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嵐の後に
6-5
しおりを挟む夜明け前、卸の男を乗せた馬は漸くテューリンゲンの村に到着しようとしていた。
北の大地だけありこの時間帯はとても寒く、道の雪も馬の足を阻んだ。
卸の男の白息は白く、鼻先も霜焼けで赤くなりかけている。
「寒くて敵わないな…。」
テューリンゲンは北の地方らしく建物はあまりなかった。
その建物はどれも低く質素で、点在している以外の土地は大半が畑なのだろうことが伺えた。
しかし幸いにも自分以外に外部から来た者はいないようだった。
怪しい動きも気配もないため、ジェーンとその子供のことはまだバレていないことにひとまず安堵する。
しかし…
(こんな田舎じゃあ、俺たち集団が馬車で来たら目立つだろうな…)
そもそも村に宿がない。
かと言って村のどこかで野営するのも目立ちすぎる。
地方の田舎であれどある程度の賑わいがあれば娼婦として稼ぎ口もあるものの、この村では日銭を稼ぐのも難しそうだと察する。
どうにかならないものか…。
「おい、こんな時間にここで何をしてるんだ?」
馬に乗りながら思案していた時、背後から声がかかった。
卸の男は緊張が走るも、固い表情ですぐに振り向く。
するとそこには帽子やコートを羽織り着込んだ青年が、両手に藁を抱えて佇んでいた。
「こんな時間じゃあ冷えるだろう、この村は。
誰かを訪ねてきたのか?案内しようか。」
青年は不思議そうに尋ねる。その声色は警戒心はなく、卸の男も徐々に緊張を解いた。
「…ああ、いや。」
卸の男は頭を掻きながら馬を降りた。
どこまでこの青年に話していいものか判断を迷うが、半分事実を話すことに決める。
「王都で暴動があったことは知ってるか?俺はそこから色々あって逃げてきたんだ。」
そう言うと青年は気の毒そうに声を漏らした。
「ああ、王族が倒されたってこっちでも聞いているよ。
…こんな遠くの村まで、さぞ大変だっただろう。
ここは寒さも厳しいし、その馬も疲れてそうだから少し牧草でも食べさせていくといい。
こっちだ。」
青年はとても慣れた手つきで卸の男が乗ってきた馬の手綱を握って誘導した。
卸の男は慌てて追いかける。
「ちょっと待ってくれ、まだ仲間が前の村にいるんだ…!
そいつらを呼んでこないといけないから休んでる時間はない。」
「ああ、俺が働いてる場所はすぐそこなんだ。
そんなに時間はかからない、それより馬が可哀想だ。
こんな状態でまた戻らせるなんて出来るかよ。」
青年は人が良さそうな笑みを浮かべて馬とともに先導した。
卸の男は戸惑いつつその後を追うことにした。
青年に導かれた場所はこの村唯一の屋敷で、王都に並ぶ屋敷に比べたらだいぶ小ぶりではあるののしっかりとした作りの歴史が感じられるものだった。
「俺はこのテューリンゲン家のお屋敷で馬番をしてるんだ。
今日はますます冷えるから備蓄庫から藁を取りに行っていた。
アベルだ、よろしく。」
卸の男はああ、と合点がいったように頷いた。
「だから馬に詳しかったのか。
俺は王都で卸業をしていた…が、今は難民だな。
ゲルドだ、よろしく。」
馬番の青年、アベルは馬に水と牧草を与えた。
馬はムシャムシャと美味しそうに頬張り出す。アベルはよしよし、と声を掛けながらブラシで毛についた雪や霜を払い落とした。
「少し聞きたいんだが、この村に宿はないよな?
