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12-3.カサンドラ(3)
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その夜、コンラートが娼館の受付に行くと、ちょうどカサンドラがやってきた。真夜中だったが、カサンドラの客が裏から帰った直後で、次の予約を確認に来たらしい。さすが一番手の実力なので、彼女はあと半刻後にはすぐに違う客の予約が入っており、小間使いたちは部屋の清掃でバタバタしている。
「あら?」
受付で、今日の分の金貨を渡すコンラート。ちらりとそれを見れば、どうも今から朝までの分として出すには高額すぎる。カサンドラは「もしかして」とピンと来たので、そっとコンラートに声をかけた。
「お兄さん。もしかしてバネッサのところに行くのぉ?」
「え? ええ、そうですが……」
銀髪の長い前髪に隠れているが、赤い瞳がじろりと自分を睨んだことにカサンドラは気付く。警戒させすぎたのか、と慌てて彼女は少し甘えた声を出した。
「もしかして、バネッサの身請けをするのも、お兄さんなのかしら?」
コンラートはその言葉にぴくりと反応をして、言葉を発さずにカサンドラを真正面からじっと見る。カサンドラは「値踏みとも違う目線ね。見透かされているような……」と心の中で思ったが、まったく彼の視線をどうとも思わないように、わざと顔に笑みを貼り付ける。
本来、身請けのことを口にすることは憚られることだ。もし、コンラートが身請けをする立場ではない、バネッサの客だったら。そうだったら、何らかの問題が発生しかねない。だが、カサンドラは受付担当の者から、最近バネッサはたった一人に毎日予約を入れられている、ということを聞いていた。だから、これは完全な狙い撃ちだ。
「そのつもりです。バネッサから話を聞いたんですか?」
「何か悩んでいる様子だったから、声をかけたのよぉ。そうしたら話してくれたわ」
「悩んでいる……?」
彼の声音に動揺を感じ取るカサンドラ。良かった、釣れたようだ……そう思いながら
「ね、ちょっとだけここでお話しない?」
と言って、待機所の椅子を指さす。コンラートはううんと唸り「時間があまりないのですが……仕方ないな」と言って、おとなしく座った。
「うふふ。時間がないのはわたしも一緒だから安心して。もうすぐ、わたしの次のお客も来ちゃうからね。あなたと話してるところ見られたら、逆上されちゃうかもぉ」
「それは勘弁してほしいな……」
「ね。だからちょっとだけね」
そう言ってカサンドラは妖艶に微笑んだ。彼女のその笑みを見れば、男たちは誰もが目を奪われる……と言われていたものの、コンラートにはどうも効かないようだ。
「あの子、あなたのこと、なんでも出来る人だって言ってたわ」
「ええ? なんでも? それはないでしょう……」
「ううん。本当に言ってたわ。なんでも出来てすごい人って。だから……自分なんかを見初めてくれるはずなんてないんだって」
その言葉を聞いて、コンラートは一瞬首を軽く傾げ、それから「はあ~」と深いため息をついた。
「あなたはなんですか? わたしと彼女を応援してくださるんですか? 茶々を入れたいだけなんですか?」
「あなたを応援するような義理も情もないわ。わたしはバネッサを応援したいだけよぉ」
そう言ってカサンドラは声をあげて笑う。
「わたしはただ、あなたがきちんとあの子を愛してくれるのかを知りたいだけ」
「愛して……ううん……愛って、なんですかね? わたしには少し難しいな……」
そう言って彼は前髪をかき上げながら唸った。しっかりと見えた赤い両眼は細められ、眉はしかめられている。だが、整った顔立ちにカサンドラは驚いた。
「ただ、わたしは彼女と一緒にいたいだけなんですけど……いや、そのう……セックスもしたいです。はい。いや、でも……」
そう言って、うーん、とコンラートは再び唸る。
「しなくても、いいかな? いや、いいや、やっぱりしたいなぁ……いや、でも彼女が嫌なら……」
真剣に悩むコンラートの表情を見つめるカサンドラ。少なくとも、彼がその辺の男たちのようにペラペラと「愛してるに決まっている!」なんて薄っぺらな愛を語る男ではないことはわかった。また、これもまたよくあることだが「身請けをするからには、俺に傅いてもらわなきゃな」と実は愛情が薄い男でもないようだ。ただ、だからといって彼にバネッサを委ねていいのかどうかは、カサンドラには測れなかったけれど。
