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ヴィンス師の見立て
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(駄目だ。彼女とあまり長く一緒にいると、インキュバス側に寄ってしまう)
リーエンとのティータイムを終えたアルフレドは、足早に魔王城の廊下を歩く。
彼女と会うにあたって、アルフレドは昨晩の「やらかし」をどう謝ろうか、次は優しくするからと伝えようかと悩んだ。だが、そもそも「次は優しくする」約束なぞ出来るはずもない。また、彼がインキュバスの血が濃く出てこのような問題が起きていることは、限られた魔族しか知らない話なので、彼女に話すのはまだ早い。
だからといって、彼が我慢をすればどうにかなるというわけでもない。正直なところ、昨日の今日ではもう少し彼女を抱きたいという欲求が強すぎて、平静を保って茶を飲むことも相当な忍耐が必要とされた。手を出さずにあの場を離れた自分を褒めたい。
(セックスを覚えたての子供か、俺は……)
彼女をもう少し抱けば、自分の状態は一時的ではあるが収まるはずだ。それゆえ、彼女には申し訳ないと思いつつ「とりあえず何度かやったらお互いが慣れるのではないか」と考え、ストレートに誘った。が、断られて頭が冷えた。
(彼女が断ってくれてよかった。駄目だ。俺もこんな抱き方は本意ではない。自分を見失うところだった……)
あれこれと思い悩みつつ、魔王城の中でも立ち入る権限を細かく部屋ごとに設定されている学術院エリアに足を運ぶ。
「ヴィンス師、いらっしゃるか」
一室のドアに向かってアルフレドが声をかけると、ドアは勝手に内側に開いた。
「はいはい、ここにいらっしゃいますよ」
魔王に対して自分で「いらっしゃいます」と答えた男性は、人間で言うならば50歳を越えた程度の風貌だ。頭部には昆虫に似た2本の触角があり、ロッキングチェアを揺らしながらにこにこと笑う。アルフレドが室内に入るとドアは勝手に閉じた。
「あなた様はまったくもって来なさすぎです。問題が起きましたか」
「ああ」
ヴィンスの部屋は書物だけではなく様々な、なんだかよくわからないものが大量にあるが、彼以外の者が座る椅子はない。アルフレドは慣れたもので、スツールに積みあがっている書物を勝手にどけて座ると、事の顛末を話した。
「ふうむ。一時的に魔力の切り売りした挙句随分一気に消耗させたせいで、あなた様の魔力バランスもおかしくなっているんでしょうな。もう少し安定をするまでは、王妃候補の元へはあまり通わない方が良いかもしれませんなぁ~、ああ、嘆かわしい」
「やはりそうだろうか……」
「新しい術式をご自身で作り上げただけでも相当だったというのに、それを一気に転移石に組み込んだわけですし、妖精界からの嘆願で冥界の境界強化を請け負ったばかりでしょう? そもそも、妖精界に力の『貸付』もしているのだし、やり過ぎでございますよ」
ヴィンスはけったいな話し方をするが、アルフレドは幼い頃から彼の指導で魔力制御を行ってきたので、時の魔王に対する言葉と思えぬ言い草でも何も気にせず肩を竦めた。
「それらはどれも必要なことだった」
「せめて、魔界召集前にもう少しサキュバスのところに行っていればよろしかったのに、いやはや、なんともなんとも」
ジョアンと同じことをヴィンスにも言われてぐうの音も出ない。
「終わったことを悔やんでも仕方がない。それに、年を重ねるごとにインキュバス側は弱くなると過去の実例もあったし、実際に俺もその傾向だったはずだ。それは、今でも間違いないんだろう?」
「ええ、ええ、間違いありません。が、そもそもあなた様が思っている以上にあなた様がインキュバス側を抑えるために割いている魔力は大きい上に、制御が難しいことをいつも忘れてはいけません。魔力量がいくら十分だとはいえ、そこは本能を抑え込んでいるようなものですから。目の前に自分好みのご馳走を出されて『美味しそうだ』と思わないようにするなんてことは、生き物としては無理なことだとおわかりでしょう?」
「だが、抑えた状態でセックスすることは可能だ。それは、何度かサキュバスに相手になってもらって試したことだし」
今まで、セックスを必要と感じてサキュバスの所に行った時は、その抑えを解放してインキュバスとして満足するまでセックスをしていた。それが一番手っ取り早い解決策だったからだ。だが、彼はあえて「抑えた状態」でのセックスを試した。勿論、魔界召集でリーエンを娶る可能性があるとわかったからだ。そういう意味では、彼は一応サキュバスの元には行っていたし、彼なりに用意はしていたのだ。
