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嵐の後に
6-4
しおりを挟む「おい!もう寝室の物は運び出したか?」
「ああ、大体はな。
宝石が棚から床下から、ざくざくと出てきたぞ。
いくらになるか楽しみだなぁ。」
今やレグランド国国王が討ち取られた宮廷は門も塀も打ち砕かれ、反政府の者達が占拠していた。
宮廷内に蓄えられていたこれでもかという程の財宝と食料は、みるみる運び出され銭や食べ物に変えられ、国民の飢えと冷えを潤していったのだった。
宮廷に残存していた貴族は、あの暴動の時点でもう殆ど疎開し逃げ仰せており、国王を病的に崇拝していた保守派の一部と、義息子の捜索を頼み続けていたオーデッツ卿のみだった。
オーデッツ卿は元々協力者として暗躍していたことや、ルージッド側からの口添えもあり、引き続き協力すること・貴族の爵位剥奪・屋敷と財産を手放すこと、この3点を条件にある程度の自由を与えられていた。
その他の貴族に至っては反乱を企てる恐れがあるという口実で宮廷地下の牢屋で捕縛されたのだった。
「はあ…。」
オーデッツ卿は一室の机の上で頭を抱えていた。
屋敷も宮廷も居られなくなった今、オーデッツは仮の住まいとして憲兵隊の寮だった場所に収容されている。
ある程度の自由は与えられているとは言え、元々宮廷に残っていた貴族のため反政府組織監視の上、一日の殆どをこの部屋で過ごしている。
オーデッツはこの数日、出来得る限りの方法でシムという人物の行方を探しているが情報が全く集まっていなかった。
護衛軍だった者達が市民の手助けをしているという噂の教会にも、祈りに行くという体を取り行ってみたがシムと親しい者はいないようだった。
宮廷で従者をしていた者にも話を聞けたが、暴動の少し前に忽然と姿を消したと言う者も居れば、暴動前夜に見かけたと言う者も居た。
しかしその誰もが今の居場所は知らないと言った。
オーデッツにはカスパルとシムをルージッドに連れて行く任務がある。
そして色々なことが片付いたら自分自身もルージッド国で暮らそうと思っていた。
出来れば、義息子の小風も連れて。
しかし小風はまだ渦中の中にいる。
自分と同じように。
暴動の夜、肩を負傷していたものの生きて再会出来たことは唯一の救いだった。
血は繋がっていなくとも、オーデッツにとっては大切な一人息子に違いなかった。
その時、窓をコンコンと叩く音がした。
オーデッツは訝しげに窓に目をやると、大きな鷹が闇夜に紛れて窓の外に佇んでいた。
「あの鷹は…!」
その鷹はルージッド国からの連絡手段として稀に使われる鷹だった。
オーデッツは急いで窓を開け、鷹の足元に括り付けられた紙を広げて読む。
「……そうか、シムは…。」
読み終わった後一度目を瞑り、その紙を暖炉に放り投げた。
「ありがとう、もう帰っていいよ。」
そう告げると鷹は徐に大きな羽を広げて、再び空へと飛び立つ。
オーデッツは急いでマントを片手に扉に手をかける。
「おいおい、どこに行く気だ?」
廊下の先で見張りをしていた反政府の男が立ちはだかる。
「ルージッド国王の使いで急遽行きたい場所があるのだ。
決して君たちに害することではないと誓う。
…すまないが馬車を一台用意してくれないだろうか?」
「…馬車だと?
ふざけるな、なんでお前を俺たちがわざわざ馬車で運んでやらないといけないんだ。
適当に馬小屋の馬でも一頭乗っていけ。」
オーデッツは自分がもう貴族の身分ではないことをすっかり失念し、少々気まずげに「そうだったな、申し訳ない。」と咳払いをした。
見張りの男は一歩詰め寄り強く睨む。
「…少しでも俺たち国民に害のあることだったら、ルージッド共々容赦しねえからな…」
「…ああ、誓おう。
私もレグランドの国民として、決して君たちを裏切らない。」
オーデッツは真っ直ぐ目を見つめて誓う。
男は「ふん。」と鼻を鳴らしてオーデッツを馬小屋へ通した。
「おい、いいのか?
一人で行かせたらあいつ逃げるぞ?」
話をどこからか聞いていた仲間の男が怪訝そうに顔を出す。
しかし見張りの男はオーデッツの背中を見つめながら、なぜだか嬉しそうな顔をしている。
「……宮廷で働いてた看護婦の女が言っていたんだよな。
国王の子供を孕った娘を、部屋の一室に閉じ込めていたってな。
護衛軍の元隊長さんが討ち取ったのは国王と王妃の首だけで、妊婦や赤子の死体は宮廷からは見つかっていない。
……もしかしたらあいつは、その消えた妊婦の居場所を見つけたのかもしれないぜ。」
仲間の男は目を見開く。
「…王族の血を引く最後の子供だと…?
