3 / 72
2.王弟アルフォンス(1)
しおりを挟む
「ガリアナ王国の第一王女を側室にする? 何を寝ぼけたことを兄上は言っているんだ?」
マリエン王国王弟のアルフォンスは、彼の副官ランバルトからの報告を聞いてあからさまに苛立ちの声をあげた。前髪を雑に下した黒髪に鋭い視線。体格はすらりとしていたが、見るからに鍛え上げられている。
王城の一角にある彼の執務室は案外とだらしなくあちらこちらに資料が落ちている。それは、彼がそれらの書類に興味がないせいではなく、彼の手に余る内政に関する書類が増え続けているせいだ。そして、それらは本来彼がやるべき仕事ではない。
ただでさえ忙しいというのに、ここ最近の忙しさはおかしいとは思っていた。これらは、国王クリスティアンが自分の目を盗んで動くためだったのか……そう気づいて、深い溜息が口から出る。
「はっ……しかし、その条件で契約は締結していまして」
「何だと?」
「代わりに、こちらからは王妹殿下を……バーニャ様を差し出すことになっております」
「バーニャを? ふざけたことを……」
苛立つアルフォンスを抑えるように、ランバルトは「いやいや」と声をかける。彼はモノクルをかけて、灰色の髪はそう長くないもののうなじ付近で一つに縛っている。アルフォンスの副官とはいえ、ひょろりと細身で前線にいたようにはまったく見えない。
「バーニャ様を嫁がせるのは悪くないかと。そもそも、『王族直系の女性でありながら』殺されずに済んでいたものの、今の陛下はいつ手のひらを返すかわかりませんし……もともと、以前ガリアナ王国第一王子の妻に嫁がせようという前提で生かしてもらえていたという話でしたので、王太后も賛同なさっているようです。念の為天恵も調べましたが、なかったとのことで……」
「ああ……来るべき時が来た、ということか。そのために生かしてもらっていた、という?」
「それに、話としては正直良いことではないかと。ガリアナ王国から『ガーディアン』の天恵を奪えるのですからね。一方でバーニャ様は王族として扱われておらず、教育も行き届いてはいない……大変失礼とは思いますが、釣り合いはとれておりません。ですが、ガリアナ王国はそれを飲むしかないでしょう」
「ああ……それは確かに」
アルフォンスはため息をついた。ランバルトが言う「王族直系の女性でありながら殺されずに済んでいた」ということが、まず彼にとっては信じられない話なのだ。
マリエン王国は、王妃が産んだ子供に女性がいた場合、生まれてすぐに殺される。要するに、男性だけが純血の王族として扱われるのだ。遠い昔からの習わしで、何かの呪いがどうのこうのと聞いたことはあったが、アルフォンスはそれを信じていない。
「それに、バーニャ様を生かしていたせいだと言われているではないですか。先代の陛下がお亡くなりになったのは……ですから、この国にいるよりも、ガリアナ王国に嫁いだ方がバーニャ様には良いかもしれません」
「確かにそうだな……父上が死んだことすら、女児を生かしておいた呪いだとか言われてバーニャは不憫だった。ある意味では、兄上の取り計らいなのかな」
「たとえ、厄介者払いと思われているとしても、これは悪いことではありませんよ。あちらの国で罵られるとしても、ここにいるよりは生きやすいと思いますけれど」
「そうだと良いのだが……」
確かにそうだな、とアルフォンスは頷いた。これまで、バーニャと彼らの母親である王太后は王城の奥深くにほぼ幽閉されていたが、戦が終わると共に離れに移された。一体どんな気まぐれかと思ったが、そういうことだったかと理解をした。
何故王太后も幽閉されていたのかと言えば、彼女は純血の王族だからだ。彼女の代は、男の子供に恵まれず、5人目に生まれた彼女を仕方なく生かし、故先代マリエン王――要するにアルフォンスの父親だ――を彼女に嫁がせ国王にした。
そして、彼女はクリスティアンを産み、2人目にバーニャ、3人目にもう一人男児エリーストを産んだ。アルフォンスは側室の子供で、3人の異母兄弟となる。よって、アルフォンス自身は王族の直系ではないが、側室だった母親は限りなく王族に近い血筋を持っていたこと、側室の子供は愛妾の子供と違って王位継承権を得られるということ、その2つによって、現在王弟として扱われている。とはいえ、エリーストはまだ幼いし、アルフォンスは前線にいたのだから、クリスティアンが即位をしたのも当然と言える。
