テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

5-35※(流血表現あり)

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宮廷の地下。

不審者や罪人、嫌疑をかけられた者が一時捕らえられる暗い石牢。
そこへ続く下り階段に"エリザベスの餌やり"を仰せつかっていたカスパルの姿は、その時間になっても見当たらなかった。

カスパルはそことは全く違う場所、否国王の執務室から足を動かしていなかった。


部屋の大きな窓に備え付けられた窓の端、通常はカーテンが収納される箇所に、カスパルは徐に腕を差し込む。

その窓端からカスパルの愛剣が陽の光できらりと光りながら出てきた。
カスパルの愛剣は他の者よりも大きく無骨である。
だが丹念に手入れが施された剣先は鳥肌が立つほど鋭利であった。



カスパルは今日この日のために、数日前からこの場所に剣を隠し入れていた。
その秘めた大義は、部下に宛てた手紙にも記している。

"ーー私の手で終わらせようと思う。"


カスパルは今日この日、この手で国王と王妃の首を落とす決意をしていた。







愛剣を袖で軽く拭き、自分の腰ベルトに仕舞うと、静かな足取りで執務室を出た。

そのカスパルの瞳に光はなく、暗い海のようであり、夜を彷徨う死神のようでもあった。

今のカスパルにはシムただ一人の命が無事であれば悪魔との交渉も厭わない程仄暗い命を燃やしている。


廊下を出ると、数日前から慌ただしく急拵えをしている応戦の準備で雑然としている。
しかし執務室へ続く廊下だけは無闇に歩く私軍の者はいなかった。

カスパルはその一本道を静かに歩みを進めていく。




その時、突然通り過ぎた廊下の背後から猛烈な人の気配を感じた。


カスパルは神経を研ぎ澄ませ一歩一歩進んでいたその廊下には、たった先程まで人の気配など全くなかった。
このような芸当が出来る者をカスパルは一人しか知らない。


足を止め、振り返らずにカスパルは口を開いた。




「小風、やはり生きていると思っていた。」



低い声でそう告げると、カスパルが感じた人の気配がした背後から、まるで影から生まれてきたように静かに小風が一歩踏みだす。


「カスパル、君を探していたよ。
…すまない。
会いにも行けず、こんな再会になってしまった。」


「…そうだな。こんな形の再会は正直避けたかった。」


そう言ってカスパルは振り向いた。


懐かしげに目を細めて小風を見る。
小風も懐かしそうに大切な友の顔を見つめた。


しかしカスパルの腰の大きな剣を見ながら、自身の剣を抜いて構えた。


「責任感の強い君がしそうなことは大体想像がつくよ。
…僕は君を止める。
その汚れ仕事は僕がするべきことだからだ。」


小風が剣を構える姿を見つめ、カスパルも剣を抜き静かに剣先を小風に向ける。


「いや、俺の仕事だ。
この流れを止められなかったのは俺の責任だ。
そこをどけ、小風。」

「君はもう充分この国に尽力しただろう。
そんな責任まで追う必要はない…!」



そう言って小風はカスパルに剣を振りかざす。
強い金属のぶつかり合う音が廊下に響く。


重い一撃はカスパルの剣で簡単に受け止められた。
剣と剣でぎりぎりと音を立てて攻防する。

小風は剣ごと弾き飛ばされ、後ろに後退りながらも体制を整える。


小風はカスパルよりも若干長身ではあるものの、カスパルの体格には到底及ばない。
そのカスパルの大きく引き締まった身体から放たれる覇気と剣技は並の威力ではなかった。


「無駄だ小風、俺は強い。
頼むからその剣を仕舞え。
…お前とこんなことはしたくない。」


カスパルもまた構えながら小風に乞う。


その表情は苦しそうでもあるが、しかし一度決めた決意は一切揺らいでいない、全く揺れていない強い眼差しだった。

小風はそのカスパルの言葉にゆっくり首を振った。
小風もまた苦しそうに眉を顰める。

「いや、止める。
君が国王を殺すくらいなら僕が国王を殺す。
帰る国もなく、後ろ盾もないこの僕が引き受けた方が丸く収まるだろう。
君には帰る国も、大切な者もいることをもっと大切にしてほしい。」


