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11-2.揺れる心(2)
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◆◆◆◆◆◆
「バネッサ。その頬はどうしたんですか!」
開口一番。バネッサは苦笑いをコンラートに見せる。
あの後、フリーデの客の平手うちをくらったのはバネッサだった。彼女の右頬は赤く腫れており、綺麗な顔が台無しだ。
「ごめんなさいね。ちょっと、恥ずかしい顔で……本当はあなたをお断りしようかと思ったんだけど……」
「待って。今、治しますから」
「えっ?」
コンラートは手を差し出す。バネッサの頬に触れるか触れないかの距離に手のひらをかざし、呪文を唱えた。バネッサの視界に、なんとなく光が差し込む。そして、頬に温かさを感じ、そっと瞳を閉じた。
「治りましたよ」
「本当……?」
バネッサはチェストの中に入っている手鏡を取り出し、恐る恐る覗いた。コンラートの治癒魔法は完璧だ。そこに映っている自分はいつも通りの自分だった。頬はまったく腫れていない。
「ありがとう……」
腫れた頬を見せたことが今更ながら恥ずかしくなってきて、バネッサは消え入りそうな声でそう告げた。すると、コンラートは彼女の頬を指先で触れ、何度も撫でる。それから、そっとその頬にキスをして、唇を離したと思えば再びキス。バネッサは為されるがままになっていた。
「一体どうしたんですか」
「ちょっと、後輩の子とお客さんが揉めていてね……部屋の中じゃなくて受付あたりだったから、やりとりをしているのが待機所から聞こえて……」
コンラートの表情が曇る。
「お客さんが、お酒に酔っていてね。一方的に怒鳴られていて……それで……彼女に手をあげたの」
「その、身代わりになったんですか。間に入って?」
「そう」
バネッサは目を逸らした。コンラートはきっと呆れていると思ったからだ。彼女のその想像は正しく、彼は「はあ~」と深いため息をついた。なんだか言い訳をしなければ、と思ってバネッサは必死に言葉を紡ぐ。
「その、でもね。その子、今月売り上げがあまりあがっていなくて……そんな状態なのに、ほっぺたが腫れちゃったら、お客さんもつかないでしょ。でも……わたしなら、こうやってあなたが治してくれるし……」
「バネッサ」
そのコンラートの声音は低い。
「わたしが治すから、あなたが傷ついていいって? そんな馬鹿なことがあっていいわけないでしょう。わたしが治癒魔法を使えるから、あなたが痛い思いをしてもいいって? そんなわけ、ないでしょう! だったら、わたしは治癒魔法を使えなくなってもいい……」
「……ごめん、なさい。違うの、言葉のあやよ……」
「バネッサ」
しかし、彼の声音は険しい。それを察して、バネッサはつい声を荒げた。
「でも……! でも、助けてあげたくなったのよ! だって、あの子はまだ娼婦になって半年も経ってないの。まだ、誰かが守ってあげなくちゃ駄目な時期だと思う……」
そのバネッサの発言に、コンラートは更に深いため息をついた。
「うーん、よくわからないな……あなたがそうすることで、その子を助けることで、何かいいことがあるんですか? 娼婦が一人減ったらあなたが大変になる? そんなことはないでしょう? それとも、うーん、教育係みたいなもの? それにあなたはなってるとか……そういうことですか?」
「違うわ」
そんなものではない。確かにコンラートが言う通りなのはバネッサにもわかる。自分があそこで出ていく必要はなかった。それも理解をしている。けれど、彼女は自分が割り込んで頬を打たれたことを後悔はしていない。
「わたし、駄目なのよ」
肩を竦めるバネッサ。
「自分なら耐えられるから、自分ならどうってことないから……って思っちゃうのよね……だから、つい、庇ってしまったの……本当はよくないって思っても、一度ぐらいは助けてあげたくなっちゃうのよ。馬鹿みたいよね。そんな正義感みたいなものを振りかざすなんて……たかが娼婦が……」
「耐えられる? どうってことない? 何を言ってるんですか。あんなに頬を腫れさせて、痛くないわけないでしょう?」
コンラートは両腕でバネッサの二の腕を掴み、軽く揺すった。見れば、彼はそれまで見せたことがない、少し情けない、悲しそうな表情だ。ああ、自分のせいで彼にこんな顔をさせてしまったなんて……そう思った途端、バネッサの両目に涙が浮かんできた。
