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9-1.独り占め(1)
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「えっ……毎日……?」
「はい。毎日予約が入っていますよ」
受付に確認をして、バネッサは口をあんぐりと開けた。ここ数日連続でコンラートが来るが、他の客はどうしたんだろう……と不思議に思っていた。ところが、聞いたところ、明日も明後日も、またその次も、ずっとコンラートが予約を入れているらしい。
(既に予約が入っていたはずの日も、気づけばコンラートの予約に書き換わっているんだけど……大丈夫なのかしら?)
そもそも、彼は魔塔に軟禁だか何だかをされていて、ほとんどそこから出てこないという話だったのではないか……そう思ったものの、彼は娼館に金を払っているようだし、ならば文句はない……ということになった。
(とはいえ、夜遅く来て一時間で帰ってしまうから……多分、魔塔に『いる』扱いになっているんでしょうね)
けれど、彼は夕方から朝まで彼女を独り占めするように予約を入れている。日々、金だけが入り、そして、会えた一時間ではセックスをするには足りないため、会話をするだけで時間が過ぎていく。
そうこうしているうちに何日が経過したのか。今日もコンラートはやってきて、娼館の広い部屋のカウチでごろりと横になる。まるでそこが彼の家かのように、十分に馴染んでしまっているようだ。バネッサが茶を淹れていると、彼はゆっくりと口を開いた。
「バネッサ」
「なあに?」
「わたしが、あなたの『身請け』をするって言ったら、あなたはどう思いますか?」
「えっ?」
身請け。その言葉にバネッサは大いに驚き、一瞬手を止める。
「それは……ここから出してくれるっていうこと? そして、あなたのところに行くっていうことかしら……?」
「うん。そういうことですね」
「えっと……」
ここから出られるならば、それは嬉しい。もともと、そのために「預け」ていた金だったのだし。二年は何もせずに生き長らえるだけの金を貯めていたのに、それを半分も持って行ってしまった家族のことを当然恨んだ。かといって、残った一年分の金を使って今すぐ娼館を出ようとは思わない。
なぜなら、彼女は娼館に売られる前には、どこにも働いていなかったのだ。森に行って薬草を摘んで、それから家事をする毎日だった。他に仕事らしい仕事についたことがない。だから、彼女はこの先の人生に不安を抱いていた。たった一年分の金で、その一年で仕事が見つからなかったらどうなるんだろうと思ったからだ。
だが、身請けとなれば、娼館を出た後には。彼女が今までに見たことがある身請けをしてもらった娼婦は、その男性と結婚をしていたが……。
「その、あなたのところに行って……わたしは何をすればいいの?」
「うーん、あのね」
コンラートの前にバネッサはカップを置いた。それを飲みながら、呑気に答えるコンラート。
「わたしは、あなたのことが好きなようで……とはいっても、多分なんだけど。その、今まで、女の人を好きになったことがなくて……これが、そうなのかなって思っているんだけど……」
バネッサは突然のことに言葉を失って、コンラートから目を逸らす。
「そ、れは、違うん、じゃないかしら……?」
「どうして?」
どくん、どくん、と鼓動が高鳴ることに気づくバネッサ。それを、鎮まれと何度も念じながら、言葉をなんとか紡ぎ出す。
「その、セックスの、相性がいいからって……その」
「どうして? 何もしてなくたって、あなたのことを可愛いって思ってるのに? ね、こっち向いて?」
バネッサはおずおずとコンラートのほうへ視線を戻す。
「あなたは、わたしの命の恩人で、セックスを教えてくれた人で、この町のことも色々教えてくれた人で……えーと、それから……それ以外はそんなにないけど、身請けしたいと思ったから」
彼のおぼつかない言葉を聞いて、バネッサは目を丸くする。それらのことはきちんとした説明になっていない、と思う。
「で、でも、身請けするのって、お金が相当いるんじゃないかしら? その、わたしなら、あと数年も働けば、どうにか辞められそうな気がするから……」
だから、あなたが金を出す必要はないのよ、とバネッサは言葉を続けようとした。しかし、コンラートがそれを遮る。
