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1.聖女になったいきさつ
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さて、時は遡り2年前のこと。
神殿には聖女候補が5人呼ばれ、前聖女と共に祈りの間に向かっていた。
既に前聖女は40才を越えており、そろそろ次の聖女をどうにか選びたいと思っている様子。だが、王城から「聖女候補だ」と遣わされた者たちはこれで3回目の15人。その誰もを、彼女は「聖女ではありません」と言わざるを得なかった。
今回も駄目だろう……そう思いつつ歩いていく前聖女と、そんな彼女の思いを知らずについていく、若い貴族令嬢たち。聖女は貴族令嬢だと決まっているわけではなかったが、過去の聖女たちはみな貴族令嬢の中から選ばれていた。それゆえ、王城からの推薦が続いていたのだが……。
「あっ、誰か通ったわ……! あの人たちに聞けばここから帰れるんじゃないかしら……」
そこに現れたのがティアナだ。彼女は王城からかなり外れた僻地で暮らす男爵令嬢。今日は父について王城にやってきたのだが、王城の隣にある神殿を見て「綺麗な建物ね!」とあまりにも自由に足を延ばしたというわけだ。
神殿の入口で名乗りをあげて「見学をさせてください」と告げた後、彼女は「すぐに帰りますので」と自由に神殿内を歩き回った。実際、神殿は来る者は拒まないし、そもそも王城の敷地内にあるため、そこに至るまでに何度も検問があり、身分が低い者は神殿に入ることは叶わない。
そうして、ティアナは神殿内に入った。そして、迷子になった。迷子になった挙句に、さらに奥へ、更に奥へと進んでいったのは、好奇心が勝ったからだ。
結果的に、奥へ進んだら人影が見えた。なので、更に近寄った。その人々は、一つの部屋に吸い込まれるように入っていく。きょろきょろと周囲を見渡したものの、ほかに人影はない。
「あ、開けても、許されるかしら……?」
本当は許されない。だが、神殿は静まり返っていて、彼女がいるエリアには人っ子一人ほかに見つけることが出来ない。逆を言えば「そうなってもおかしくない神聖な場所」まで彼女は足を踏み入れてしまったのだが、今となってはそれはどうしようもないことだ。
「そのう……失礼、します……」
ティアナは何故かそーっと足音を忍ばせて、ぴたりと閉まった扉に近づいて行った。
「皆さまには、何が見えますか?」
前聖女――とはいえ、この時点では現聖女なのだが――は、ぎゅっと拳を握りしめながら、彼女についてきた聖女候補5人に問いかけた。
祈りの間に入った彼女は、多くの半透明の白い浮遊物を見ている。ほぼ球体に見えるが、動きと共にいささか変わる……ように思える。ああ、嫌だ。今日もこんな忌々しいものが大量にいるなんて。だが、何もしなければその白いものたちはこちらに危害を加えない。それをわかっているから、彼女はなんとかこらえる。
彼女が月に一度の神託を受ける時、体を低くして、出来るだけそれらに触れないようにして奥まで歩く。手には神殿から賜った宝剣があるものの、それを抜いたことはない。そんな恐ろしいことは出来ない。それは、自分の身を守ってくれるお守りのようなものだ。いつも、彼女はそれを胸に抱いて、前に進む。
それでも、足はすくむ。なんだか自分の体の周囲はひんやりとして、どんどん気温が下がっていくような錯覚に包まれる。それを我慢して、一歩、また一歩と進んで、神託を得る像の前で立ち上がる。立ち上がれば、顔のあたり、肩のあたりにも白い浮遊物が埋め尽くす。手で払おうとしても、彼女の手はそれらの体を通り抜ける。それらはぷかぷか浮いて彼女の体にまとわりついてくるようだ。恐ろしいけれど、神託を得るために我慢をして祈らなければいけない。
彼女はそうやって、20年間聖女の勤めを果たしてきた。もういい加減に辞めたい。だが、後継者がいつまでたっても出来ないのだから仕方ないのだ。この5人はどうだろうか、と思うが……。
「像が見えます」
「はい、像が見えます」
「あれに祈れば神託を得られるんですね?」
5人は、けろりとそう告げる。ああ、駄目だ。この子たちにはこの白いものが見えないのだ。前聖女はがくりと肩を落として、ふう、とため息をついた。
「そうです。ええ、あそこで祈りを捧げることによって神託を得られます。数歩、前に進んでもらってもいいですか」
そう言われて、聖女候補たちはみな一歩、二歩、と歩を進めた。だが、たった二歩。5人は全員「なんだか、ぞっとして、前に行きたくない」「足がどうしても前に出ない」と言って立ち止まってしまう。
白いものが見えなくとも、それらは人間に影響をしている。以前の聖女候補たちもそうだった。前聖女は小さくため息をついて
「そうですか。全員、それ以上前にはいけませんか?」
と尋ねると、みな互いに目配せをして「はい」と消えそうな声で答えた。何故かはわからない。感覚的なものだから、本当に「そう」なのかを互いに探りあっている。が、その状態になっている時点で、もう「聖女ではない」ことは確定だ。
では、あなた方は聖女にはなれないようですね……前聖女がそう続けようとしたところ、ぎいっ、と扉が開く音がする。一体誰が、と驚いて視線をやると、少し開いた扉から可愛らしい女性が顔をひょこっとのぞかせた。そして……。
「あのう、失礼しま……ぎゃあああああああああああ!!!! 何これ!!! 何ですか、これは!!! 白いっ……!!! ぎゃあ! 来ないで! 来ないで! 何っ、何これぇぇぇぇぇぇ~~!!!」
