世間知らずの魔塔主は優しい娼婦を溺愛する

今泉香耶

文字の大きさ
30 / 74

11-2.揺れる心(2)

しおりを挟む
◆◆◆◆◆◆

「バネッサ。その頬はどうしたんですか!」

 開口一番。バネッサは苦笑いをコンラートに見せる。

 あの後、フリーデの客の平手うちをくらったのはバネッサだった。彼女の右頬は赤く腫れており、綺麗な顔が台無しだ。

「ごめんなさいね。ちょっと、恥ずかしい顔で……本当はあなたをお断りしようかと思ったんだけど……」

「待って。今、治しますから」

「えっ?」

 コンラートは手を差し出す。バネッサの頬に触れるか触れないかの距離に手のひらをかざし、呪文を唱えた。バネッサの視界に、なんとなく光が差し込む。そして、頬に温かさを感じ、そっと瞳を閉じた。

「治りましたよ」

「本当……?」

 バネッサはチェストの中に入っている手鏡を取り出し、恐る恐る覗いた。コンラートの治癒魔法は完璧だ。そこに映っている自分はいつも通りの自分だった。頬はまったく腫れていない。

「ありがとう……」

 腫れた頬を見せたことが今更ながら恥ずかしくなってきて、バネッサは消え入りそうな声でそう告げた。すると、コンラートは彼女の頬を指先で触れ、何度も撫でる。それから、そっとその頬にキスをして、唇を離したと思えば再びキス。バネッサは為されるがままになっていた。

「一体どうしたんですか」

「ちょっと、後輩の子とお客さんが揉めていてね……部屋の中じゃなくて受付あたりだったから、やりとりをしているのが待機所から聞こえて……」

 コンラートの表情が曇る。

「お客さんが、お酒に酔っていてね。一方的に怒鳴られていて……それで……彼女に手をあげたの」

「その、身代わりになったんですか。間に入って?」

「そう」

 バネッサは目を逸らした。コンラートはきっと呆れていると思ったからだ。彼女のその想像は正しく、彼は「はあ~」と深いため息をついた。なんだか言い訳をしなければ、と思ってバネッサは必死に言葉を紡ぐ。

「その、でもね。その子、今月売り上げがあまりあがっていなくて……そんな状態なのに、ほっぺたが腫れちゃったら、お客さんもつかないでしょ。でも……わたしなら、こうやってあなたが治してくれるし……」

「バネッサ」

 そのコンラートの声音は低い。

「わたしが治すから、あなたが傷ついていいって? そんな馬鹿なことがあっていいわけないでしょう。わたしが治癒魔法を使えるから、あなたが痛い思いをしてもいいって? そんなわけ、ないでしょう! だったら、わたしは治癒魔法を使えなくなってもいい……」

「……ごめん、なさい。違うの、言葉のあやよ……」

「バネッサ」

 しかし、彼の声音は険しい。それを察して、バネッサはつい声を荒げた。

「でも……! でも、助けてあげたくなったのよ! だって、あの子はまだ娼婦になって半年も経ってないの。まだ、誰かが守ってあげなくちゃ駄目な時期だと思う……」

 そのバネッサの発言に、コンラートは更に深いため息をついた。

「うーん、よくわからないな……あなたがそうすることで、その子を助けることで、何かいいことがあるんですか? 娼婦が一人減ったらあなたが大変になる? そんなことはないでしょう? それとも、うーん、教育係みたいなもの? それにあなたはなってるとか……そういうことですか?」

「違うわ」

 そんなものではない。確かにコンラートが言う通りなのはバネッサにもわかる。自分があそこで出ていく必要はなかった。それも理解をしている。けれど、彼女は自分が割り込んで頬を打たれたことを後悔はしていない。

「わたし、駄目なのよ」

 肩を竦めるバネッサ。

「自分なら耐えられるから、自分ならどうってことないから……って思っちゃうのよね……だから、つい、庇ってしまったの……本当はよくないって思っても、一度ぐらいは助けてあげたくなっちゃうのよ。馬鹿みたいよね。そんな正義感みたいなものを振りかざすなんて……たかが娼婦が……」

「耐えられる? どうってことない? 何を言ってるんですか。あんなに頬を腫れさせて、痛くないわけないでしょう?」

 コンラートは両腕でバネッサの二の腕を掴み、軽く揺すった。見れば、彼はそれまで見せたことがない、少し情けない、悲しそうな表情だ。ああ、自分のせいで彼にこんな顔をさせてしまったなんて……そう思った途端、バネッサの両目に涙が浮かんできた。

「駄目なの。わたし。本当に……そうよね。そうなの。だから、母さんのことも……」

「バネッサ?」

「庇わなくても大丈夫だったんだって、あとでわかったの。でも、駄目なの。誰かが傷つくなら、わたしが我慢すればいいやって思っちゃうのよ……馬鹿みたい。ううん、わたし、馬鹿なんだわ……ごめんなさい。あなたがそんなに悲しそうな顔をするとは思っていなかったのよ」

 その声音には元気がない。それに気付いたのか、コンラートは彼女の腕から手を離してそのまま彼女を胸に抱いた。何も言わずにそっと彼女の肩にことんと額をつける。そんな彼には申し訳ないと思ったが、バネッサは静かに言葉を続けた。

「でも、わたし、後悔はしてないのよ。わたしが自分で決めたことだから。だけど……多分、今回はあなたに甘えていたのね……ごめんなさい。あなたに治してもらえるなんて思っていなかったけど……少し考えればわかることだったわ」

 コンラートは深く息を吐いた。

「はあーーーーーー! そういう所ではない所で甘えて欲しいんですけど!」

 そう言って、彼はもう一度彼女を強く抱く。少しだけ苦しい、とバネッサは思いながらも、ほっと息を吐いた。背に回された彼の腕に拘束されているような気持ちになる。だが、その息苦しさが少しだけ心地よい。

「甘えているじゃない。いつだって」

「本当ですか」

「本当よ。わたし、あなたにずっと甘えているわ」

「ううん、それはちょっとわからないんですが……」

 そう言って、ようやく腕の力を緩めるコンラート。バネッサが見上げれば、彼は少しだけ口をへの字に曲げて、何やら考えているようだった。

「コンラート?」

「決めた。決めました」

「なにを?」

「あなたが何を言おうと、あなたを身請けします。まず、とにかくこの娼館を出ましょう。あなたをちょっとでも傷つける者と接触させたくない。ああ、もう本当に嫌だな……ああ、やっぱり魔塔に連れて行って……朝から晩までわたしの隣で過ごしてくれますか? それとも……」

 彼の口からどんどん並べられる言葉を聞いて、ぎょっとするバネッサ。

「コンラート、ちょっと待って」

「待ちませんよ」

「あなたが言ってることは、子供を守ろうとして家から出さない親の言い分と変わらないわ」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)
恋愛
隣人である小野寺翔は完璧な美貌、甘いマスク、高身長、高所得者、社交的で周囲にほぼ敵なしのハイスペック。 そんな男性の隣に住むことになりやたらと絡まれ、何かを含む甘い眼差しを向けられることに。 極めつけは微妙なネジの外れ具合。 それはどうやら私、藤宮千幸に対してのみ発揮されているみたいで。 なんて、はた迷惑なっ! 過去作を改稿。変甘です! イラストは友人kouma.作です♪

英雄騎士様の褒賞になりました

マチバリ
恋愛
ドラゴンを倒した騎士リュートが願ったのは、王女セレンとの一夜だった。 騎士×王女の短いお話です。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

処理中です...