「駄目。あなたがわたしのものだって、みんなに知ってもらいたいから。だから、わたしがあなたを身請けしたいんです」
「みんなって?」
「えーーーっと……とにかく、みんな。わたしがあなたを身請けをしたことを知ることが出来るすべての人。それから、その後あなたとわたしに関わるすべての人に」
そう言われてしまうと、何も言葉が出ない。バネッサは頬を紅潮させて黙り込む。コンラートは彼女のその様子を見て、少し悲し気な声を出した。
「ねえ、それとも嫌なのかな? わたしに身請けされたくない? 正直に教えて」
「……わからないの」
「どうして?」
「わたしが……その……あなたのことを好きなのかどうか……」
そう言ってバネッサは再び口を閉ざす。彼女の言葉を聞いて、コンラートは「わあ」と声をあげた。
「それは大事なことだね? そうか。そりゃそうだなぁ……まいったな。そりゃそうだ。あなたはわたしのことが好きじゃないの?」
少しばかり呑気な声音でコンラートは尋ねる。しかし、バネッサは彼の問いにすぐに返事を出来なかった。
――あなたはわたしのことが好きじゃないの?――
しみじみと彼にそう聞かれれば、バネッサは困惑する。
彼のことは嫌いではない。いや、むしろ好きだ。こうやって毎日会いに来てくれて、ただ話をするだけで彼は帰ってしまうけれど、それでも毎晩「今日は何時に来るんだろう」と思えばそわそわするし、彼の疲れを少しでも癒したいと思って、柄にもなく茶を選んだりもする。それらは、娼婦としての嗜みだったり、客へのサービスとも言えるが、それに伴う心の動きは「そうではない」と彼女に告げていた。
ずっとこの娼館で、ひたすら夢だけを見ていた気がする。けれど、夢から覚めようとしている今ですら、彼の言葉は彼女に夢を与えてくれる。それが現実にあることだと教えてくれて、手を伸ばしてくれる彼を、じっとバネッサは見た。
そうだ。とっくにバネッサはコンラートのことが好きだ。なんだかつかみどころがなくて、どこかふわふわして。それも魔塔の主としては当然なのかもしれないが、言葉にすれば「なんだか浮世離れしている」ような人。
けれども、そんな彼と自分が釣り合うとも思えない。あの日、彼を助けただけ。そして、お礼をされただけ。それだけで十分ではないかとすら思ってしまう。身請けということは、自分は「彼のもの」になるということだ。
「はい。毎日予約が入っていますよ」
受付に確認をして、バネッサは口をあんぐりと開けた。ここ数日連続でコンラートが来るが、他の客はどうしたんだろう……と不思議に思っていた。ところが、聞いたところ、明日も明後日も、またその次も、ずっとコンラートが予約を入れているらしい。
(既に予約が入っていたはずの日も、気づけばコンラートの予約に書き換わっているんだけど……大丈夫なのかしら?)
そもそも、彼は魔塔に軟禁だか何だかをされていて、ほとんどそこから出てこないという話だったのではないか……そう思ったものの、彼は娼館に金を払っているようだし、ならば文句はない……ということになった。
(とはいえ、夜遅く来て一時間で帰ってしまうから……多分、魔塔に『いる』扱いになっているんでしょうね)
けれど、彼は夕方から朝まで彼女を独り占めするように予約を入れている。日々、金だけが入り、そして、会えた一時間ではセックスをするには足りないため、会話をするだけで時間が過ぎていく。
そうこうしているうちに何日が経過したのか。今日もコンラートはやってきて、娼館の広い部屋のカウチでごろりと横になる。まるでそこが彼の家かのように、十分に馴染んでしまっているようだ。バネッサが茶を淹れていると、彼はゆっくりと口を開いた。
「バネッサ」
「なあに?」
「わたしが、あなたの『身請け』をするって言ったら、あなたはどう思いますか?」
「えっ?」
身請け。その言葉にバネッサは大いに驚き、一瞬手を止める。
「それは……ここから出してくれるっていうこと? そして、あなたのところに行くっていうことかしら……?」
「うん。そういうことですね」
「えっと……」
ここから出られるならば、それは嬉しい。もともと、そのために「預け」ていた金だったのだし。二年は何もせずに生き長らえるだけの金を貯めていたのに、それを半分も持って行ってしまった家族のことを当然恨んだ。かといって、残った一年分の金を使って今すぐ娼館を出ようとは思わない。