あいつ、さっきルージッドの使いだって言っていたよな。
ルージッドが…その子供を保護するために向かわせたとしたら…。」
「その餓鬼が大人になった時…、ルージッドが保証人になって王族政権復活だってあり得ない話じゃない。」
二人は見合う。
「あの貴族に張り付いて、先に餓鬼を仕留めておかないと…レグランドは再び終わることになる。」
見張りの男はついに尻尾を見せたかと言わんばかりににやりと笑う。
しかし仲間の男は血相を変えて走り出した。
「…い、今すぐ張り付ける奴呼んでくる…!」
「は~。やっとベッドで寝られるわ。」
「もう野宿は懲り懲りよねぇ。」
シム達一行は野宿を重ね、漸く近くの村で宿を取ることができた。
夕飯を取るために赴いた村の酒場では、女達はわざとらしくため息を吐きながら葡萄酒を飲む。
そのテーブルには豪華ではないが簡単な干し魚とパン、そして野菜のミルクスープなどが並ぶ。
野宿の夜は薄い芋のスープが続いていたので、今のみんなにとってはご馳走だった。
夕飯を囲む席にシムと赤子はいない。
赤子にとって夜の酒場の喧騒は負荷も高いと、眠るジェーンとシムと一緒に宿で留守番となった。
そもそも赤子を人に見られてはまずいと細心の注意を払ったシムの提案でもあった。
「…シムの坊や、かわいそうだわ。
今はもう諦めたみたいだけど、あんなに王都に戻りたがって。
きっと家族か恋人か置いてきちゃったんだわ。」
ぽつりと話す娼婦の女に店主ユーゴは軽く笑いながら葡萄酒を仰ぐ。
「女の勘か?すごい能力だな。」
そう戯けるも、ユーゴもなんとなく察していた。
察してはいたが本人が口に出さない以上問い詰めることもしていない。
「身体だけなら私たちで慰めてあげられるけど、きっとそういうことではないだろうしね。」
「せめて何年か先…落ち着いた頃に再会できることを祈ってあげることしか出来ないわ。」
切なそうに話が続く食卓で、徐に卸の男が立ち上がった。
「さてと…俺はそろそろテューリンゲンに出発する。」
そう言うと、壁に掛けていたマントを羽織りパンをいくつか片手に持つ。
「荷物を取りがてらシムに夕飯も届ける。」
「ああ、ありがとう。
気をつけていってらっしゃい。」
ユーゴも立ち上がり卸の男の背中を叩いた。
卸の男は「ああ。早めに戻る。」と言って酒場を後にした。
宿では、男達と眠るジェーン、そして娼婦の女たちと部屋が分かれていた。
部屋の扉を開けるとベッドにジェーンが寝かされており、シムはゆらゆらと動く椅子に腰掛けて暖かそうな布に包まった赤子を抱き抱えていた。
愛しそうに見つめるシムの横顔がランプに照らされていて美しいと卸の男は少しの間見つめた。
「夕飯、持ってきたぞ。」
卸の男がそう言うと、シムは少し驚いたように顔を上げる。
男が部屋に入ってきたことに気が付かなかったようだった。
シムは少しばかり動揺しながら上擦った声で「…あ、ありがとうございます」と返した。
シムは卸の男とちゃんと言葉を交わすのは、宮廷から逃げた時以来だった。
その時、卸の男はシムがかつて遭遇し金品を奪った盗賊だったと言われたのだった。
あれ以来特別話す接点もなく、シムもまだ心の整理が出来ずにいた。
テューリンゲンから宮廷へ向かうあの森の中、右も左も分からなかったシムにとって盗賊の遭遇は本当に恐ろしいものだった。
容赦なく降りかかった暴力、拘束。小風がいなかったら死んでいたかもしれない。
しかし…
-お前を死なせない意思ってのは、
ユーゴよりも強いかもしれないぜ、俺は。-
宮廷から逃げた夜、卸の男はそう言っていた。
ずっと謝りたかった、とも言っていた。
「…今から出発されるんですか?」
「ん?ああ。偵察にな。」
シムは、自分とジェーンのためにテューリンゲンへ向かわせてしまっていることをずっと申し訳なく思っていた。
俯きながら卸の男に謝る。
「俺たちのことで、色々とさせてしまって…本当にすみません。
どうか気をつけてください…。」
卸の男は申し訳なさそうに項垂れるシムの頭を雑に撫でる。
「盗賊経験もある俺だぞ?
簡単に誰かにやられたりはしない。」
シムは盗賊という単語にドキリとし、顔を上げる。
目の前には優しげに目を細めた卸の男がシムを見下ろしていた。
「行ってくる。」
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