「その発想が嘆かわしい。それはあなた様が『美味しそう』だと思わない相手だったということでしょう? まったくもって、そういういところでございますよ」
「……ああ」
アルフレドはがくりと項垂れた。そう言われればそれが全てだ。ヴィンスの言葉は、つまり彼にとってリーエンが「ご馳走」に見えるということだ。それは彼自身否定はしない。そして、それは愛だの恋だの以前にどうしても抗うことが出来ない理由がある。
サキュバスもインキュバスも、好む獲物の傾向はまず最初に二つに分かれる。簡単なことだ。魔力が強い相手の精が好きか、弱い相手の精が好きか、だ。これは、一種の性癖にも近く、アルフレドは明らかに後者だ。魔力が弱い相手がいい。となると、もともと魔力を持たない人間が彼にとっては最も「美味しそう」に見えるのは当然のことだ。こればかりは、リーエンだろうがリーエンではなかろうが関係がない。
そして、その「美味しそう」に見える獲物が、魔界召集の広間には集まっていた。その時点で既にアルフレドが抑えているインキュバスの部分が相当刺激をされていたのだろうと今ならばわかる。
「ということは、今後リーエンと交わるたびに、インキュバス側を抑えられない可能性もあるわけか」
「どうでしょうかねぇ。今回はあなた様の魔力バランスが万全ではなかったという前提がありますし。執務官からもお伺いしておりましたよ。妖精界の存続のために、あなた様の魔力を一時的に分け与えたことも。それから……」
あんなことやこんなことに魔力を割いて、あれをしてこれをして、普通の魔族なら死にかねないほどの魔力放出と個々の制御をしながら「何もしていない」顔で日々過ごしていることを、嫌というほどアルフレドは怒られる。だが、どれも彼からすれば「時間が経過すれば必要がなくなる案件だし、たまたま時期が重なっただけ」のため、反省の色はない。反省はそこに対してはないが……。
「妖精界に関しては、魔界が一方的に古の契約を守れなくなった責任が継続しているだけだ。仕方がない」
「そうですねぇ。歴代の魔王がそれをないがしろにしていたせいで、すべてあなた様に皺寄せが来ているのは、あなた様の責任ではないと承知はしておりますよ。知った上で話しておりまするので、お間違えなきよう」
魔界が妖精界を庇護下に置いているとかそういう話は本来はない。単に「古の契約」というものが存在して、妖精界に魔界から「妖精界を守るために必要な魔力」を不定期に分け与える約束がされていたにも関わらず、それを歴代の魔王が履行できなかったのだ。何代前からか「履行するためのもの」が機能しなくなったのが原因なのだが、何故そうなったのか、それ以前はどうやって機能させていたいたのか、残念ながら資料が残っていない。
が、機能させなくしてしまったのは魔界側の落ち度で、1000年単位で妖精界は目をつぶってくれていた。しかし、ここに来て「妖精界存続のためにどうにかしろ、そっちの責任だ」と対応を迫られた。そこで、本来多くの手順を踏んで魔界から抽出して妖精界に引き渡すはずの魔力を、アルフレド個人の魔力を「切り売り」することで許しを得たのだ。
そんな芸当が出来てしまうほどアルフレドがもつ魔力が桁違いで、幼い頃からそれの制御に手こずって来た。だが、それを見守って来たからこそ、ヴィンスは手厳しいことも彼に言うわけだ。
余談だが、この一件は完全にアルフレドにとって「とばっちり」だ。だが、前魔王である彼の父親いわく「運がなかったのを他人のせいにするな」だそうで、その物言いに「だから魔族は嫌いなんだ!」とアルフレドがキレたことはジョアンとダリルだけが知っている。
「なんにせよ、こうやって個人的には問題になっているわけだしな……」
「そうでございますよ。それに、リーエン様が魔力酔いをしないように、魔力をほぼ漏らさぬ制御をしていらっしゃるのでしょう?」
人間界には魔力が存在しない。魔界がイニシアチブを取るためにそれが徹底されているため、魔界召集でやってきて女性達が時々「魔力酔い」をして体調を崩すことがある。魔界の空気に混じっている微量な魔力はともかくとして、近くにいる魔族が魔力を放出した時に「制御されずに漏れる」魔力に影響されることがあるのだ。
