこの男の真剣な表情で危険度の高さをなんとなく察するものがあった。
「こっちだって水商売だから噂の一つや二つくらい聞くけど。
あんたがそんな顔するの初めてじゃない?」
「…。」
卸屋の男はシムには耳に入れさせたくないと言う風に一度シムを見た。
何かを察したシムは、「じゃあ俺は失礼します…」と挨拶し部屋を後にしたが、何となく聞かなければならない様な気がして、出た扉の先で耳をすませて二人の会話を聞いた。
「宮廷の護衛軍、全員突然いなくなったらしいぜ。
あのルージッド出身の男を除いてな。
私軍がそう囁いてるの聞いたって奴が何人かいる。
だからこの話もいずれ反政府に漏れるかもう漏れている。
…そんな防御が綻んだ噂掴んだら、あいつら絶対仕掛けに行くだろ。
もうすぐ宮廷の占拠に打って出るっつう話もあるし。」
ユーゴはペンを机に置き、窓から外を見た。
「……そんな大変な事になってるんだ宮廷は…。
じゃあその時に宮廷の中にいた人はどうなるんだろうね。」
「さあな?
民衆が宮廷を襲う位の事態なんだし…。
良くて捕縛、悪くて皆殺ししかないんじゃないのか…?
だからよ……」
卸屋の男はそこで言葉を区切った。
シムが宮廷で働いている事を知っていると、まだお互いに明かしていないためその先を言葉にする事をためらった。
しかし二人の頭の中には同じ人物が浮かんでいる。
そしてその人物、シムは扉の先で浅い息をしていた。
「……。」
自分がいない間に宮廷が大変な事になっている。
それなのに自分は一人の人を助けるためカスパルの元から遠く離れている。
護衛軍が皆いなくなったというのは国王に対する叛逆だろうか?
いや、一人だけ残ったと言うルージッドの男というのはカスパルだろう。
カスパル一人残って皆いなくなるなんて、あんなに慕っていた彼を捨てて離れる選択をするなんて考えられない。
優しいカスパルの微笑みを思い出し胸が痛んだ。
街がきな臭く危険になって来た事や暴動が起こる事を、小風も何度も示唆していた。
それはカスパルも同じで、危機感を覚えていたことを思い出す。
カスパルは近い将来訪れる災厄の時に備えて、皆を逃したのではないか。
そしてカスパルは一人で歩く事を決意したのではないだろうか 。
「………一人にはさせたくない、…」
小風の言った通り、一人で背負う癖のあるカスパルが考えそうな手段のように感じた。
カスパルを一人には出来ない。
シムは強く拳を握った。
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