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12-2.カサンドラ(2)
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(わたし、気持ちが弱ってる)
大丈夫だと思っていたのに。夢から覚めてしまっても、きっとどうにかなると思っていたはずなのに。だから、自分で『預け』を貯めていた。覚悟は出来ていたはずなのに。
(なのに、もしも身請けをしてもらった後に、あの人に捨てられたらと思うと……)
胸の奥が痛む。彼の言葉を疑っているわけではない。彼は間違いなく自分のことを好きなのだ。だから、身請けをする。それだけは理解をした。けれど、その先の未来に不安を抱いている。今ではない、この先。誰もわかるはずがない未来のこと。
カサンドラは黙ってしまったバネッサをじっと見て「重症ね」と言った。その言葉にはっとなって顔をあげるバネッサ。自分が顔をあげたことで、彼女は「ああ、わたし、俯いていたんだわ」と初めて気付く。
「カサンドラ……あの人、わたしを好きって言ってくれるの。だけど、それがどうしてもわからなくて。だって、彼はなんでも出来て……すごい人で……わたしなんかを見初めてくれるような人ではないはずなんですもの。彼も夢を見ているんだわ、きっと」
そう口にしたら、それらの言葉はバネッサ自身の心に深く突き刺さる。カサンドラは、ぱちぱちと瞬いてから「ねぇ」とバネッサの顔を覗き込んだ。
「じゃ、あなたは? その男のこと、好きなのぉ?」
「わたし……」
自分はコンラートをどう思っているのか。好きだ。好きに決まっている。バネッサはそう言おうとして、一度唇を軽く開いてから、ぎゅっと閉じた。
本当にそうなんだろうか。夢を見たくて、そう思い込んでいたのではないか。彼に通って欲しいとだけ思っていたのではないか……心が揺らぐ。
「ね、バネッサ、どうして? お相手がどこの誰かは知らないけど、その人がどういう人だろうが、あなたの気持ちはあなたのものでしょう? ただ考えてごらんなさいよぉ」
「えっ?」
「その人が、他の女性と歩いている姿を想像してみなさい。自分が娼婦だろうがなんだろうが関係なしにさ。そして、それを別になんとも思わないなら、好きなわけじゃないのよぉ。それは、みんな一緒。口では男の浮気を許している女だって、誰だろうが、一緒なのよ……」
そう言われて、バネッサは考えた。コンラートは自分以外の女性を抱けなかったと言っていた。その時はまだ彼女は自分の心がよくわかっていなかった。けれど、彼がもしも、誰かほかの女性を抱いていたら。
今そうやってしみじみと考えたら。ああ、嫌だ。自分以外の女性に彼が触れて抱いているなんて。彼の自由だとは思うけれど、それでも……!
「あっ……」
バネッサの瞳から、ほろほろと大粒の涙が溢れだす。そんな自分自身に驚き、口を半開きにしてカサンドラを見れば、彼女は艶やかに微笑んだ。
「そういうことよ、バネッサ。それに、あなた、その男がどうして自分のことを好きなのかわからないって言ってたけど……恋とか愛に、理由なんて簡単に言葉に出来やしないものよ。あなた、本当は恋愛をしたことないんでしょ?」
「う……」
図星だ。そう思うと、バネッサは頬を紅潮させる。ああ、コンラートのことを、あの日まで童貞だった男として扱っていたけれど、色恋に関しては自分も同じだとその時初めて気付いた。
14歳までに、彼女は初恋を経験しなかった。そんな暇はなかった。そして、娼館に入ってからは、先輩たちに口酸っぱく「簡単に男に落ちるんじゃない。お前が落とすんだ」と言われ続けて気がつけば今だ。
「理由を求めるなんて、馬鹿馬鹿しいわ。でもね、お互いに色恋に落ちている状態で身請けだなんて、そんな幸運はなかなかないのよ。あなた、日ごろの行いいいものね? うふふ」
そう言ってカサンドラは鮮やかに微笑んだ。その微笑みを見たバネッサは、ああ、確かに彼女がこの娼館での一番手だ。だって、その笑みだけで、いくらでも金貨を払える気がする……そんなどうしようもないことを考えた。
「あなた、綺麗ね。カサンドラ」
「あら。ありがとう」
「綺麗だわ」
「うふふ。嬉しいわ」
そう言ってカサンドラはバネッサの背を軽く擦る。綺麗だ、と何度も言いながら、バネッサの脳裏にはコンラートの姿ばかりが浮かんでいた。彼に、可愛いと言われたい。綺麗と言われたい。優しくされたい。ああ、そうだ。何にせよ、自分は彼に会いたいのだ……そう思いながら、彼女は涙をぬぐった。