一応、彼女達が転移するための「転移石」に「魔力酔いをしづらい個体かどうか」を走査する術式は組んであるものの、アルフレドほど強い魔力を持つ者の傍にいれば、それでも魔力酔いをする可能性がある。だから、彼はリーエンと共にいる時は、微量であろうが決して魔力を漏らさぬように――転移ですら普段の倍以上に気を使って制御を――している。
「そんなこともわかっているのか」
「あなた様の魔力を逐一計測しているんですから、当然です。そして、そんなことを出来るあなた様にはさすがにわたしも脱帽ですよ。リーエン様に魔力酔いを防ぐ石をお送りしては?」
「俺から漏れた魔力を吸収出来るほどの石がまだ入手できなくてな。レーヴァンに探してもらっていて、あてはあると言ってはいるのだが」
ヴィンスはロッキングチェアを前後に動かしながら「うーん」と唸った。
「問題は山積みということですねぇ……しばらくは落ち着いて、ここ最近強引に運用しすぎているあなた様の魔力バランスが戻ってからリーエン様と触れ合った方が良いのではないですかね。インキュバス優位でやりたくないのであれば。なに、あなた様ならば、数日で少しは兆しも見えて来ることでしょう」
「そうだな……どうせ暫くはセックスをしないと約束をしたのでな……」
「おやおや、それはそれは。英断ですが……逆効果になる可能性もなくはないので、それは頭に入れておいた方が」
会わない方がいいとかやらなすぎるといけないだとか、この問題に答えがないため、うんざりしたように顔をしかめるアルフレド。
「そうだな。やらなきゃやらないで、インキュバス側優位になりかねないし、やったらやったでそれもまたインキュバス優位になるし、まったく困ったもんだ」
「もう観念して、許していただいたらどうでしょう? インキュバス化してセックスすることを」
「……違うんだ。俺も彼女に慣れてもらうしかないかなと腹を括って……近々またやりたいと申し出たが断られてな……それからしみじみ考えたが、いや、確かにそれはよくないと……」
どうも歯切れがよくないアルフレドの言い回しに、ヴィンスは目を軽く見開いた。
「というと?」
「彼女が嫌がることもそうなのだが……俺が、そうしたくなかったんだ。インキュバス優位でやると、自分でありながら自分ではない者がセックスをしていたような気持ちになるんだが……サキュバスに頼んで制御しながらセックスをした時、それまでのセックスと違っていてな……」
「ほうほう?」
「インキュバス状態だと、本能に任せて熱に浮かされるというか。記憶もいくらかぼんやりとして快楽と精を搾取した満足感ばかり……つまり、そうだな。さっき、馳走のたとえを出しただろう。食った味とその満腹感みたいなものだな。そればかりが残っていたが、抑えた状態ですると、全ての行程を不思議と生々しく覚えていて……」
アルフレドは生粋のインキュバスでないため、インキュバスである間は彼にとっての「異常」だ。だから、普通のインキュバスとは感じ方が違うのだろう。インキュバスやサキュバスは食事のように精を求めてセックスをすれば、心も満たされる。だが、アルフレドはそうはならない。完全に本能に任せ、腹を満たすために食事をしているだけだ。腹が減ったから食べる。食べる。食べる。腹が膨れたことだけに満足する。ただそれだけだ。
が、インキュバスを抑えれば当然セックスに対しては情を求める。腹が減った。美味しそうだ。柔らかい。温かい。愛しい。優しくしたい。ずっと食べ続けたい。大事にしたい。多くの感情と本能どちらもがそこにあって、それらでセックスは構成される。なのに、愛でたいと思う相手には、それを味わいたくともインキュバスの本能を抑えることが出来ない。どうにも出来ないジレンマだ。
リーエンのために試したサキュバスとの交わりでそれらを知ったのに、リーエンに対してはそれが出来ないなんて、なんという皮肉なのだろうか。
「だから昔から申し上げているでしょう。魔力があれば全てが解決するわけではないと。問題はバランスと、魔力を扱うあなた様が心身ともに健康であることだと」
「まったくだな。ああ、わかっていたつもりだったが、少しだけ軽んじていた」
だが、これ以上何を言っても仕方がないとヴィンスもわかっているようで、それ以上の小言はない。彼は彼なりに「不肖の弟子」を可哀相に思ってか、まるで子供をあやすように「これでも舐めてお帰りなさいませ」と紙に包まれた小さなキャンディーをアルフレドに渡す。
