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愛について
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しおりを挟む執事トーマスとカスパルが執務室へ入室すると、国王は既に政務に着いており、宮廷の見取り図に記された赤や黒のインクを確認している様子だった。
入室した扉に一度目をやり、トーマスとカスパルを面白いおもちゃの様な眼差しを向けるとククッと喉で笑った。
「トーマスよ、具合は治ったか?」
元々心配になど思っていない声色だった。
それでもトーマスは気にかけてもらえたことが嬉しいのか初老の顔はさらに皺を増やして微笑み傅いた。
「陛下、先日はあの様な失態を誠に申し訳ありませんでした…!」
トーマスの謝罪も愉快なのか、国王にしては大変珍しく笑って流す。
「よいよい。
…なぁカスパルよ?」
その場にいた者は全員やはり国王が何かに気づいている事を察した。
カスパルの隣でトーマスは、やはりその国王の態度に冷や冷やと青ざめるも、カスパルが平常な表情を見て幾分安心した。
「陛下、その見取り図は…」
カスパルの問いかけに国王は楽しげに一つ頷き、見取り図を丸めた。
「ああ、大砲と武器の配備位置だ。
遂に明日…市民への制裁が始まるのでな、完膚なきまでに仕置きが必要だ。
私の犬よ、お前は何時も私の盾となるんだぞ?」
カスパルは少し考える様に目線を下げた。
先程聞いたオーデッツ卿の情報が確かであれば襲撃は今日である。
それを伝える事でシムを無傷のまま助ける事ができるか、はたまた不利になるか、この時点で判断出来かねた。
しかしカスパルは報告しようとした口を閉じ押し黙る選択をした。
「さあ、今日は忙しいぞ。
私は万が一に備えて王家に伝わる資料を整理せねばならん。
トーマスはエリザベスの私物を倉庫に隠しに行け。
カスパル、お前はエリザベスの餌やりだ。」
宮廷の外ではじわりじわりと人が集まり始めている。
昨日降った雪は宮廷の正門前の庭園に白く薄いレースをかけた様に積もり、街の人々の吐く息も白く染まっていた。
正門前は私軍も衛兵もいない。
恐らく宮廷内の警備をを固めるだけで精一杯なのだろう。
その正門前でイリスは深く帽子をかぶり、コートを羽織って宮廷を見つめていた。
少し前まで自分もあの中で日々働いていたのに、それがまるでまやかしだったかの様に遠い日々に感じる。
なんと歪な場所だったか、自ら先導していなくてもいずれこの国の王族制度は滅びていただろう。
早く鉄槌を下したい。
そして早くこんな事を終わらせたい。
カスパルを救いたい。
…シムに再び会いたい。
イリスは宮廷をただじっと強く見つめ考えていると横に灰色のマントを被った小風が並んだ。
昨日意地悪い事を言った小風のことをイリスはあまり許してはいなかったが、そんな事も言っていられない状況なので渋々と小風に一瞥をやる。
「今日は北の散策はいいのか。」
短いイリスの言葉に、小風は未だに昨日のことを若干根に持っているのだろう不機嫌さを察して少し笑いながら頷いた。
「あぁ、気になっていた知り合いは無事が確認出来た。
もういいんだ。」
「そうか…、よかったな。
今日の任務を忘れられてるかと思った。」
イリスはコートのポケットに手を入れながら返事をする。
そのポケットには両方火薬便が入っていた。
小風もまた同じ様に感慨深そうに宮廷を眺める。
「僕はこれから宮廷に潜入して、沢山殺して戦力を削って来る。
ほら、忘れてないだろう?」
「…。」
小風の酷過ぎる任務にイリスは黙る。
課せた本人のイリスが申し訳なさそうに言葉を詰まらせていた。
本当は先導者であるイリスがその役を背負わなければならないのだろうが、小風の圧倒的な戦力と覚悟に結局甘える形になってしまった。
沢山殺すと言う言葉をさも涼しげに言える筈がない。
恐らく小風なりの覚悟と諦めと様々な決意が含まれた静かな声だった。
やはりイリスの心には口惜しい気持ちでいっぱいだった。
しかし小風はそのイリスの気持ちさえも感づいているのか、不意にイリスの帽子の上に手を置き、頭をぽんぽんと撫でた。
「申し訳なく思わなくていい。
手を汚す役は、この国の人間じゃない僕が引き受けると決めていた。
これでいいんだ。」
小風のあやす様な優しい声色に、イリスは不覚にも安心しそうになり、慌ててその手を振り払った。
「分かったから…!
じゃあ、ちゃんとやって来いよ。
俺が隠した抜け穴は…」
「北側の塀だろう?何度も聞いたよ。
行ってくるよ。」
バツが悪そうにしているイリスを置いて、小風は薄く微笑み北側へと歩き始めた。
さあ行こう。
宮廷の者達を殺しに。
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