テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

5-34※(血表現あり)

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「まさに準備不足…。
兵力不足というところかな」

忙しなく行き交う私軍たちを、建物の物陰から小風は観察している。

彼らは今更配備したところでなんの役にも立ちそうにない盾や防具を忙しなく運んでいた。
恐らく上の指示のままに動いているだけだ。


セスが小風に教えた宮廷の入り方である、北側の城壁の隙間から本当にすんなりと入れてしまった小風は、宮廷の中心部に到達するまで誰にも怪しまれることがなかった。

もっとも、途中で捕まえた私軍の男を気絶させ、白い軍服を拝借したおかげも大きかった。



少し裾の足りていない白い軍服に身を包んだ小風は何かを探すように視線を漂わせる。

(シムは部屋か?
いや教会の方か…?)


小風は宮廷内に残した大切な者の安否を気にしていた。

先程のセスとの打合せで、小風がまず宮廷に侵入し戦力である私軍たちを削いで”間引き”し、最低限の衝突で完封させられるように動く手筈になっている。
しかしやはりシムの安否を確かめてから動きたいということろが小風の本音だった。


シムやカスパルを残して一人王都で反政府組織に力を貸すことになった現在に関しては致し方ない結果だが、それでも小風にとって数少ない、唯一と言っていい友人を失うことは耐え難かった。

早いところシムを見つけ出し、どこかに閉じ込めてでも匿ってから、戦力の”間引き”を行おうと思っていた。


小風は足早に隠密行動をとりながら教会へと急ぐ。

最早懐かしい渡り廊下を渡って教会へ到着すると、人の気配は一切なくそのまま放置された教会が厳格な雰囲気で鎮座していた。

その周りを取り囲む庭は、シムの作り上げた庭がそのまま美しい姿で広がっている。
その圧巻な景色に小風は小さく息を漏らした。


恐らくもう殆どの手入れは施されていないのだろう、いや必要ではないのだろう。
きちんとその庭の中で薬草や虫に強い草木が共存し成り立っている、それはそれは大変美しい庭だった。


「シム、君はこの景色を作るなんて…
やっぱり君はすごいな。」


シムという人間が滲み出たように穏やかで静か。
そして逞しい庭に小風は感動で心を震わせた。

と同時にこの宮廷が攻め入れられる近い未来を憂う。
この教会にまで危害が及ばないでほしい。
この庭が荒らされないようになんとか…

小風はそう願うように教会へと向かい、大きな扉に手を掛けた。

軋む音を立てて扉は開くも、その中はシムはおろか女神像も取り払われた殺風景な空間だけが広がっている。

外側だけ教会の体を成している、ハリボテのような建物に成り果ててしまっていた。

シムはここにいないとなると、他に検討がつく場所といえば後はもうシムの自室くらいしか思い浮かばない。
しかしこの時間に自室にいたことは今までに一度もない。


「庭にいない…ということは一体どこに…。」

そう悩み呟いた瞬間、シムとともに護衛軍の司令塔へ許可を取った懐かしいあの日を思い出した。

(……そうだ、図書館…)



いやしかし、こんな忙しい状況の中でシムははたしてそこに赴くだろうか。

図書館は宮廷の中でも今の小風がふらふらと歩き回るには少々リスクのある場所でもある。
そもそももしかしたらシムはもうこの宮廷を去って避難している可能性だってある。


しかしシムはカスパルを置いて一人で逃げ出すようなことはしないのではないかと、小風には確かな勘のようなものがあった。


どうせ教会にはいなかった。
自分で考え得る可能性のある場所は図書館のみだ。

考えても埒は開かない。
小風はすぐに教会を背に元の道を足早に戻った。


図書館へつながる幾つもの廊下は既に荒んでいる。

幾人もがガサツに通った足跡に、何かの防具、武器、それらが立てかけてあった。

対爆弾用なのか、布が窓に貼られている場所もある。
全てが未完成で、凡そ戦力守備力の足しにもならない出来である。
宮廷に護衛軍という者たちが消えた後どうなってしまったのかがまざまざと見てとれた。

酷い有り様だ。
これが国を統治する場所だとは思えない。


眉を顰めながら足早に廊下を進んでいると、不意に妙な感触が足に伝わった。

ぬるり、と自分の足が滑る。


「…?」

足元を見ると床に転々と滴るものを自分が踏んでいることに気づいた。


(…血だ…)

小風は立ち止まり目を見開くと、険しい表情に変わり臨戦態勢を取る。

腰の剣鞘に右手を添え、いつでも動けるように腰をかがめた。


どうやらこの血痕は廊下の曲がり角から来ており、そして先程小風が通り過ぎた階段を登っている痕跡がある。
即ち血を流した者、もしくは流させた者が向こうの階段かこれから通る曲がり角の先にいる可能性が高い。


