世間知らずの魔塔主は優しい娼婦を溺愛する

今泉香耶

文字の大きさ
34 / 74

12-3.カサンドラ(3)

しおりを挟む
 その夜、コンラートが娼館の受付に行くと、ちょうどカサンドラがやってきた。真夜中だったが、カサンドラの客が裏から帰った直後で、次の予約を確認に来たらしい。さすが一番手の実力なので、彼女はあと半刻後にはすぐに違う客の予約が入っており、小間使いたちは部屋の清掃でバタバタしている。

「あら?」

 受付で、今日の分の金貨を渡すコンラート。ちらりとそれを見れば、どうも今から朝までの分として出すには高額すぎる。カサンドラは「もしかして」とピンと来たので、そっとコンラートに声をかけた。

「お兄さん。もしかしてバネッサのところに行くのぉ?」

「え? ええ、そうですが……」

 銀髪の長い前髪に隠れているが、赤い瞳がじろりと自分を睨んだことにカサンドラは気付く。警戒させすぎたのか、と慌てて彼女は少し甘えた声を出した。

「もしかして、バネッサの身請けをするのも、お兄さんなのかしら?」

 コンラートはその言葉にぴくりと反応をして、言葉を発さずにカサンドラを真正面からじっと見る。カサンドラは「値踏みとも違う目線ね。見透かされているような……」と心の中で思ったが、まったく彼の視線をどうとも思わないように、わざと顔に笑みを貼り付ける。

 本来、身請けのことを口にすることは憚られることだ。もし、コンラートが身請けをする立場ではない、バネッサの客だったら。そうだったら、何らかの問題が発生しかねない。だが、カサンドラは受付担当の者から、最近バネッサはたった一人に毎日予約を入れられている、ということを聞いていた。だから、これは完全な狙い撃ちだ。

「そのつもりです。バネッサから話を聞いたんですか?」

「何か悩んでいる様子だったから、声をかけたのよぉ。そうしたら話してくれたわ」

「悩んでいる……?」

 彼の声音に動揺を感じ取るカサンドラ。良かった、釣れたようだ……そう思いながら

「ね、ちょっとだけここでお話しない?」

と言って、待機所の椅子を指さす。コンラートはううんと唸り「時間があまりないのですが……仕方ないな」と言って、おとなしく座った。

「うふふ。時間がないのはわたしも一緒だから安心して。もうすぐ、わたしの次のお客も来ちゃうからね。あなたと話してるところ見られたら、逆上されちゃうかもぉ」

「それは勘弁してほしいな……」

「ね。だからちょっとだけね」

 そう言ってカサンドラは妖艶に微笑んだ。彼女のその笑みを見れば、男たちは誰もが目を奪われる……と言われていたものの、コンラートにはどうも効かないようだ。

「あの子、あなたのこと、なんでも出来る人だって言ってたわ」

「ええ? なんでも? それはないでしょう……」

「ううん。本当に言ってたわ。なんでも出来てすごい人って。だから……自分なんかを見初めてくれるはずなんてないんだって」

 その言葉を聞いて、コンラートは一瞬首を軽く傾げ、それから「はあ~」と深いため息をついた。

「あなたはなんですか? わたしと彼女を応援してくださるんですか? 茶々を入れたいだけなんですか?」

「あなたを応援するような義理も情もないわ。わたしはバネッサを応援したいだけよぉ」

 そう言ってカサンドラは声をあげて笑う。

「わたしはただ、あなたがきちんとあの子を愛してくれるのかを知りたいだけ」

「愛して……ううん……愛って、なんですかね? わたしには少し難しいな……」

 そう言って彼は前髪をかき上げながら唸った。しっかりと見えた赤い両眼は細められ、眉はしかめられている。だが、整った顔立ちにカサンドラは驚いた。

「ただ、わたしは彼女と一緒にいたいだけなんですけど……いや、そのう……セックスもしたいです。はい。いや、でも……」

 そう言って、うーん、とコンラートは再び唸る。

「しなくても、いいかな? いや、いいや、やっぱりしたいなぁ……いや、でも彼女が嫌なら……」

 真剣に悩むコンラートの表情を見つめるカサンドラ。少なくとも、彼がその辺の男たちのようにペラペラと「愛してるに決まっている!」なんて薄っぺらな愛を語る男ではないことはわかった。また、これもまたよくあることだが「身請けをするからには、俺に傅いてもらわなきゃな」と実は愛情が薄い男でもないようだ。ただ、だからといって彼にバネッサを委ねていいのかどうかは、カサンドラには測れなかったけれど。

「愛かどうかはわかりませんが、彼女が他の男に抱かれるのは嫌だなぁと思います。身請けの理由がそれだけでは駄目でしょうか。いや、他にも理由はありますが……あっ、でも、そうだ。忘れていた!」

 そう言うと、コンラートはガタン、と立ち上がった。

「なあに?」

「身請けをした後、彼女を連れていく家をまだ手配していなかった」

「ええ?」

「こりゃ駄目だ。忘れてしまう。忘れる前に」

 その場でコンラートは空中に何かを指で書く。

「ハーニィ。すぐにでも家を買っておいてくれ」

 そう言って、彼は再び空中で何かを書いてから着席をした。カサンドラはぽかんとその様子を見て、口を開けたままになっている。

「ああ、すみません。なんでしたっけ……」

「今の、魔法か何かなのぉ……?」

「あっ、はい。伝言を遠隔で送るんですけど……本人が目覚めていないと受け取れないので、まあ明日の朝でしょうね」

 そう言ってコンラートは小さく微笑んだ。

「家を買うって……身請けをして? バネッサと暮らす家を?」

「はい。今、なんといいますか、わたしは職場で寝泊りをしている状態でして。でも、そこにはバネッサを連れ込めないので」

 それにしたって、家を買っておいてくれとはどういうことだ。驚きすぎて、カサンドラはついに笑い出してしまった。

「ふふ、ふふふ、これじゃあ、そりゃあバネッサが躊躇するわけね」

「ええ!?」

「なんか話のスケール感が違うんですもの。家を買うのも、いくらなんでもそんな伝言で? そんな雑な依頼がある? なんか、お金持ちのスケール感とはまた別なのよね、あなた……ふふ」

 そう言ってカサンドラは立ち上がった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)
恋愛
隣人である小野寺翔は完璧な美貌、甘いマスク、高身長、高所得者、社交的で周囲にほぼ敵なしのハイスペック。 そんな男性の隣に住むことになりやたらと絡まれ、何かを含む甘い眼差しを向けられることに。 極めつけは微妙なネジの外れ具合。 それはどうやら私、藤宮千幸に対してのみ発揮されているみたいで。 なんて、はた迷惑なっ! 過去作を改稿。変甘です! イラストは友人kouma.作です♪

英雄騎士様の褒賞になりました

マチバリ
恋愛
ドラゴンを倒した騎士リュートが願ったのは、王女セレンとの一夜だった。 騎士×王女の短いお話です。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

処理中です...