けたたましい叫び声。それを聞いた瞬間、前聖女は「はい! 採用!」と叫んだ。これが、ティアナが聖女になったいきさつだ。
神殿には聖女候補が5人呼ばれ、前聖女と共に祈りの間に向かっていた。
既に前聖女は40才を越えており、そろそろ次の聖女をどうにか選びたいと思っている様子。だが、王城から「聖女候補だ」と遣わされた者たちはこれで3回目の15人。その誰もを、彼女は「聖女ではありません」と言わざるを得なかった。
今回も駄目だろう……そう思いつつ歩いていく前聖女と、そんな彼女の思いを知らずについていく、若い貴族令嬢たち。聖女は貴族令嬢だと決まっているわけではなかったが、過去の聖女たちはみな貴族令嬢の中から選ばれていた。それゆえ、王城からの推薦が続いていたのだが……。
「あっ、誰か通ったわ……! あの人たちに聞けばここから帰れるんじゃないかしら……」
そこに現れたのがティアナだ。彼女は王城からかなり外れた僻地で暮らす男爵令嬢。今日は父について王城にやってきたのだが、王城の隣にある神殿を見て「綺麗な建物ね!」とあまりにも自由に足を延ばしたというわけだ。
神殿の入口で名乗りをあげて「見学をさせてください」と告げた後、彼女は「すぐに帰りますので」と自由に神殿内を歩き回った。実際、神殿は来る者は拒まないし、そもそも王城の敷地内にあるため、そこに至るまでに何度も検問があり、身分が低い者は神殿に入ることは叶わない。
そうして、ティアナは神殿内に入った。そして、迷子になった。迷子になった挙句に、さらに奥へ、更に奥へと進んでいったのは、好奇心が勝ったからだ。
結果的に、奥へ進んだら人影が見えた。なので、更に近寄った。その人々は、一つの部屋に吸い込まれるように入っていく。きょろきょろと周囲を見渡したものの、ほかに人影はない。
「あ、開けても、許されるかしら……?」
本当は許されない。だが、神殿は静まり返っていて、彼女がいるエリアには人っ子一人ほかに見つけることが出来ない。逆を言えば「そうなってもおかしくない神聖な場所」まで彼女は足を踏み入れてしまったのだが、今となってはそれはどうしようもないことだ。
「そのう……失礼、します……」
ティアナは何故かそーっと足音を忍ばせて、ぴたりと閉まった扉に近づいて行った。
「皆さまには、何が見えますか?」
前聖女――とはいえ、この時点では現聖女なのだが――は、ぎゅっと拳を握りしめながら、彼女についてきた聖女候補5人に問いかけた。
祈りの間に入った彼女は、多くの半透明の白い浮遊物を見ている。ほぼ球体に見えるが、動きと共にいささか変わる……ように思える。ああ、嫌だ。今日もこんな忌々しいものが大量にいるなんて。だが、何もしなければその白いものたちはこちらに危害を加えない。それをわかっているから、彼女はなんとかこらえる。
彼女が月に一度の神託を受ける時、体を低くして、出来るだけそれらに触れないようにして奥まで歩く。手には神殿から賜った宝剣があるものの、それを抜いたことはない。そんな恐ろしいことは出来ない。それは、自分の身を守ってくれるお守りのようなものだ。いつも、彼女はそれを胸に抱いて、前に進む。
それでも、足はすくむ。なんだか自分の体の周囲はひんやりとして、どんどん気温が下がっていくような錯覚に包まれる。それを我慢して、一歩、また一歩と進んで、神託を得る像の前で立ち上がる。立ち上がれば、顔のあたり、肩のあたりにも白い浮遊物が埋め尽くす。手で払おうとしても、彼女の手はそれらの体を通り抜ける。それらはぷかぷか浮いて彼女の体にまとわりついてくるようだ。恐ろしいけれど、神託を得るために我慢をして祈らなければいけない。
彼女はそうやって、20年間聖女の勤めを果たしてきた。もういい加減に辞めたい。だが、後継者がいつまでたっても出来ないのだから仕方ないのだ。この5人はどうだろうか、と思うが……。
「像が見えます」
「はい、像が見えます」
「あれに祈れば神託を得られるんですね?」
5人は、けろりとそう告げる。ああ、駄目だ。この子たちにはこの白いものが見えないのだ。前聖女はがくりと肩を落として、ふう、とため息をついた。
「そうです。ええ、あそこで祈りを捧げることによって神託を得られます。数歩、前に進んでもらってもいいですか」
そう言われて、聖女候補たちはみな一歩、二歩、と歩を進めた。だが、たった二歩。5人は全員「なんだか、ぞっとして、前に行きたくない」「足がどうしても前に出ない」と言って立ち止まってしまう。
白いものが見えなくとも、それらは人間に影響をしている。以前の聖女候補たちもそうだった。前聖女は小さくため息をついて
「そうですか。全員、それ以上前にはいけませんか?」
と尋ねると、みな互いに目配せをして「はい」と消えそうな声で答えた。何故かはわからない。感覚的なものだから、本当に「そう」なのかを互いに探りあっている。が、その状態になっている時点で、もう「聖女ではない」ことは確定だ。
では、あなた方は聖女にはなれないようですね……前聖女がそう続けようとしたところ、ぎいっ、と扉が開く音がする。一体誰が、と驚いて視線をやると、少し開いた扉から可愛らしい女性が顔をひょこっとのぞかせた。そして……。
「あのう、失礼しま……ぎゃあああああああああああ!!!! 何これ!!! 何ですか、これは!!! 白いっ……!!! ぎゃあ! 来ないで! 来ないで! 何っ、何これぇぇぇぇぇぇ~~!!!」
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