壁を背にし剣を静かに出して構える。
そして曲がり角をゆっくり曲がった瞬間、

小風は構えていた剣を落とし駆け出していた。




「シムっ…!」


目の前には血に濡れ、座り込むシム。

その茫然自失な表情に小風は衝動で駆け出し、シムをその自身の胸の中へ閉じ込めるように強く抱きしめた。

「シム…一体なぜ…!
何があったんだ…!」

シムの様相に小風は胸が痛んで仕方がない。

こんな壮絶な景色を一度だってシムに見てほしくないのに、と顔を歪める。

シムの焦点は合わず、息を繰り返すだけであった。
その身体は小刻みに震えている。


白い軍服に血がつくことも厭わず小風はシムを安心させるように腕に閉じ込めたあと、その血がシムからの出血なのかシムの身体に触れながら確認していく。

「これは君の血か…!?
どこか怪我をしたのか…!」

シムの顔を手のひらで包みこみ、小風は目を合わせるように覗き込むがシムは未だ自分と目を合わせることが出来ない。


「はっ…は…、…は」

「シム!僕を見ろ!見てくれ…!
小風だ、君の…、友達の小風だよ。」


切羽詰まった声で小風はシムに額をつけ声を荒げた。


その至近距離の辛そうな表情の小風に、シムは徐々に焦点を合わせる。


「ふぅっ…うっ…小風っ…!」


シムは小風の顔に目を見開いて、大粒の涙を幾つもぽろぽろと落とした。
くしゃりと歪み涙を流すシムに小風も堪らなくなり顔を歪め再びシムをその腕に再び抱く。

「泣かないでくれ…、そうだよ僕だ。
シムすまない…、心配させてしまったね…。」


小風の謝罪に返答はないものの小風の腕の中で嗚咽を漏らししゃくりあげなら、シムは小風の生存を確かめるように背中に手を伸ばした。
(あぁ…シム、やはり僕は、君のことがとても…)

小風は胸が苦しく熱を持つ。

分かっている、自分の気持ちは叶わない。
それでもどうしてこんなにも、大切なのだろう。

一夜でいい。
一時でもいいからこの男から自分だけに向けられた愛が欲しい。

それでもう充分だから。



しかし時間は待ってくれず、遠くの廊下の方で私軍が行き来する足音が聞こえる。

この場の血溜まりと血に濡れたシムを私軍に見られる訳にはいかない。
小風はシムから離れ、若干焦った手つきで再び顔を両手で包み、言い聞かせるように覗き込んだ。


「いいかシム、こっちを見てくれ。
今は時間がない。
もっと君に話したいことがあるが…。
この血は君のものか?」


足早に問いかけた言葉にシムは引き攣り、ぎこちなく首を振った。


「はぁ…良かった。
じゃあ君に、怪我はないんだね?」


安堵したように息を吐く小風にシムは引き攣った表情のまま、再びその問いにも首を振った。
しかしシムは小風の安堵とは対照的な重い声色で吐露した。


「ひ、人をさ、刺してしまった…。
この手で、」

シムの懺悔は悲痛なもので、まだその動揺と恐怖が体を蝕んでいるようだ。
しかし小風はシムを落ち着かせるようにゆっくり首を振る。


「僕は大事なものを守る時、君と同じように人を刺すことだってあった。何度も。
そうしないと守れないからだ。
シムもそうだった。
そうなってしまっただけだ。だろう?」

小風の言葉にシムは目を見開く。


「僕は君に怪我がなかったことに何より安心したよ…。
ここはもう危険なんだ、本当に。
僕はここでやる事がまだある、君も一旦この宮廷から逃げるんだ。
また落ち合えたら…。
その時はゆっくり話をしようね。」


そう言って小風は立ち上がった。

その表情はシムを落ち着かせるために微笑んでいるものの、もう二度と落ち合えないのではないかと不安にさせる寂しい微笑みでもあった。

シムは小風の微笑みを見上げ、震える唇をぎりっと噛みしめ自分を鼓舞した。


こんな場所で怯えている場合ではない。
それをシムは小風に思い出してもらった。

「じゃあ、またね。」


そう言って床に落とした愛剣を拾い上げ去ろうとする小風の袖をシムは掴んだ。

不思議そうに、心配そうに振り向くと、そこには慈悲深い眼差しで小風を見上げるシムがいた。

「小風、生きていてくれて本当に…、本当によかった。
どうか…無事で、必ず生きて会おうね」


シムの眼差しは母のようであり大地のようであり、晴れの日に靡く小麦のようである。


穏やかであたたかな眼差し、小風はそれが特に好きだった。
その目に写った小風は目を細め、シムを見つめ返す。
小風もまた、シムの前では恋をする青年の顔に違いなかった。



「…あぁ、ありがとう。」










 
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