ともかく、バーニャは生まれてすぐに王城の片隅に幽閉された。そして、バーニャの実の母親である現王太后は、5年前にエリーストを産んだ。これで、直血の男児はクリスティアンとエリーストの2人。その時点で、王太后は「役目を終えた」ということで、バーニャと共に幽閉されてしまったのだ。本来は殺されるところを、幽閉に留められたのは父親の情けだったのだろうか。本当のところは知らないが。
そんなわけで、血は半分しか繋がっていないけれど、アルフォンスはバーニャのことを実の妹と同じように思っている。そんな彼女を隣国に嫁がせることに心が痛まないわけではない。しかし、この先の人生も幽閉され続けるのではと思えば、これはある意味彼女の人生にとっての好機ではないかと思う。敵国の人々からの視線はきっと彼女にとってはつらいものとなるだろう。しかし、世界は広がるに違いない。それだけは、ガリアナ国王にどうにかしてもらわないと……と、アルフォンスはぶつぶつと考えていた。
マリエン王国王弟のアルフォンスは、彼の副官ランバルトからの報告を聞いてあからさまに苛立ちの声をあげた。前髪を雑に下した黒髪に鋭い視線。体格はすらりとしていたが、見るからに鍛え上げられている。
王城の一角にある彼の執務室は案外とだらしなくあちらこちらに資料が落ちている。それは、彼がそれらの書類に興味がないせいではなく、彼の手に余る内政に関する書類が増え続けているせいだ。そして、それらは本来彼がやるべき仕事ではない。
ただでさえ忙しいというのに、ここ最近の忙しさはおかしいとは思っていた。これらは、国王クリスティアンが自分の目を盗んで動くためだったのか……そう気づいて、深い溜息が口から出る。
「はっ……しかし、その条件で契約は締結していまして」
「何だと?」
「代わりに、こちらからは王妹殿下を……バーニャ様を差し出すことになっております」
「バーニャを? ふざけたことを……」
苛立つアルフォンスを抑えるように、ランバルトは「いやいや」と声をかける。彼はモノクルをかけて、灰色の髪はそう長くないもののうなじ付近で一つに縛っている。アルフォンスの副官とはいえ、ひょろりと細身で前線にいたようにはまったく見えない。
「バーニャ様を嫁がせるのは悪くないかと。そもそも、『王族直系の女性でありながら』殺されずに済んでいたものの、今の陛下はいつ手のひらを返すかわかりませんし……もともと、以前ガリアナ王国第一王子の妻に嫁がせようという前提で生かしてもらえていたという話でしたので、王太后も賛同なさっているようです。念の為天恵も調べましたが、なかったとのことで……」
「ああ……来るべき時が来た、ということか。そのために生かしてもらっていた、という?」
「それに、話としては正直良いことではないかと。ガリアナ王国から『ガーディアン』の天恵を奪えるのですからね。一方でバーニャ様は王族として扱われておらず、教育も行き届いてはいない……大変失礼とは思いますが、釣り合いはとれておりません。ですが、ガリアナ王国はそれを飲むしかないでしょう」
「ああ……それは確かに」
アルフォンスはため息をついた。ランバルトが言う「王族直系の女性でありながら殺されずに済んでいた」ということが、まず彼にとっては信じられない話なのだ。
マリエン王国は、王妃が産んだ子供に女性がいた場合、生まれてすぐに殺される。要するに、男性だけが純血の王族として扱われるのだ。遠い昔からの習わしで、何かの呪いがどうのこうのと聞いたことはあったが、アルフォンスはそれを信じていない。
「それに、バーニャ様を生かしていたせいだと言われているではないですか。先代の陛下がお亡くなりになったのは……ですから、この国にいるよりも、ガリアナ王国に嫁いだ方がバーニャ様には良いかもしれません」
「確かにそうだな……父上が死んだことすら、女児を生かしておいた呪いだとか言われてバーニャは不憫だった。ある意味では、兄上の取り計らいなのかな」
「たとえ、厄介者払いと思われているとしても、これは悪いことではありませんよ。あちらの国で罵られるとしても、ここにいるよりは生きやすいと思いますけれど」
「そうだと良いのだが……」