大丈夫だと思っていたのに。夢から覚めてしまっても、きっとどうにかなると思っていたはずなのに。だから、自分で『預け』を貯めていた。覚悟は出来ていたはずなのに。
(なのに、もしも身請けをしてもらった後に、あの人に捨てられたらと思うと……)
胸の奥が痛む。彼の言葉を疑っているわけではない。彼は間違いなく自分のことを好きなのだ。だから、身請けをする。それだけは理解をした。けれど、その先の未来に不安を抱いている。今ではない、この先。誰もわかるはずがない未来のこと。
カサンドラは黙ってしまったバネッサをじっと見て「重症ね」と言った。その言葉にはっとなって顔をあげるバネッサ。自分が顔をあげたことで、彼女は「ああ、わたし、俯いていたんだわ」と初めて気付く。
「カサンドラ……あの人、わたしを好きって言ってくれるの。だけど、それがどうしてもわからなくて。だって、彼はなんでも出来て……すごい人で……わたしなんかを見初めてくれるような人ではないはずなんですもの。彼も夢を見ているんだわ、きっと」
そう口にしたら、それらの言葉はバネッサ自身の心に深く突き刺さる。カサンドラは、ぱちぱちと瞬いてから「ねぇ」とバネッサの顔を覗き込んだ。
「じゃ、あなたは? その男のこと、好きなのぉ?」
「わたし……」
自分はコンラートをどう思っているのか。好きだ。好きに決まっている。バネッサはそう言おうとして、一度唇を軽く開いてから、ぎゅっと閉じた。
本当にそうなんだろうか。夢を見たくて、そう思い込んでいたのではないか。彼に通って欲しいとだけ思っていたのではないか……心が揺らぐ。
「ね、バネッサ、どうして? お相手がどこの誰かは知らないけど、その人がどういう人だろうが、あなたの気持ちはあなたのものでしょう? ただ考えてごらんなさいよぉ」
「えっ?」
「その人が、他の女性と歩いている姿を想像してみなさい。自分が娼婦だろうがなんだろうが関係なしにさ。そして、それを別になんとも思わないなら、好きなわけじゃないのよぉ。それは、みんな一緒。口では男の浮気を許している女だって、誰だろうが、一緒なのよ……」
そう言われて、バネッサは考えた。コンラートは自分以外の女性を抱けなかったと言っていた。その時はまだ彼女は自分の心がよくわかっていなかった。けれど、彼がもしも、誰かほかの女性を抱いていたら。
今そうやってしみじみと考えたら。ああ、嫌だ。自分以外の女性に彼が触れて抱いているなんて。彼の自由だとは思うけれど、それでも……!
「あっ……」
バネッサの瞳から、ほろほろと大粒の涙が溢れだす。そんな自分自身に驚き、口を半開きにしてカサンドラを見れば、彼女は艶やかに微笑んだ。
「そういうことよ、バネッサ。それに、あなた、その男がどうして自分のことを好きなのかわからないって言ってたけど……恋とか愛に、理由なんて簡単に言葉に出来やしないものよ。あなた、本当は恋愛をしたことないんでしょ?」
「う……」
図星だ。そう思うと、バネッサは頬を紅潮させる。ああ、コンラートのことを、あの日まで童貞だった男として扱っていたけれど、色恋に関しては自分も同じだとその時初めて気付いた。
14歳までに、彼女は初恋を経験しなかった。そんな暇はなかった。そして、娼館に入ってからは、先輩たちに口酸っぱく「簡単に男に落ちるんじゃない。お前が落とすんだ」と言われ続けて気がつけば今だ。
「理由を求めるなんて、馬鹿馬鹿しいわ。でもね、お互いに色恋に落ちている状態で身請けだなんて、そんな幸運はなかなかないのよ。あなた、日ごろの行いいいものね? うふふ」
そう言ってカサンドラは鮮やかに微笑んだ。その微笑みを見たバネッサは、ああ、確かに彼女がこの娼館での一番手だ。だって、その笑みだけで、いくらでも金貨を払える気がする……そんなどうしようもないことを考えた。
「あなた、綺麗ね。カサンドラ」
「あら。ありがとう」
「綺麗だわ」
「うふふ。嬉しいわ」
そう言ってカサンドラはバネッサの背を軽く擦る。綺麗だ、と何度も言いながら、バネッサの脳裏にはコンラートの姿ばかりが浮かんでいた。彼に、可愛いと言われたい。綺麗と言われたい。優しくされたい。ああ、そうだ。何にせよ、自分は彼に会いたいのだ……そう思いながら、彼女は涙をぬぐった。
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