アルフレドはそれを突き返すことなく「俺はいくつになろうがヴィンス師にとっては子供なのだな」と苦笑いをして、その場で包みを開けるとキャンディーを口に放りこんだ。
リーエンとのティータイムを終えたアルフレドは、足早に魔王城の廊下を歩く。
彼女と会うにあたって、アルフレドは昨晩の「やらかし」をどう謝ろうか、次は優しくするからと伝えようかと悩んだ。だが、そもそも「次は優しくする」約束なぞ出来るはずもない。また、彼がインキュバスの血が濃く出てこのような問題が起きていることは、限られた魔族しか知らない話なので、彼女に話すのはまだ早い。
だからといって、彼が我慢をすればどうにかなるというわけでもない。正直なところ、昨日の今日ではもう少し彼女を抱きたいという欲求が強すぎて、平静を保って茶を飲むことも相当な忍耐が必要とされた。手を出さずにあの場を離れた自分を褒めたい。
(セックスを覚えたての子供か、俺は……)
彼女をもう少し抱けば、自分の状態は一時的ではあるが収まるはずだ。それゆえ、彼女には申し訳ないと思いつつ「とりあえず何度かやったらお互いが慣れるのではないか」と考え、ストレートに誘った。が、断られて頭が冷えた。
(彼女が断ってくれてよかった。駄目だ。俺もこんな抱き方は本意ではない。自分を見失うところだった……)
あれこれと思い悩みつつ、魔王城の中でも立ち入る権限を細かく部屋ごとに設定されている学術院エリアに足を運ぶ。
「ヴィンス師、いらっしゃるか」
一室のドアに向かってアルフレドが声をかけると、ドアは勝手に内側に開いた。
「はいはい、ここにいらっしゃいますよ」
魔王に対して自分で「いらっしゃいます」と答えた男性は、人間で言うならば50歳を越えた程度の風貌だ。頭部には昆虫に似た2本の触角があり、ロッキングチェアを揺らしながらにこにこと笑う。アルフレドが室内に入るとドアは勝手に閉じた。
「あなた様はまったくもって来なさすぎです。問題が起きましたか」
「ああ」
ヴィンスの部屋は書物だけではなく様々な、なんだかよくわからないものが大量にあるが、彼以外の者が座る椅子はない。アルフレドは慣れたもので、スツールに積みあがっている書物を勝手にどけて座ると、事の顛末を話した。
「ふうむ。一時的に魔力の切り売りした挙句随分一気に消耗させたせいで、あなた様の魔力バランスもおかしくなっているんでしょうな。もう少し安定をするまでは、王妃候補の元へはあまり通わない方が良いかもしれませんなぁ~、ああ、嘆かわしい」
「やはりそうだろうか……」
「新しい術式をご自身で作り上げただけでも相当だったというのに、それを一気に転移石に組み込んだわけですし、妖精界からの嘆願で冥界の境界強化を請け負ったばかりでしょう? そもそも、妖精界に力の『貸付』もしているのだし、やり過ぎでございますよ」
ヴィンスはけったいな話し方をするが、アルフレドは幼い頃から彼の指導で魔力制御を行ってきたので、時の魔王に対する言葉と思えぬ言い草でも何も気にせず肩を竦めた。
「それらはどれも必要なことだった」
「せめて、魔界召集前にもう少しサキュバスのところに行っていればよろしかったのに、いやはや、なんともなんとも」
ジョアンと同じことをヴィンスにも言われてぐうの音も出ない。
「終わったことを悔やんでも仕方がない。それに、年を重ねるごとにインキュバス側は弱くなると過去の実例もあったし、実際に俺もその傾向だったはずだ。それは、今でも間違いないんだろう?」
「ええ、ええ、間違いありません。が、そもそもあなた様が思っている以上にあなた様がインキュバス側を抑えるために割いている魔力は大きい上に、制御が難しいことをいつも忘れてはいけません。魔力量がいくら十分だとはいえ、そこは本能を抑え込んでいるようなものですから。目の前に自分好みのご馳走を出されて『美味しそうだ』と思わないようにするなんてことは、生き物としては無理なことだとおわかりでしょう?」
「だが、抑えた状態でセックスすることは可能だ。それは、何度かサキュバスに相手になってもらって試したことだし」
今まで、セックスを必要と感じてサキュバスの所に行った時は、その抑えを解放してインキュバスとして満足するまでセックスをしていた。それが一番手っ取り早い解決策だったからだ。だが、彼はあえて「抑えた状態」でのセックスを試した。勿論、魔界召集でリーエンを娶る可能性があるとわかったからだ。そういう意味では、彼は一応サキュバスの元には行っていたし、彼なりに用意はしていたのだ。