「駄目なの。わたし。本当に……そうよね。そうなの。だから、母さんのことも……」
「バネッサ?」
「庇わなくても大丈夫だったんだって、あとでわかったの。でも、駄目なの。誰かが傷つくなら、わたしが我慢すればいいやって思っちゃうのよ……馬鹿みたい。ううん、わたし、馬鹿なんだわ……ごめんなさい。あなたがそんなに悲しそうな顔をするとは思っていなかったのよ」
その声音には元気がない。それに気付いたのか、コンラートは彼女の腕から手を離してそのまま彼女を胸に抱いた。何も言わずにそっと彼女の肩にことんと額をつける。そんな彼には申し訳ないと思ったが、バネッサは静かに言葉を続けた。
「でも、わたし、後悔はしてないのよ。わたしが自分で決めたことだから。だけど……多分、今回はあなたに甘えていたのね……ごめんなさい。あなたに治してもらえるなんて思っていなかったけど……少し考えればわかることだったわ」
コンラートは深く息を吐いた。
「はあーーーーーー! そういう所ではない所で甘えて欲しいんですけど!」
そう言って、彼はもう一度彼女を強く抱く。少しだけ苦しい、とバネッサは思いながらも、ほっと息を吐いた。背に回された彼の腕に拘束されているような気持ちになる。だが、その息苦しさが少しだけ心地よい。
「甘えているじゃない。いつだって」
「本当ですか」
「本当よ。わたし、あなたにずっと甘えているわ」
「ううん、それはちょっとわからないんですが……」
そう言って、ようやく腕の力を緩めるコンラート。バネッサが見上げれば、彼は少しだけ口をへの字に曲げて、何やら考えているようだった。
「コンラート?」
「決めた。決めました」
「なにを?」
「あなたが何を言おうと、あなたを身請けします。まず、とにかくこの娼館を出ましょう。あなたをちょっとでも傷つける者と接触させたくない。ああ、もう本当に嫌だな……ああ、やっぱり魔塔に連れて行って……朝から晩までわたしの隣で過ごしてくれますか? それとも……」
彼の口からどんどん並べられる言葉を聞いて、ぎょっとするバネッサ。
「コンラート、ちょっと待って」
「待ちませんよ」
「あなたが言ってることは、子供を守ろうとして家から出さない親の言い分と変わらないわ」
「バネッサ。その頬はどうしたんですか!」
開口一番。バネッサは苦笑いをコンラートに見せる。
あの後、フリーデの客の平手うちをくらったのはバネッサだった。彼女の右頬は赤く腫れており、綺麗な顔が台無しだ。
「ごめんなさいね。ちょっと、恥ずかしい顔で……本当はあなたをお断りしようかと思ったんだけど……」
「待って。今、治しますから」
「えっ?」
コンラートは手を差し出す。バネッサの頬に触れるか触れないかの距離に手のひらをかざし、呪文を唱えた。バネッサの視界に、なんとなく光が差し込む。そして、頬に温かさを感じ、そっと瞳を閉じた。
「治りましたよ」
「本当……?」
バネッサはチェストの中に入っている手鏡を取り出し、恐る恐る覗いた。コンラートの治癒魔法は完璧だ。そこに映っている自分はいつも通りの自分だった。頬はまったく腫れていない。
「ありがとう……」
腫れた頬を見せたことが今更ながら恥ずかしくなってきて、バネッサは消え入りそうな声でそう告げた。すると、コンラートは彼女の頬を指先で触れ、何度も撫でる。それから、そっとその頬にキスをして、唇を離したと思えば再びキス。バネッサは為されるがままになっていた。
「一体どうしたんですか」
「ちょっと、後輩の子とお客さんが揉めていてね……部屋の中じゃなくて受付あたりだったから、やりとりをしているのが待機所から聞こえて……」
コンラートの表情が曇る。
「お客さんが、お酒に酔っていてね。一方的に怒鳴られていて……それで……彼女に手をあげたの」
「その、身代わりになったんですか。間に入って?」
「そう」
バネッサは目を逸らした。コンラートはきっと呆れていると思ったからだ。彼女のその想像は正しく、彼は「はあ~」と深いため息をついた。なんだか言い訳をしなければ、と思ってバネッサは必死に言葉を紡ぐ。
「その、でもね。その子、今月売り上げがあまりあがっていなくて……そんな状態なのに、ほっぺたが腫れちゃったら、お客さんもつかないでしょ。でも……わたしなら、こうやってあなたが治してくれるし……」