確かにそうだな、とアルフォンスは頷いた。これまで、バーニャと彼らの母親である王太后は王城の奥深くにほぼ幽閉されていたが、戦が終わると共に離れに移された。一体どんな気まぐれかと思ったが、そういうことだったかと理解をした。
何故王太后も幽閉されていたのかと言えば、彼女は純血の王族だからだ。彼女の代は、男の子供に恵まれず、5人目に生まれた彼女を仕方なく生かし、故先代マリエン王――要するにアルフォンスの父親だ――を彼女に嫁がせ国王にした。
そして、彼女はクリスティアンを産み、2人目にバーニャ、3人目にもう一人男児エリーストを産んだ。アルフォンスは側室の子供で、3人の異母兄弟となる。よって、アルフォンス自身は王族の直系ではないが、側室だった母親は限りなく王族に近い血筋を持っていたこと、側室の子供は愛妾の子供と違って王位継承権を得られるということ、その2つによって、現在王弟として扱われている。とはいえ、エリーストはまだ幼いし、アルフォンスは前線にいたのだから、クリスティアンが即位をしたのも当然と言える。
ともかく、バーニャは生まれてすぐに王城の片隅に幽閉された。そして、バーニャの実の母親である現王太后は、5年前にエリーストを産んだ。これで、直血の男児はクリスティアンとエリーストの2人。その時点で、王太后は「役目を終えた」ということで、バーニャと共に幽閉されてしまったのだ。本来は殺されるところを、幽閉に留められたのは父親の情けだったのだろうか。本当のところは知らないが。
そんなわけで、血は半分しか繋がっていないけれど、アルフォンスはバーニャのことを実の妹と同じように思っている。そんな彼女を隣国に嫁がせることに心が痛まないわけではない。しかし、この先の人生も幽閉され続けるのではと思えば、これはある意味彼女の人生にとっての好機ではないかと思う。敵国の人々からの視線はきっと彼女にとってはつらいものとなるだろう。しかし、世界は広がるに違いない。それだけは、ガリアナ国王にどうにかしてもらわないと……と、アルフォンスはぶつぶつと考えていた。
17
あなたにおすすめの小説
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
第3皇子は妃よりも騎士団長の妹の私を溺愛している 【完結】
日下奈緒
恋愛
王家に仕える騎士の妹・リリアーナは、冷徹と噂される第3皇子アシュレイに密かに想いを寄せていた。戦の前夜、命を懸けた一戦を前に、彼のもとを訪ね純潔を捧げる。勝利の凱旋後も、皇子は毎夜彼女を呼び続け、やがてリリアーナは身籠る。正妃に拒まれていた皇子は離縁を決意し、すべてを捨ててリリアーナを正式な妃として迎える——これは、禁じられた愛が真実の絆へと変わる、激甘ロマンス。
責任を取らなくていいので溺愛しないでください
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。
だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。
※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。
※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。
【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!
藤原ライラ
恋愛
ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。
ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。
解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。
「君は、おれに、一体何をくれる?」
呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?
強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。
※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる