テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

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カスパルは結局その日、一日中宮廷の武器が運ばれる様子を見て回るので精一杯だった。

やはり私軍の話を小耳に聞く限りでは、襲撃は明後日と皆が思っている様だった。
しかし宮廷というだけあり保管されている武器は並みの数ではない。

それでも働き手が今や著しく減った宮廷は武器を扱う者の調達には間に合っていない様子だった。



カスパルは今日も夜の仕事の一つである、幽閉されたエリザベスの給仕を終える。
空になった皿を食堂へと運ぶところだった。

それが終えればカスパルの今日の仕事は終わりを迎える。

しかし明日襲撃があると知ってしまったからには仕事はもうどうでもよく、まだ今日のうちに出来ることは何かあるかを考えながら食堂へ足を進めていた。


食堂の裏口へ辿り付き扉を開ける。
しかしいつもすぐに駆け寄ってくる厨房の女は顔を見せない。


「いないのか?
…ここに置いておくぞ。」


一応声を掛けるもやはり近くにいる気配もない。
勝手に皿を置いて去る訳にも行かずカスパルは少し思案した後、厨房の利用者からは見えない様に棚の死角から厨房を見渡した。



厨房には探していた厨房の女がいた。
まさに誰かと座ってお茶を飲んでいるのが見えた。


「……!」

その相手を目にした時、カスパルは心臓の動かし方を忘れたかの様に世界が無音になった。


瞠目し息をするのを忘れたカスパルは自分が皿を落とし割ったことに気づくのにも時間差が生じる。
皿を落としたその手もそのままに、その相手を見つめた。



厨房の奥で皿が割れる音がしたため幾分厨房にいた者達は気にするそぶりを見せたものの、二人を除いて皆目の前の自分達の食事へと意識を戻して行った。


厨房の女はすぐに駆け寄り厨房の中へと入る。


「あーあー、割っちゃって!
倉庫から箒を持ってこないとね。」


厨房の女はカスパルの落とした皿とカスパルを交互に非難の眼差しで見た後慌てて倉庫へと向かった行ってしまう。

カスパルはまるで厨房の女の声が耳に入っていないかの様に、先程から一寸も狂わず一点を見つめ、少しずつ足を進めた。


もうそこは棚の死角から外れ、カスパルが見つめる者はより鮮明に見えた。

そしてその人物もそこに誰がいるのか分かっている様に、穏やかな表情で振り向いた。



「…………何故ここに居るんだ。」










シムが振り向いた先にいたカスパルは、記憶していた臙脂色の護衛軍の軍服では無く黒紫のものを身に纏っていた。

その声は低く地を這う様で、怒りなのか苛立ちなのか、険しく威圧的に歪ませていた。



シムはジェーンを訪ねた後、再びこの厨房へやって来ていた。
そしていつ来るか分からないカスパルをここでずっと待っていたのだった。

例え威嚇されようと怖いカスパルの顔を見ようと、今のシムにはそこにカスパルがいるだけで色鮮やかに嬉しさが込み上げ胸が熱くなった。




シムは席を立ちカウンターの前まで歩み寄る。

「カスパルさんの側にいたくて、宮廷へ帰って来ました。」

シムの事はカスパルにとっては何よりも衝撃的に胸を激しく揺さぶった。


嫌らしい程に自分から遠ざけようと画策したシムが今目の前で自分を見ている。
その様な言葉を自分にくれる。

しかしそんな言葉を貰う資格など自分にはない。



「何て馬鹿なことを…!
ここは…」


「ここは危険なんですよね。
…俺もそれは分かっています。
だから帰って来たんです。
貴方を一人に…」

「やめろ。」


カスパルはシムの言葉を遮った。


今のカスパルにとって愛する者の甘美な言葉は激痛とともに胸が張り裂けそうだったからであった。

ここで長く話している姿を誰かに見せる訳にも行かない。
しかし目の前のシムもカスパルを強く見つめ続けている。


気持ちや理性とは切り離された様にカスパルもシムも身体の中心が燃える様に熱かった。


「……ここで長話も出来ない。」


カスパルは厨房のカウンター横を通りシムの腕を強引に掴む。

カスパルのあまりに無遠慮な力にシムは一瞬怯んだが、カスパルに従う様に腕を引かれて厨房を出た。



そのまま二人は誰ともすれ違わない様、早急にカスパルの自室へ向かった。

その道中はとても寒く静寂に包まれた道だった。
しかしカスパルに掴まれた部分から腕は熱く、そしてシムの腕を掴むカスパルの手は怯えたように強張り震えていた。


自室に着くなりシムの体をその部屋へと乱暴に放り投げる。

シムは放り出された事で部屋の床に尻餅をついた。

カスパルは扉の部屋の鍵をし、尚も硬い表情でシムを見下ろしていた。



「分かっているなら話は早いが、ここは明日にでも襲撃される!
何故のこのこと帰って来たんだ…!」


シムは立ち上がりカスパルの前へ立つ。


「だから、貴方の側にいたかったんです。
貴方を一人にはしたくなかった、
俺はカスパルさんを……愛しているから。」



シムはその言葉を口にした瞬間、胸がドクドクと熱くなる。


目の前のこの男の胸に抱き着きたい衝動にかられる。
シムにとっては体験した事もない大きな感情だった。


やっと言えた。
この言葉を言いたかった。
愛している。
カスパルさんを愛している。



しかしカスパルは、とてつもなく苦しそうに顔を歪めながら自身の手を強く掴んだ。



「シム、それは違う。
お前は俺が無理矢理口付けしてしまったからそう勘違いしているだけだ…!
…俺は愚かな男なんだ。
シムを直ぐにここから逃さないといけないのに、今直ぐ触れてしまいたい気持ちとで…俺はどうにかなりそうだ。」



カスパルの震える低い声での独白に、シムは少しだけ目を見開く。

しかし嬉しそうに微笑んだ。
その微笑みはテューリンゲンで見た小麦風の様な優しいものだった。



「……カスパルさんは、初めてお会いした時からずっと憧れです。
優しくて強くて太陽みたいで…貴方の顔を見ると驚く程嬉しくなって…身体が熱くなります。」


シムはそれだけ言うと、目の前のカスパルの背中に慣れない仕草で手を回した。

「側にいさせてください。」


カスパルはシムの暖かな体温と言葉に強く目を瞑る。
押し寄せる激情と迫り上がる本能にぶるぶると肩を震わせた。


蜘蛛の糸よりも細い、理性と本能の生命線が音を立てて断ち切れそうだった。


「……もう、二度と離してやれなくなる…。
お前が思ってる程俺は出来た人間じゃないんだ。
……それでも俺に愛をくれるというのか…?」



シムはカスパルの胸の中で静かに頷いた。



「どんなカスパルさんだって愛しています。」









※次ページ性交描写があります。不快な方は<p26>へお飛びください。 
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