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バルツァー侯爵という人物(2)
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「くそっ……なんということだ……一体どうなっていやがる……」
今も、アウグストは執務室で頭を抱えていた。まったく、何もかもうまくいかない。多額の結納金を出したにも拘わらず、やってきたのは存在すら知らなかった双子の妹ときたものだ。しかも、人脈もない上に、噂に聞いたような華やかな女性でもない。まったくの外れくじを掴まされただけではないか。
「いや、いい。ヒルシュ子爵は血統で言えばこの国では長い家門であるしな……それだけでも、良かったと思わなければ……」
トントン、とノックの音がする。返事をすれば「ディルクでございます」と執事の声が。
「失礼いたします。アメリア様の件で」
「なんだ」
「一応話をお伺いしましたが、アメリア様はダンスが出来ないそうです」
「まさかとは思っていたが……いい。以前も言っていたが、足をくじいたことにすれば良いだろう」
「かしこまりました。それから、給仕の者からの報告ですが、アメリア様はあまり食が太くないご様子で、スープとパンのみしか召し上がらないとのことです。こちらの食事が合わないのかと尋ねましたところ、もともと多くお食べにならないと言うお話で……」
「どうにか出来ないのか。大体、あの室内着はなんだ。胸元はスカスカだし、袖から出ている腕も細すぎる。体全体が細くて折れてしまいそうではないか。あれをお披露目に出しては、その辺の村娘を連れて来て代替えを立てたように見えてしまうだろう」
それにディルクは否定をしなかった。とはいえ
「ですが、艶やかな金髪に、美しい水色の瞳をなさっておられますよ。それに、あまり顔を上げてくださらないようですが、綺麗なお顔立ちです」
「そうか……?」
ディルクの言葉に眉をひそめるアウグスト。顔。顔を思い出そうとしても、あまり印象に残っていない。それどころか、思い出せない。俯いている姿しか彼の記憶にはなかった。目覚めた後にも話をしたが、怒りを抑えるのが精一杯で、一方的に話をしたせいか彼女をよく見ていなかった気がする。
彼はここ数日仕事を詰めていたため、あまり眠っていなかった。だから、少しばかり感情が苛立っており、過剰に反応をしてしまった。それを今反省してもどうしようもない。どちらにしたって、アメリアの存在は青天の霹靂だったし、彼が思い描いていたようなものではなかったのだから、完全な不良債権だ。
ヒルシュ子爵令嬢が2人いたならば、本来「どちらのことなのか」と尋ねれば良いのだ。それをしなかった。しなかったという時点で悪意がある。どちらでも良いわけがない。だが、その悪意のせいでアメリアを押し付けられた。そして、金は払わされた。自分の落ち度ではあるが、これに腹を立てないことはなかなか難しい。
「……ああ、駄目だ。悪い。ちょっとイライラしているな……ああ、そうだな。わたしが悪い。よくわからんが、アメリアも無理矢理嫁がされた、ということなんだろうな」
「そのようですね」
アウグストの頭が冷えた様子なのをディルクは「よかった」と思いつつ、顔にも口にもそれを出さない。
「どうせ元から政略結婚以下の婚礼だ。今更怒っても仕方がない。だが、腹が立つほど結納金を取られての、これだ。完全にヒルシュ子爵から馬鹿にされている。爵位としてうちの方がだいぶ上なのに、血統を盾にしているのか……どうせ、『俺』が愛妾の子供で成り上がりだという話も知っているんだろうし、そいつは仕方がない。そして、仕方がないから金を出したのに、これだ。やってられん……」
「坊っちゃま」
「坊っちゃまは止めてくれよ……とはいえ、俺が幼い頃からディルクとリーゼだけは、変わらずに接してくれていたな。それは感謝している」
そう言ってアウグストは椅子の背に体を預けた。ディルクは小さく微笑んで
「アメリア様と、ご一緒にお食事でもいかがですか」
と尋ねる。しかし、それへアウグストは首を横に振った。
「そんな暇はない。悪いが、お前とリーゼに任せた。それなりによくしてやってくれ。ちょっと執務をしたら、父上と妹に会って、それから町の視察に出なければいけない。今日も帰りは遅くなるし、当分それが続く。一週間ぐらいかな……頼んだぞ」
「……かしこまりました」
ディルクはそう言って頭を下げて出て行った。閉まった扉をしばらくアウグストは眺めていたが「ああ」と自分の髪をぐしゃぐしゃと指でかきあげ、ため息を一つ。
「言っておかなければいけなかったな……」
