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11-1.揺れる心(1)
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コンラートが来る時刻まで、まだまだ時間がある。バネッサは娼館の受付横にある待機所に足を運んで、そこで待っている後輩の娼婦たちと話をしていた。
もうそろそろ部屋に戻ろうか……バネッサがそう思った頃、娼館の部屋側から足音をたてて男が一人歩いて来る。その後ろから、この娼館に入ってまだ半年の新米娼婦が追いすがっている様子が見えた。
「何かあったのかしら……」
そちら側からそんな風に男女が来るのは、トラブルがあった時だとみなわかっている。なぜなら、入口と出口は別だからだ。待機所にいる娼婦たちの間に緊張が走る。すると、男は受付で大声で叫んだ。
「おい! 女を変えろ! こいつじゃ駄目だ!」
「どうなさいましたか」
「こんな垢ぬけない女じゃ、勃つもんも勃たねえよ! それをどうにかするのが娼婦だろうがよ。だってのに、なんも出来ねぇんだよ、この女は!」
酷い言いようだ。彼を追いかけて来た新米の娼婦は、彼にそう言われるほど垢ぬけていないわけではない。むしろ、可愛らしい顔立ちで、初々しさがある。だが、彼女がここ一ヶ月はどうにも売り上げをあげられず、毎日待機所にいたことをバネッサは知っている。
「ティールさん、お願い、もう一度だけチャンスを頂戴……」
「うるせぇな!」
待機所にいた一人の娼婦がバネッサに「あの男、えらく酔ってるわね」と囁いた。そもそも、この娼館には夜遅く酒に酔いながら入って来る男もいる。が、一定以上酔っている場合は、受付で断られる。当然、中で問題を起こされたくないからだ。
予約を前もってしていた者でも、泥酔をしていればその日は受付で止められキャンセルとなる。勿論、いくらかの酒は部屋でも振る舞うが、そう多くは酒を置いていない。ということは、その男が余程酒に弱いのか、あるいは……。
「わたし、見てたのよ。あの男、受付で止められていたのに、そこにフリーデが来て『予約を入れてくれていたんだから』って無理矢理通したのよ」
「それって……」
本当はよろしくない行為だ。受付が止めようとしていたのに、予約をしてもらっていたフリーデ本人が無理矢理通したということだ。しかし、バネッサはなんとなく「わかる」気がした。
半泣きで男にすがっているフリーデにとって、彼はきっといつもは良い上客なのだろう。売り上げが芳しくない彼女がそうまでして彼の予約を通したのは、きっと彼の機嫌を損ねたくなかったからだ。だが、酔った男は彼女のおかげで通してもらったと言うのに、その彼女にクレームをつけてしまっている。
「今日、女主人は?」
バネッサが待機所の娼婦に聞けば、首を横に振る。どうやら、今日はもうひとつの娼館に行っているらしい。勿論代理人が受付の奥にいるはずだが、代理人は案外事なかれ主義。これだけ大きな声で男がわめいていても見に来ないのだから、受付で対応しろ、ということなのだろう。
「ね、ティールさん、部屋に戻りましょ……わたし、頑張るから……」
よくない、とバネッサは思う。頑張るから、なんて宣言を酔っ払いの前ですることは、あまり褒められた話ではない。しかも、怒っている相手に。バネッサは待機所からするりと抜けて、揉めている二人に足早に近づいた。
「うるっせーな! もうお前は取らないからな!」
「そ、そんな……」
きっと、普段も少しは暴力的なことをしているような男だったに違いない。それが、泥酔をしてしまっているから余計に荒っぽくなる。この手の男をバネッサは知っていた。金なら出す。だから、好きにさせろと言うタイプだ。
「いいから離せつってんだ!」
「でも……!」
受付の者が「お客様、おやめください」と止めに入ろうとして、おろおろとしている。今日の受付当番もまた、どうにも強く出られない人間だ。フリーデは男の腕にしがみついて泣いているし、男は怒声を放つし、散々な状況だ。