「その発想が嘆かわしい。それはあなた様が『美味しそう』だと思わない相手だったということでしょう? まったくもって、そういういところでございますよ」
「……ああ」
アルフレドはがくりと項垂れた。そう言われればそれが全てだ。ヴィンスの言葉は、つまり彼にとってリーエンが「ご馳走」に見えるということだ。それは彼自身否定はしない。そして、それは愛だの恋だの以前にどうしても抗うことが出来ない理由がある。
サキュバスもインキュバスも、好む獲物の傾向はまず最初に二つに分かれる。簡単なことだ。魔力が強い相手の精が好きか、弱い相手の精が好きか、だ。これは、一種の性癖にも近く、アルフレドは明らかに後者だ。魔力が弱い相手がいい。となると、もともと魔力を持たない人間が彼にとっては最も「美味しそう」に見えるのは当然のことだ。こればかりは、リーエンだろうがリーエンではなかろうが関係がない。
そして、その「美味しそう」に見える獲物が、魔界召集の広間には集まっていた。その時点で既にアルフレドが抑えているインキュバスの部分が相当刺激をされていたのだろうと今ならばわかる。
「ということは、今後リーエンと交わるたびに、インキュバス側を抑えられない可能性もあるわけか」
「どうでしょうかねぇ。今回はあなた様の魔力バランスが万全ではなかったという前提がありますし。執務官からもお伺いしておりましたよ。妖精界の存続のために、あなた様の魔力を一時的に分け与えたことも。それから……」
あんなことやこんなことに魔力を割いて、あれをしてこれをして、普通の魔族なら死にかねないほどの魔力放出と個々の制御をしながら「何もしていない」顔で日々過ごしていることを、嫌というほどアルフレドは怒られる。だが、どれも彼からすれば「時間が経過すれば必要がなくなる案件だし、たまたま時期が重なっただけ」のため、反省の色はない。反省はそこに対してはないが……。
「妖精界に関しては、魔界が一方的に古の契約を守れなくなった責任が継続しているだけだ。仕方がない」
「そうですねぇ。歴代の魔王がそれをないがしろにしていたせいで、すべてあなた様に皺寄せが来ているのは、あなた様の責任ではないと承知はしておりますよ。知った上で話しておりまするので、お間違えなきよう」
魔界が妖精界を庇護下に置いているとかそういう話は本来はない。単に「古の契約」というものが存在して、妖精界に魔界から「妖精界を守るために必要な魔力」を不定期に分け与える約束がされていたにも関わらず、それを歴代の魔王が履行できなかったのだ。何代前からか「履行するためのもの」が機能しなくなったのが原因なのだが、何故そうなったのか、それ以前はどうやって機能させていたいたのか、残念ながら資料が残っていない。
が、機能させなくしてしまったのは魔界側の落ち度で、1000年単位で妖精界は目をつぶってくれていた。しかし、ここに来て「妖精界存続のためにどうにかしろ、そっちの責任だ」と対応を迫られた。そこで、本来多くの手順を踏んで魔界から抽出して妖精界に引き渡すはずの魔力を、アルフレド個人の魔力を「切り売り」することで許しを得たのだ。
そんな芸当が出来てしまうほどアルフレドがもつ魔力が桁違いで、幼い頃からそれの制御に手こずって来た。だが、それを見守って来たからこそ、ヴィンスは手厳しいことも彼に言うわけだ。
余談だが、この一件は完全にアルフレドにとって「とばっちり」だ。だが、前魔王である彼の父親いわく「運がなかったのを他人のせいにするな」だそうで、その物言いに「だから魔族は嫌いなんだ!」とアルフレドがキレたことはジョアンとダリルだけが知っている。
「なんにせよ、こうやって個人的には問題になっているわけだしな……」
「そうでございますよ。それに、リーエン様が魔力酔いをしないように、魔力をほぼ漏らさぬ制御をしていらっしゃるのでしょう?」
人間界には魔力が存在しない。魔界がイニシアチブを取るためにそれが徹底されているため、魔界召集でやってきて女性達が時々「魔力酔い」をして体調を崩すことがある。魔界の空気に混じっている微量な魔力はともかくとして、近くにいる魔族が魔力を放出した時に「制御されずに漏れる」魔力に影響されることがあるのだ。
一応、彼女達が転移するための「転移石」に「魔力酔いをしづらい個体かどうか」を走査する術式は組んであるものの、アルフレドほど強い魔力を持つ者の傍にいれば、それでも魔力酔いをする可能性がある。だから、彼はリーエンと共にいる時は、微量であろうが決して魔力を漏らさぬように――転移ですら普段の倍以上に気を使って制御を――している。