口をへの字に曲げて、アウグストは部屋から出た。ディルクがまだいれば声をかけたところだったが、既に彼の姿はない。彼は仕方ない、と溜息をひとつついて、アメリアの部屋に向かった。
今も、アウグストは執務室で頭を抱えていた。まったく、何もかもうまくいかない。多額の結納金を出したにも拘わらず、やってきたのは存在すら知らなかった双子の妹ときたものだ。しかも、人脈もない上に、噂に聞いたような華やかな女性でもない。まったくの外れくじを掴まされただけではないか。
「いや、いい。ヒルシュ子爵は血統で言えばこの国では長い家門であるしな……それだけでも、良かったと思わなければ……」
トントン、とノックの音がする。返事をすれば「ディルクでございます」と執事の声が。
「失礼いたします。アメリア様の件で」
「なんだ」
「一応話をお伺いしましたが、アメリア様はダンスが出来ないそうです」
「まさかとは思っていたが……いい。以前も言っていたが、足をくじいたことにすれば良いだろう」
「かしこまりました。それから、給仕の者からの報告ですが、アメリア様はあまり食が太くないご様子で、スープとパンのみしか召し上がらないとのことです。こちらの食事が合わないのかと尋ねましたところ、もともと多くお食べにならないと言うお話で……」
「どうにか出来ないのか。大体、あの室内着はなんだ。胸元はスカスカだし、袖から出ている腕も細すぎる。体全体が細くて折れてしまいそうではないか。あれをお披露目に出しては、その辺の村娘を連れて来て代替えを立てたように見えてしまうだろう」
それにディルクは否定をしなかった。とはいえ
「ですが、艶やかな金髪に、美しい水色の瞳をなさっておられますよ。それに、あまり顔を上げてくださらないようですが、綺麗なお顔立ちです」
「そうか……?」
ディルクの言葉に眉をひそめるアウグスト。顔。顔を思い出そうとしても、あまり印象に残っていない。それどころか、思い出せない。俯いている姿しか彼の記憶にはなかった。目覚めた後にも話をしたが、怒りを抑えるのが精一杯で、一方的に話をしたせいか彼女をよく見ていなかった気がする。
彼はここ数日仕事を詰めていたため、あまり眠っていなかった。だから、少しばかり感情が苛立っており、過剰に反応をしてしまった。それを今反省してもどうしようもない。どちらにしたって、アメリアの存在は青天の霹靂だったし、彼が思い描いていたようなものではなかったのだから、完全な不良債権だ。
ヒルシュ子爵令嬢が2人いたならば、本来「どちらのことなのか」と尋ねれば良いのだ。それをしなかった。しなかったという時点で悪意がある。どちらでも良いわけがない。だが、その悪意のせいでアメリアを押し付けられた。そして、金は払わされた。自分の落ち度ではあるが、これに腹を立てないことはなかなか難しい。
「……ああ、駄目だ。悪い。ちょっとイライラしているな……ああ、そうだな。わたしが悪い。よくわからんが、アメリアも無理矢理嫁がされた、ということなんだろうな」
「そのようですね」
アウグストの頭が冷えた様子なのをディルクは「よかった」と思いつつ、顔にも口にもそれを出さない。
「どうせ元から政略結婚以下の婚礼だ。今更怒っても仕方がない。だが、腹が立つほど結納金を取られての、これだ。完全にヒルシュ子爵から馬鹿にされている。爵位としてうちの方がだいぶ上なのに、血統を盾にしているのか……どうせ、『俺』が愛妾の子供で成り上がりだという話も知っているんだろうし、そいつは仕方がない。そして、仕方がないから金を出したのに、これだ。やってられん……」
「坊っちゃま」
「坊っちゃまは止めてくれよ……とはいえ、俺が幼い頃からディルクとリーゼだけは、変わらずに接してくれていたな。それは感謝している」
そう言ってアウグストは椅子の背に体を預けた。ディルクは小さく微笑んで
「アメリア様と、ご一緒にお食事でもいかがですか」
と尋ねる。しかし、それへアウグストは首を横に振った。
「そんな暇はない。悪いが、お前とリーゼに任せた。それなりによくしてやってくれ。ちょっと執務をしたら、父上と妹に会って、それから町の視察に出なければいけない。今日も帰りは遅くなるし、当分それが続く。一週間ぐらいかな……頼んだぞ」
「……かしこまりました」
ディルクはそう言って頭を下げて出て行った。閉まった扉をしばらくアウグストは眺めていたが「ああ」と自分の髪をぐしゃぐしゃと指でかきあげ、ため息を一つ。
「言っておかなければいけなかったな……」
口をへの字に曲げて、アウグストは部屋から出た。ディルクがまだいれば声をかけたところだったが、既に彼の姿はない。彼は仕方ない、と溜息をひとつついて、アメリアの部屋に向かった。
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