「てめぇ、いい加減にしろっつってんだろ!」
次の瞬間、男の手があがり、パン!と派手な音がその場に響いた。
もうそろそろ部屋に戻ろうか……バネッサがそう思った頃、娼館の部屋側から足音をたてて男が一人歩いて来る。その後ろから、この娼館に入ってまだ半年の新米娼婦が追いすがっている様子が見えた。
「何かあったのかしら……」
そちら側からそんな風に男女が来るのは、トラブルがあった時だとみなわかっている。なぜなら、入口と出口は別だからだ。待機所にいる娼婦たちの間に緊張が走る。すると、男は受付で大声で叫んだ。
「おい! 女を変えろ! こいつじゃ駄目だ!」
「どうなさいましたか」
「こんな垢ぬけない女じゃ、勃つもんも勃たねえよ! それをどうにかするのが娼婦だろうがよ。だってのに、なんも出来ねぇんだよ、この女は!」
酷い言いようだ。彼を追いかけて来た新米の娼婦は、彼にそう言われるほど垢ぬけていないわけではない。むしろ、可愛らしい顔立ちで、初々しさがある。だが、彼女がここ一ヶ月はどうにも売り上げをあげられず、毎日待機所にいたことをバネッサは知っている。
「ティールさん、お願い、もう一度だけチャンスを頂戴……」
「うるせぇな!」
待機所にいた一人の娼婦がバネッサに「あの男、えらく酔ってるわね」と囁いた。そもそも、この娼館には夜遅く酒に酔いながら入って来る男もいる。が、一定以上酔っている場合は、受付で断られる。当然、中で問題を起こされたくないからだ。
予約を前もってしていた者でも、泥酔をしていればその日は受付で止められキャンセルとなる。勿論、いくらかの酒は部屋でも振る舞うが、そう多くは酒を置いていない。ということは、その男が余程酒に弱いのか、あるいは……。
「わたし、見てたのよ。あの男、受付で止められていたのに、そこにフリーデが来て『予約を入れてくれていたんだから』って無理矢理通したのよ」
「それって……」
本当はよろしくない行為だ。受付が止めようとしていたのに、予約をしてもらっていたフリーデ本人が無理矢理通したということだ。しかし、バネッサはなんとなく「わかる」気がした。
半泣きで男にすがっているフリーデにとって、彼はきっといつもは良い上客なのだろう。売り上げが芳しくない彼女がそうまでして彼の予約を通したのは、きっと彼の機嫌を損ねたくなかったからだ。だが、酔った男は彼女のおかげで通してもらったと言うのに、その彼女にクレームをつけてしまっている。
「今日、女主人は?」
バネッサが待機所の娼婦に聞けば、首を横に振る。どうやら、今日はもうひとつの娼館に行っているらしい。勿論代理人が受付の奥にいるはずだが、代理人は案外事なかれ主義。これだけ大きな声で男がわめいていても見に来ないのだから、受付で対応しろ、ということなのだろう。
「ね、ティールさん、部屋に戻りましょ……わたし、頑張るから……」
よくない、とバネッサは思う。頑張るから、なんて宣言を酔っ払いの前ですることは、あまり褒められた話ではない。しかも、怒っている相手に。バネッサは待機所からするりと抜けて、揉めている二人に足早に近づいた。
「うるっせーな! もうお前は取らないからな!」
「そ、そんな……」
きっと、普段も少しは暴力的なことをしているような男だったに違いない。それが、泥酔をしてしまっているから余計に荒っぽくなる。この手の男をバネッサは知っていた。金なら出す。だから、好きにさせろと言うタイプだ。
「いいから離せつってんだ!」
「でも……!」
受付の者が「お客様、おやめください」と止めに入ろうとして、おろおろとしている。今日の受付当番もまた、どうにも強く出られない人間だ。フリーデは男の腕にしがみついて泣いているし、男は怒声を放つし、散々な状況だ。
「てめぇ、いい加減にしろっつってんだろ!」
次の瞬間、男の手があがり、パン!と派手な音がその場に響いた。
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