俺たちはざっと10人程で逃げてきているんだ。
その中には…病人と赤子もいてベッドで休ませられたらありがたいんだが。」
アベルは残念そうに眉を寄せる。
「この村には宿はないんだ。なんせ立ち寄る人が少ないからな。
でもそれくらいの人数だったら教会が匿ってくれると思うよ。
もっと先の村外れにあって、この屋敷で働いていた奴もそこで育ってるんだ。」
「教会か…確かに、そうだな。
仲間を呼んだらそこに身を寄せることしよう。
ありがとう。
…もう一つ聞いてもいいか?」
「なんだい?」
「俺以外に外部から来た奴らを見かけたことあるか?
何か探しているような素振りを見せる奴は…」
アベルは少し考えた後、首を振った。
「いいや?見てないな。
こんな遠くまで避難してくるのは、あんた達だけなんじゃないかな。」
卸の男、ゲルドは安心したようにため息を吐いた。
「そうか、ありがとう。
これで安心して仲間を連れて来れそうだ。」
テューリンゲンの屋敷の一室。
夫妻の寝室は荒れに荒れており、箪笥は片っ端から開きっぱなしになって様々な衣類が散乱していた。
「こんなはずじゃなかったこんなはずじゃなかったこんなはずじゃなかった…!
こんなはずじゃなかったのに…!!」
テューリンゲン当主は髪も乱れたまま必死に財産になり得るものをかき集めて大きな革張りのケースに詰め込んでいた。
しかしその傍で披露しきった婦人がベッドに腰掛けて呆然としていた。
ジェーンが国王の子を懐妊したという報せは大分前に受け取っていた。
産まれる子が男であればテューリンゲン家は爵位を受け取り、王都に大きな屋敷を構えることになる。
そんな未来に先走って大層喜んでいた当主とは反対に、婦人はジェーンの14という早すぎる年齢での妊娠、そして妊娠させたのが他でもない国王という事実に宮廷で何が起こっているのか懐疑心が拭えないまま膨らんでいった。
ジェーンの容体などはそのあとぱたりと報せが途絶え、婦人が便りを出すも今日に至るまで一度も返事がくることはなかった。
当主は、きっと順調であるという何よりの証だろうと楽観していた。
だが、国王と王妃の首は討ち取られ、レグランド国の王族政権は崩壊した。
幸いにもテューリンゲン家は力もない地方の弱小貴族で、王都からも遠く離れているため火の粉は飛んできてはいないが、それも時間の問題であった。
宮廷の暴動は激しいものだったと遠い地方にも噂が来ている。
その状況で国王の子を孕っているジェーンが無事に生きているとは到底思えない。
もし奇跡的に生きていたとしても、その子供まで無事だったとしたらテューリンゲン家諸共処刑されてもおかしくない。
ならばジェーンは腹の子供と共に、暴動の夜に死んでくれていた方がテューリンゲン家としては大変都合がよかった。
しかし…
「…私はあの子を諦めません。
必ずあの子はここに帰ってくるはずです。私はここであの子を待ち続けます、絶対に…。」
婦人はベッドに座りながらぼそぼそと譫言のようにそう繰り返す。
その眼差しは酷い疲れが見えるが強く、母親としての狂気に近かった。
「生きていてたまるか…!あいつはもう死んだのだ。
死んでくれていないと我々が困るだろうが!
早く荷造りをしないか!
暫く身を隠さないと…」
テューリンゲン当主は焦った声でジャラジャラと装飾品を雑にケースに入れていく。
「…どこへ行ったって一緒ですよ。
むしろ今おめおめと逃げているところを村の人に見られでもしたらそれこそ命が危ない。
私たちは宮廷に関与などしていないのだから…堂々としていればいいのです…。」
婦人の言葉は当主に届いていない。
届くほどの声量も出ていない、低い声だった。
しかし尚婦人は、暗く低い表情のまま独り言を続ける。
その表情は奇妙に穏やかだった。
「…大丈夫よ、ジェーン。…全部何も心配いらない。
あなたが無事に帰ってこられたら、私が子供を殺してあげるから。
…そしたら辛いことはもうなくなるからね。」
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