なぜなら、彼女は娼館に売られる前には、どこにも働いていなかったのだ。森に行って薬草を摘んで、それから家事をする毎日だった。他に仕事らしい仕事についたことがない。だから、彼女はこの先の人生に不安を抱いていた。たった一年分の金で、その一年で仕事が見つからなかったらどうなるんだろうと思ったからだ。
だが、身請けとなれば、娼館を出た後には。彼女が今までに見たことがある身請けをしてもらった娼婦は、その男性と結婚をしていたが……。
「その、あなたのところに行って……わたしは何をすればいいの?」
「うーん、あのね」
コンラートの前にバネッサはカップを置いた。それを飲みながら、呑気に答えるコンラート。
「わたしは、あなたのことが好きなようで……とはいっても、多分なんだけど。その、今まで、女の人を好きになったことがなくて……これが、そうなのかなって思っているんだけど……」
バネッサは突然のことに言葉を失って、コンラートから目を逸らす。
「そ、れは、違うん、じゃないかしら……?」
「どうして?」
どくん、どくん、と鼓動が高鳴ることに気づくバネッサ。それを、鎮まれと何度も念じながら、言葉をなんとか紡ぎ出す。
「その、セックスの、相性がいいからって……その」
「どうして? 何もしてなくたって、あなたのことを可愛いって思ってるのに? ね、こっち向いて?」
バネッサはおずおずとコンラートのほうへ視線を戻す。
「あなたは、わたしの命の恩人で、セックスを教えてくれた人で、この町のことも色々教えてくれた人で……えーと、それから……それ以外はそんなにないけど、身請けしたいと思ったから」
彼のおぼつかない言葉を聞いて、バネッサは目を丸くする。それらのことはきちんとした説明になっていない、と思う。
「で、でも、身請けするのって、お金が相当いるんじゃないかしら? その、わたしなら、あと数年も働けば、どうにか辞められそうな気がするから……」
だから、あなたが金を出す必要はないのよ、とバネッサは言葉を続けようとした。しかし、コンラートがそれを遮る。
「駄目。あなたがわたしのものだって、みんなに知ってもらいたいから。だから、わたしがあなたを身請けしたいんです」
「みんなって?」
「えーーーっと……とにかく、みんな。わたしがあなたを身請けをしたことを知ることが出来るすべての人。それから、その後あなたとわたしに関わるすべての人に」
そう言われてしまうと、何も言葉が出ない。バネッサは頬を紅潮させて黙り込む。コンラートは彼女のその様子を見て、少し悲し気な声を出した。
「ねえ、それとも嫌なのかな? わたしに身請けされたくない? 正直に教えて」
「……わからないの」
「どうして?」
「わたしが……その……あなたのことを好きなのかどうか……」
そう言ってバネッサは再び口を閉ざす。彼女の言葉を聞いて、コンラートは「わあ」と声をあげた。
「それは大事なことだね? そうか。そりゃそうだなぁ……まいったな。そりゃそうだ。あなたはわたしのことが好きじゃないの?」
少しばかり呑気な声音でコンラートは尋ねる。しかし、バネッサは彼の問いにすぐに返事を出来なかった。
――あなたはわたしのことが好きじゃないの?――
しみじみと彼にそう聞かれれば、バネッサは困惑する。
彼のことは嫌いではない。いや、むしろ好きだ。こうやって毎日会いに来てくれて、ただ話をするだけで彼は帰ってしまうけれど、それでも毎晩「今日は何時に来るんだろう」と思えばそわそわするし、彼の疲れを少しでも癒したいと思って、柄にもなく茶を選んだりもする。それらは、娼婦としての嗜みだったり、客へのサービスとも言えるが、それに伴う心の動きは「そうではない」と彼女に告げていた。
ずっとこの娼館で、ひたすら夢だけを見ていた気がする。けれど、夢から覚めようとしている今ですら、彼の言葉は彼女に夢を与えてくれる。それが現実にあることだと教えてくれて、手を伸ばしてくれる彼を、じっとバネッサは見た。
そうだ。とっくにバネッサはコンラートのことが好きだ。なんだかつかみどころがなくて、どこかふわふわして。それも魔塔の主としては当然なのかもしれないが、言葉にすれば「なんだか浮世離れしている」ような人。
けれども、そんな彼と自分が釣り合うとも思えない。あの日、彼を助けただけ。そして、お礼をされただけ。それだけで十分ではないかとすら思ってしまう。身請けということは、自分は「彼のもの」になるということだ。
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