テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

5-33※(流血表現あり)

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首を締め上げられシムは視界が霞む。
死んでしまう。
意識が白い景色の彼方へ遠のいていく。



その霞む視界の中でもシムは必死に両手を動かす。
押さえつけられている地面を探り、手に引っかかったものを必死に掴んで国王へと打つけた。側にあったものは片手で持てるほどの小さな本だった。


「うっ!」

その本は偶然にも国王の頭に打つかり、油断を誘うには十分であった。

一瞬力が緩んだ隙を見計らって必死に身を捩って国王の両手から逃れシムは地面に転がった。

「げほっ!げほごほっ…っ!」


シムは酸素を慌てて体に入れるようにひゅーひゅーと音を鳴らして激しく咳をする。
死を覚悟するほどまでだったシムの視界は、まだチカチカと点滅している。


「貴様ぁ!!」

国王は憤怒で顔を赤くし側頭部に手を添えている。

血は出ていないようだが一矢報いられた国王は怒りで鬼の様な形相だ。


このまま再び捕まったら今度こそ殺されてしまう。

シムは国王との掴み合いのせいで肌けたシャツや乱れた髪、殴られて赤くなった頬、血の滲む口元も全てそのままに、ふらつきながらも立ち上がる。
そして図書館の出口まで力を振り絞って駆け出した。

「待て!!逃がすかぁ!!」


背後から国王の雷の如き怒号が聞こえるが、シムは足を止めず図書館を出る。

その足取りは酷く覚束なく、ふらりふらりと重心を失いそうに度々よろめく。

「っう…!」
シムは苦しげに胸を上下させる。

昨晩何度も続いた情事に、足腰はまだまだ本調子ではない。
加えて先ほどまでの国王からの暴行で疲労が重なり、身体が言うことを聞かない。

しかしこんな所で国王と対峙しても意味がない。
この宮廷もいつ攻撃されても不思議ではないのだから、この危険な場所から、国王という危険な存在から一刻も早く距離を取らなければならない。

(早くジェーン様を逃がさなければ…!)