「そんなこともわかっているのか」
「あなた様の魔力を逐一計測しているんですから、当然です。そして、そんなことを出来るあなた様にはさすがにわたしも脱帽ですよ。リーエン様に魔力酔いを防ぐ石をお送りしては?」
「俺から漏れた魔力を吸収出来るほどの石がまだ入手できなくてな。レーヴァンに探してもらっていて、あてはあると言ってはいるのだが」
ヴィンスはロッキングチェアを前後に動かしながら「うーん」と唸った。
「問題は山積みということですねぇ……しばらくは落ち着いて、ここ最近強引に運用しすぎているあなた様の魔力バランスが戻ってからリーエン様と触れ合った方が良いのではないですかね。インキュバス優位でやりたくないのであれば。なに、あなた様ならば、数日で少しは兆しも見えて来ることでしょう」
「そうだな……どうせ暫くはセックスをしないと約束をしたのでな……」
「おやおや、それはそれは。英断ですが……逆効果になる可能性もなくはないので、それは頭に入れておいた方が」
会わない方がいいとかやらなすぎるといけないだとか、この問題に答えがないため、うんざりしたように顔をしかめるアルフレド。
「そうだな。やらなきゃやらないで、インキュバス側優位になりかねないし、やったらやったでそれもまたインキュバス優位になるし、まったく困ったもんだ」
「もう観念して、許していただいたらどうでしょう? インキュバス化してセックスすることを」
「……違うんだ。俺も彼女に慣れてもらうしかないかなと腹を括って……近々またやりたいと申し出たが断られてな……それからしみじみ考えたが、いや、確かにそれはよくないと……」
どうも歯切れがよくないアルフレドの言い回しに、ヴィンスは目を軽く見開いた。
「というと?」
「彼女が嫌がることもそうなのだが……俺が、そうしたくなかったんだ。インキュバス優位でやると、自分でありながら自分ではない者がセックスをしていたような気持ちになるんだが……サキュバスに頼んで制御しながらセックスをした時、それまでのセックスと違っていてな……」
「ほうほう?」
「インキュバス状態だと、本能に任せて熱に浮かされるというか。記憶もいくらかぼんやりとして快楽と精を搾取した満足感ばかり……つまり、そうだな。さっき、馳走のたとえを出しただろう。食った味とその満腹感みたいなものだな。そればかりが残っていたが、抑えた状態ですると、全ての行程を不思議と生々しく覚えていて……」
アルフレドは生粋のインキュバスでないため、インキュバスである間は彼にとっての「異常」だ。だから、普通のインキュバスとは感じ方が違うのだろう。インキュバスやサキュバスは食事のように精を求めてセックスをすれば、心も満たされる。だが、アルフレドはそうはならない。完全に本能に任せ、腹を満たすために食事をしているだけだ。腹が減ったから食べる。食べる。食べる。腹が膨れたことだけに満足する。ただそれだけだ。
が、インキュバスを抑えれば当然セックスに対しては情を求める。腹が減った。美味しそうだ。柔らかい。温かい。愛しい。優しくしたい。ずっと食べ続けたい。大事にしたい。多くの感情と本能どちらもがそこにあって、それらでセックスは構成される。なのに、愛でたいと思う相手には、それを味わいたくともインキュバスの本能を抑えることが出来ない。どうにも出来ないジレンマだ。
リーエンのために試したサキュバスとの交わりでそれらを知ったのに、リーエンに対してはそれが出来ないなんて、なんという皮肉なのだろうか。
「だから昔から申し上げているでしょう。魔力があれば全てが解決するわけではないと。問題はバランスと、魔力を扱うあなた様が心身ともに健康であることだと」
「まったくだな。ああ、わかっていたつもりだったが、少しだけ軽んじていた」
だが、これ以上何を言っても仕方がないとヴィンスもわかっているようで、それ以上の小言はない。彼は彼なりに「不肖の弟子」を可哀相に思ってか、まるで子供をあやすように「これでも舐めてお帰りなさいませ」と紙に包まれた小さなキャンディーをアルフレドに渡す。
アルフレドはそれを突き返すことなく「俺はいくつになろうがヴィンス師にとっては子供なのだな」と苦笑いをして、その場で包みを開けるとキャンディーを口に放りこんだ。
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