その時カスパルの剣先が小風の頬を通りすぎる。

風を受け、小風はぎりぎりでかわした。

二人の視線が交わる。
カスパルの目は怒りの色に染まっていた。

「…本気で言っているのか。」

ちりちりとした怒りの目をしっかりと受け止め、小風も真剣な眼差しを返した。


「ああ、本気だ。」


小風の答えを聞いてカスパルは鋭い眼差しでそのまま剣を動かすも、小風もその剣を避けるように低く身を屈ませカスパルの懐に剣を飛ばした。

カスパルはその剣をかわし、小風の剣を持つ右手目掛けて拳を振るう。小風はその手から逃れるように剣を左に持ち替えその拳に蹴りを入れた。

「これ以上邪魔をするなら俺は本気でお前を斬るぞ!小風!」


「いや、僕が君を斬ってでも止める。
友である君が、これ以上辛い思いをしないように…!」


カスパルは声を荒げて牽制をするも小風は剣を振り翳して素早くカスパルに斬りかかる。

カスパルも感を振り翳し小風に斬りかかった。



その一瞬はまるで時が数秒止まったようで、ドクンドクンとどちらからか分からない心臓の音が木霊するようだった。



カスパルと小風は剣を振り下ろす。

そして、


「ぐぅっ……くそ…!」




カスパルの背後で、呻きながら小風は前のめりで床に倒れ込んだ。

小風の右肩から血がどくどくと溢れ、右腕はだらんと動きを失う。
カスパルは振り返り、だらんとした腕からこぼれ落ちた小風の剣を遠くの方に蹴り飛ばし、小風を仰向けにさせた。


「利き腕の筋を斬った。
完治まで剣は使えない。」


そう言いながら自身の着ていた黒紫の軍服を脱ぎ、袖部分を引きちぎって小風の肩を強く硬く縛る。
簡易的な止血と固定を応急処置していった。

「…っ…」

小風は痛みで玉の汗をかき呻くも、逃さんとばかりにぎりぎりとカスパルの腕を左手で強く掴んだ。


カスパルはその手を握りしめ、それ以上の強さで自分の腕から剥がした。


「…小風、お前を大切に思う者も沢山いる。
俺もシムもオーデッツ卿も…皆お前を心配していた。
俺の前で、丸く収まるなんてそんなこと、頼むから言わないでくれ…。」


そう言いながら小風の左手を押さえた。
小風は観念したように呻きながら、切ない目をして息を吐いた。



「君が…っ王族殺しの汚名を被ったら、君は近隣諸国の裁判を受けるぞ。
そうなったら、…シムはどうするんだ…!
シムと君は一緒にはいれなくなるかもしれない。
っ大事なんだろう…あの子が…!」


小風はそう訴えながら自分の心も共にずきりと痛む。

シムがどれほど悲しむか想像も容易い。
そしてそのシムを完全に癒してあげることが出来るのは自分ではないことも理解している小風の心は辛かった。


カスパルはその言葉に、何度か瞬きをする。

そして穏やかに、深い愛を想うように目を伏せた。


カスパルのその目に、この男の見たことないほどの慈しみに、小風は目を見開いた。


「…………あぁ、大事だ。何よりも。
シムが安全に暮らせるような世界にする。
そのために俺が出来得る限りのことは全てすると決めたんだ。」


ああ、この男は本気だ。


小風は固唾を飲んだ。

カスパルは本気で、シムの今後の安全のために地獄の業火に魂を投げる覚悟でいるのだ。

最初から、自分自身の降り積もった責務のせいで、シムと穏やかに暮らすという選択肢を諦めている。


「駄目だ、駄目だカスパル…!
君がいなくなったらシムはどれだけ悲しむか、
…国王も王妃も、僕や君が殺さなくとも国民の前でどうせ首を斬られる。

そうだ、それを待つという手も…!」

「それが終わるまで国王と王妃は長らく晒し者にされて、長らく国民の飢えも混乱も続く。
俺が被るはずの罪は国民が被ることにもなる。
…早く終わらせたいんだ、こんなことは。」


カスパルは静かに告げると、自分の剣と小風の剣を拾い、腰に仕舞って立ち上がる。

小風も慌てて顔を歪めながら、左手を使い立ち上がろうとした。


しかしカスパルはそのことも予想したように右手を軽く握りしめ、やっと立ち上がってきた小風の鳩尾に拳をめり込ませた。


「ぐっ…っ…」


小風は息が出来ないと言わんばかりに口を開閉し苦しげに目を細めると、がくりと足から倒れ込んで意識を手放した。

小風の身体を支えるようにカスパルは腕を回し、気絶したその身を受け止めてからゆっくり廊下の壁にもたれさせてやった。



目を閉じた小風の耳元で、もう聞こえていないと承知でそっと語りかけた。

その声色は先程の恐ろしさはかけらもなく、まるで普段の何でもない会話をしているように穏やかで、大切な友に語りかける柔らかい声だった。




「止めに来てくれてありがとうな。
後を頼む。」






 
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