最初から国王の側になどいさせなければよかった。
もっと早く自分が何かできたはず。
もっと何か手があったはず。

ジェーンを想う度に悔恨の海に溺れてしまいそうだった。

「逃がさんぞ…!!」


よろめきながら走るシムの速さが勝る筈もなく、国王は図書館前の廊下で再びシムの捕縛を叶えてしまう。

背後から抱きしめられるように羽交い絞めにされたシムは再び胸の圧迫感でくぐもった息を漏らした。

「うぅっ!はな、せ!」

国王はシムの乱れた髪を鷲掴み持ち上げた。
ぶちぶちと髪が切れる痛みにシムは顔を歪める。


その時、国王とシムの目の前で、何かが地面にガシャンと零れ落ち、激しく散らばる音がした。

そして、

「へ、陛下…!!
なにを…その者は…!
あぁ…!」

二人の目の前には、王妃の瑣末な私物をまとめた籠をひっくり返して、わなわなと震える青い顔の執事が立っていた。


執事は、陛下、と呼んだものの目線は国王に拘束されて苦しそうに呻くシムを見つめて、そして震えていた。

シムの顔を見て思い浮かぶ強烈な存在。
それはカスパルである。


カスパルがこの状況を目撃してしまえば、ここにいる者たちはシムを残して皆殺しになってしまう。
誇張なしに執事はそう思い、ガタガタと歯を鳴らして震えた。



「陛下、どうかおやめくださいっ…!
あぁ、どうしたら……!
私は悪くない、お許しを…!
お許しを、…カスパル様!」

恐怖に満ちた声でそう口から漏らし、異様な形相で踵を返すように凄まじい勢いで走り去ってしまった。



シムは髪を掴まれたまま執事の溢した言葉にハッと目を見開き動揺した。


その名前は国王の前で最も言ってほしくなかった名前。


シムのすぐ後ろでシムの髪を鷲掴みにしていた国王は少し肩を揺らした。

次第に愉快そうな低い笑い声が漏れ、肩の揺れが静かな笑いであったとすぐ知る。

「…おい、おいおいおい…。」

先程までの威勢はどこへ行ったのか、シムは踠くことを忘れ恐怖で身体を強張らせる。


「どうしてあの駄犬の名が出てくるのだ…?」

低く厭らしい声で一字一字確かめるように国王は言葉を放つ。
もう既に答えは出ていて、敢えて確認を取るような陰険な声色で。


国王の手がするりと肌蹴られたシムのシャツの中に侵入し、シムの白い肌に点々と残された愛撫の痕を手のひらで一つ一つなぞる。

そしてその手がシムの乳首を掠ると、それを強く抓った。


「うっ…!」



「この痕をつけた者は、カスパルなのだな…?
男に犯されて、喜ぶ類だったのか貴様は。
どこまでも低俗で…猥りがわしい…。
あの犬も、お前も…!」

まるで言葉で凌辱するように、シムに強く言い聞かせるように、シムとこの場にいないカスパルを蔑む。
その言葉の一つ一つにシムは嫌悪と恐怖でシムは震えた。


大切な者を愚弄される辛さ、この男から一度たりとも受け取りたくなどない。


「どのようにされて悦んだんだ…?
尻に挿れられて気持ちよかったのか?
男同士はそう交わるのだろう?汚らわしい、獣のように。
女の穴とどう違うか…私が比べてやろう。」


下卑た笑いを交えながらシムの耳元で愉快そうに言葉で辱める。

国王のその姿は既に乱心だったが、シムもまたその言葉に何かがぷつんと切れたように目を見開いた。

「もう、これ以上…口を開くなッ…!」

シムは渾身の力で腕を振り上げ、国王の体に肘をめり込ませた。

国王は呻いて一歩下がるとシムは国王から離れ、ふらりと地面から何かを掴み国王にそれを向けた。


それは先ほど執事のトーマスが廊下にぶち撒けてしまった、エリザベス王妃の私物である豪奢な彫金の簪であった。


シムは両手で簪を握り締め切先を国王に向ける。
ふーふーと息を吐き出しながらシムの瞳は怒りで歪む。

「もう……これ以上カスパルさんを悪く言うのをやめてください、あなたが…愚弄していい人なんかじゃない…!」

シムの目は据わっている。
しかし国王は面白そうに声をあげて笑うだけだった。


「何を言い出したしたかと思えば!
そんな女の飾りで何が出来る?!
下等な分際で、そんなものを振り回して一体何になるんだ!」


面白そうに声を上げながら、シムを嘲笑うように手を広げながらシム近寄っていく。

シムは昨晩カスパルに触れられた感触を国王に上書きされたような気色悪さで吐き気さえ催していた。


もうこれ以上近寄らないでほしい、
誰もこの男から傷つけられてほしくない、
この男を止めなければならない。


「近寄るな…!!」

シムの怒号のような叫びも国王にとっては怯むに値しない。

国王はいやな笑みを浮かべながらシムのはだけたシャツへと再び両手を伸ばす。

シャツを掴まれた瞬間、昨晩荒々しくシムの服を剥いだカスパルの大きく熱い手とリンクし、シムの視界が、頭が真っ白になった。
硬直したシムの身体を抱き寄せると、怒りと欲望で息を荒くした国王は無遠慮にシャツを剥いでいく。


「そうだ、大人しく犯されればいい。
お前の身体はそう使うに相応しい、塵なのだからな…!」

国王はシムを見下ろしながら乱暴にその素肌を弄っていく。
その手が下半身に及んだ時、シムはカスパルの言葉を鮮明に思い出した。


シム、愛している。
心から愛している。


俺もカスパルさんを心から愛している。
カスパルさんが愛をくれたこの身体を、誰にも侵害されたくない。
見窄らしい身体だが、カスパルさんが愛してくれたこの身体は塵などではない…!


気づくと、シムは持っていた簪を目の前の国王に振りかざしていた。


肉を抉る生々しい感触が簪を通ってシムの指にビリビリ伝わる。
そして酷く温かいものがシムの顔にびしゃりとかかり、視界は真っ白から真っ赤へと変化した。


シムの目の前には驚愕した表情の国王が、信じられない目でシムを見下ろしている。

その首には刺さった簪と共に血が溢れ出ていた。


「あぁあ…!
ぎゃああああぁぁあ!!首が!私の首が!!」


途端に国王は何歩も後退り汗とも涙とも言えないものを顔からぶわっと滲み出し呻き叫んだ。

「誰か!誰か!!
こいつを捕らえろ!殺せ!!誰かぁ…!!」



理性を失った声で、転げながら廊下を逃げていく国王をシムは呆然と見つめた。


足を震わせていたシムは呆然とその場でへたりこんだ。

手と顔、自身のシャツは国王の鮮血で真っ赤に染まっている。


「は…は、っ…は…」


シムは浅い息を不規則に繰り返しながら自分の手を見下ろす。
その手もまた真っ赤に染まっていたが、冷たくがたがたと震えていた。

 
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