「バネッサ」
そのコンラートの声音は低い。
「わたしが治すから、あなたが傷ついていいって? そんな馬鹿なことがあっていいわけないでしょう。わたしが治癒魔法を使えるから、あなたが痛い思いをしてもいいって? そんなわけ、ないでしょう! だったら、わたしは治癒魔法を使えなくなってもいい……」
「……ごめん、なさい。違うの、言葉のあやよ……」
「バネッサ」
しかし、彼の声音は険しい。それを察して、バネッサはつい声を荒げた。
「でも……! でも、助けてあげたくなったのよ! だって、あの子はまだ娼婦になって半年も経ってないの。まだ、誰かが守ってあげなくちゃ駄目な時期だと思う……」
そのバネッサの発言に、コンラートは更に深いため息をついた。
「うーん、よくわからないな……あなたがそうすることで、その子を助けることで、何かいいことがあるんですか? 娼婦が一人減ったらあなたが大変になる? そんなことはないでしょう? それとも、うーん、教育係みたいなもの? それにあなたはなってるとか……そういうことですか?」
「違うわ」
そんなものではない。確かにコンラートが言う通りなのはバネッサにもわかる。自分があそこで出ていく必要はなかった。それも理解をしている。けれど、彼女は自分が割り込んで頬を打たれたことを後悔はしていない。
「わたし、駄目なのよ」
肩を竦めるバネッサ。
「自分なら耐えられるから、自分ならどうってことないから……って思っちゃうのよね……だから、つい、庇ってしまったの……本当はよくないって思っても、一度ぐらいは助けてあげたくなっちゃうのよ。馬鹿みたいよね。そんな正義感みたいなものを振りかざすなんて……たかが娼婦が……」
「耐えられる? どうってことない? 何を言ってるんですか。あんなに頬を腫れさせて、痛くないわけないでしょう?」
コンラートは両腕でバネッサの二の腕を掴み、軽く揺すった。見れば、彼はそれまで見せたことがない、少し情けない、悲しそうな表情だ。ああ、自分のせいで彼にこんな顔をさせてしまったなんて……そう思った途端、バネッサの両目に涙が浮かんできた。
「駄目なの。わたし。本当に……そうよね。そうなの。だから、母さんのことも……」
「バネッサ?」
「庇わなくても大丈夫だったんだって、あとでわかったの。でも、駄目なの。誰かが傷つくなら、わたしが我慢すればいいやって思っちゃうのよ……馬鹿みたい。ううん、わたし、馬鹿なんだわ……ごめんなさい。あなたがそんなに悲しそうな顔をするとは思っていなかったのよ」
その声音には元気がない。それに気付いたのか、コンラートは彼女の腕から手を離してそのまま彼女を胸に抱いた。何も言わずにそっと彼女の肩にことんと額をつける。そんな彼には申し訳ないと思ったが、バネッサは静かに言葉を続けた。
「でも、わたし、後悔はしてないのよ。わたしが自分で決めたことだから。だけど……多分、今回はあなたに甘えていたのね……ごめんなさい。あなたに治してもらえるなんて思っていなかったけど……少し考えればわかることだったわ」
コンラートは深く息を吐いた。
「はあーーーーーー! そういう所ではない所で甘えて欲しいんですけど!」
そう言って、彼はもう一度彼女を強く抱く。少しだけ苦しい、とバネッサは思いながらも、ほっと息を吐いた。背に回された彼の腕に拘束されているような気持ちになる。だが、その息苦しさが少しだけ心地よい。
「甘えているじゃない。いつだって」
「本当ですか」
「本当よ。わたし、あなたにずっと甘えているわ」
「ううん、それはちょっとわからないんですが……」
そう言って、ようやく腕の力を緩めるコンラート。バネッサが見上げれば、彼は少しだけ口をへの字に曲げて、何やら考えているようだった。
「コンラート?」
「決めた。決めました」
「なにを?」
「あなたが何を言おうと、あなたを身請けします。まず、とにかくこの娼館を出ましょう。あなたをちょっとでも傷つける者と接触させたくない。ああ、もう本当に嫌だな……ああ、やっぱり魔塔に連れて行って……朝から晩までわたしの隣で過ごしてくれますか? それとも……」
彼の口からどんどん並べられる言葉を聞いて、ぎょっとするバネッサ。
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