テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

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カスパルはシムを部屋に残し宮廷へ向かう廊下を歩く。



その心は自分でも驚く程に静かで穏やかで、まるで暖かい日差しに包まれて眠ったいつか遠い記憶の様に心が暖まっていた。

それは久しく凍りつき続け張り詰めていた自分の心に、優しい風が吹いて溶けた様であった。


しかし、と昨晩のことを思い返しため息を吐いた。
シムを好きに弄んだ自分への反省と、よくシムは受け入れてくれたなという嬉しさ。

こんなに大きな身体の自分がのし掛かって弄れば怖かっただろうに、本来受け入れる器官ではない場所への挿入で苦しかっただろうに、劣情に突き動かされるばかりでもっと優しく出来なかったのかと悔いたが、頭を軽く振って思考を中断させた。








カスパルは真剣な表情に戻り、今日来たる襲撃を考える。



どの様に襲撃を仕掛けてくるか、どの様な武器をどれ程所持しているのか、その全容が見えない限り真っ先に狙われる場所が一体何処なのか正確に予測ができない。

更にこちら側の迎撃に関しても、カスパルは関与が許されていないため手元に情報がない。

その時が来た時、全てを投げ出してシムを逃す支度をしておかなければならない。
そう考えながら無意識に右手は腰に備えた愛剣を握った。


素早く準備する間、今日はいつも腰に挿している短剣ではなくカスパルの持ち得る剣の中で一番手に馴染んだ剣を備えてきた。

この剣を使う時はこの時だ、と決めていた剣でもあったため遂にこれを持ち出す日が来た事を残念にも思った。




なるべくならレグランドの誰も死んで欲しくない。
衝突で市民が命を落とすのは耐え難い。

一瞬内部の主力になる大砲だけでも壊しておこうかとも思ったものの、一人でそんな事をしていたら時間が幾らあっても足りない。


(何を優先するべきなのか考えろ。)


カスパルは国王の執務室に行くまでに頭の中で、ありとあらゆる想定を作り上げては消し作り上げては消しを繰り返した。



「…!」

その時、廊下の端から物音が聞こえた。
カスパルは気配を消し壁に寄る。


その息は荒く不規則だったため、不審者かと思ったがどうやら其の者は体調不良の様だった。



カスパルは荒い息のする方へと歩み寄る。

そこには廊下の端に凭れ掛かりゼエゼエと息を吐いている執事トーマスがいた。


「は、はぁ…はぁ…ッは…」


苦しそうに息を吐く姿は細い初老の男をさらに弱々しく見せる。
カスパルは見知った者であった事に些か目を見開いたが、一人で歩く事もままならない状況に急いで駆け寄った。


「トーマス様、」

カスパルがそう声を掛けた瞬間、そこに蹲っていた執事トーマスはそれだけで酷くびくりと震え後ずさった。


「あ、…あ、…」

カスパルに恐れ慄いているのは手に取るように分かり、カスパルは咄嗟に背中に回そうとしていた手を止めた。

顔を歪めたまま未だ怯える執事トーマスを見下ろした。


「…陛下と何かあったのですか。」


その言葉はトーマスを絶望させるのに十分で、悲壮感に包まれていた初老の顔はさらに土気色に変化させ息苦しそうに涙を流した。


「カ…カスパル様、お願いですっ…命だけは、お願いだ…!」


先程とは打って変わって縋り付く様にカスパルの服を渾身の力で握りしめてくるトーマスの気迫にカスパルは瞠目した。

と同時に、考えたくない推測が頭をよぎり、カスパルは重い口を開け絞り出すように言葉を発した。


「……シムのことを…。
いや、…私と一緒に居た者の事を、陛下に話したのですか。」


「いえ…!いえ私は!
……しかし、恐らくおの御方は勘付かれている…!
私は決して告げ口などするつもりは…!」


大きく首を振りながら否定するトーマスを見下ろしながら、カスパルは漸く大体の予想が噛み合わさっていく。


目の前のトーマスは本当に告げ口などはしていないのだろう。
ここまで自分に恐怖するのであればその様なことはしない。

奴が、国王がトーマスの様子に気付き、罠にかける様な会話でカスパルの情報を探ったのではないだろうか。

カスパルは一つ溜め息を吐き、今度こそトーマスの背中に手を回し落ち着く様に撫でおろした。


「想像はつきました、国王が嵌める様に情報を引き出したのでしょう?
それなら貴方のせいではない。」

カスパルの低く落ち着いた声は、あの晩トーマスに威嚇した低い声とは大きく異なった。

トーマスは漸く動揺したままの眼差しをトーマスに向けた。

見下ろすカスパルの目は仕方なさそうに落ち着いていた。
そして自分自身を嘲笑っている様な静かな目をしていた。


「私も唯愛する者を守りたいだけなのです。
この国では男が男を愛する事は罪なのでしょう。
…それでも私にはあの者しかいません。
私も出来れば無作為に危害は加えたくない。

貴方にもいるのではないですか?
自分がどうなろうと惜しくない程…愛する存在が。」



トーマスはカスパルの言葉に目を見開く息を浅く吐いた。
確かにいた、愛する存在。

いたのだが今はそれさえ本当の気持ちだったのか。
自分を疑う自分がいるのもまた事実であった。


「わ…、私は王家に代々仕える一族です。
王族の方々を心からお慕いしております。
しかし今や私は、陛下のどういった部分を……お慕いしていたのか、」


トーマスがここまで打たれ弱い精神になってしまったのは、いつの間にか心を支えていた忠誠心という一本の芯が揺らいでいたからに他ならなかった。

言葉にしてみるととても虚しく、あっけなく空っぽになってしまった。
その虚無の心だけがトーマスの中にあった。

しかしそのトーマスを支えていたカスパルの手は大きく暖かく、背中から体温を分けている様に添えられている。


「貴方は王族に仕えて、この国を愛していたのでしょう。」


「はい、……はい…」

トーマスはカスパルの服にしがみ付く自身の手を離し、自分の顔の涙や鼻水を拭った。

漸く落ち着いた様子で何度か瞬きした後カスパルの手を借りて立ち上がる事が出来た。


「…私は陛下の前で失禁…など、恥ずかしい失態を犯したにも関わらず。
もう一度出勤する様にと温情をかけてくださったのですが…、
この様な場所で過呼吸など…本当に恥ずかしい限りです。」


トーマスは申し訳なさそうに項垂れ、未だ濡れ濡つ顔を拭い続けた。

「私が心労の種なのですから、謝るのは私です。
さあ行きましょう。執務室へ。」












 
 
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