「愛かどうかはわかりませんが、彼女が他の男に抱かれるのは嫌だなぁと思います。身請けの理由がそれだけでは駄目でしょうか。いや、他にも理由はありますが……あっ、でも、そうだ。忘れていた!」
そう言うと、コンラートはガタン、と立ち上がった。
「なあに?」
「身請けをした後、彼女を連れていく家をまだ手配していなかった」
「ええ?」
「こりゃ駄目だ。忘れてしまう。忘れる前に」
その場でコンラートは空中に何かを指で書く。
「ハーニィ。すぐにでも家を買っておいてくれ」
そう言って、彼は再び空中で何かを書いてから着席をした。カサンドラはぽかんとその様子を見て、口を開けたままになっている。
「ああ、すみません。なんでしたっけ……」
「今の、魔法か何かなのぉ……?」
「あっ、はい。伝言を遠隔で送るんですけど……本人が目覚めていないと受け取れないので、まあ明日の朝でしょうね」
そう言ってコンラートは小さく微笑んだ。
「家を買うって……身請けをして? バネッサと暮らす家を?」
「はい。今、なんといいますか、わたしは職場で寝泊りをしている状態でして。でも、そこにはバネッサを連れ込めないので」
それにしたって、家を買っておいてくれとはどういうことだ。驚きすぎて、カサンドラはついに笑い出してしまった。
「ふふ、ふふふ、これじゃあ、そりゃあバネッサが躊躇するわけね」
「ええ!?」
「なんか話のスケール感が違うんですもの。家を買うのも、いくらなんでもそんな伝言で? そんな雑な依頼がある? なんか、お金持ちのスケール感とはまた別なのよね、あなた……ふふ」
そう言ってカサンドラは立ち上がった。
「あら?」
受付で、今日の分の金貨を渡すコンラート。ちらりとそれを見れば、どうも今から朝までの分として出すには高額すぎる。カサンドラは「もしかして」とピンと来たので、そっとコンラートに声をかけた。
「お兄さん。もしかしてバネッサのところに行くのぉ?」
「え? ええ、そうですが……」
銀髪の長い前髪に隠れているが、赤い瞳がじろりと自分を睨んだことにカサンドラは気付く。警戒させすぎたのか、と慌てて彼女は少し甘えた声を出した。
「もしかして、バネッサの身請けをするのも、お兄さんなのかしら?」
コンラートはその言葉にぴくりと反応をして、言葉を発さずにカサンドラを真正面からじっと見る。カサンドラは「値踏みとも違う目線ね。見透かされているような……」と心の中で思ったが、まったく彼の視線をどうとも思わないように、わざと顔に笑みを貼り付ける。
本来、身請けのことを口にすることは憚られることだ。もし、コンラートが身請けをする立場ではない、バネッサの客だったら。そうだったら、何らかの問題が発生しかねない。だが、カサンドラは受付担当の者から、最近バネッサはたった一人に毎日予約を入れられている、ということを聞いていた。だから、これは完全な狙い撃ちだ。
「そのつもりです。バネッサから話を聞いたんですか?」
「何か悩んでいる様子だったから、声をかけたのよぉ。そうしたら話してくれたわ」
「悩んでいる……?」
彼の声音に動揺を感じ取るカサンドラ。良かった、釣れたようだ……そう思いながら
「ね、ちょっとだけここでお話しない?」
と言って、待機所の椅子を指さす。コンラートはううんと唸り「時間があまりないのですが……仕方ないな」と言って、おとなしく座った。
「うふふ。時間がないのはわたしも一緒だから安心して。もうすぐ、わたしの次のお客も来ちゃうからね。あなたと話してるところ見られたら、逆上されちゃうかもぉ」
「それは勘弁してほしいな……」
「ね。だからちょっとだけね」
そう言ってカサンドラは妖艶に微笑んだ。彼女のその笑みを見れば、男たちは誰もが目を奪われる……と言われていたものの、コンラートにはどうも効かないようだ。
「あの子、あなたのこと、なんでも出来る人だって言ってたわ」
「ええ? なんでも? それはないでしょう……」
「ううん。本当に言ってたわ。なんでも出来てすごい人って。だから……自分なんかを見初めてくれるはずなんてないんだって」
その言葉を聞いて、コンラートは一瞬首を軽く傾げ、それから「はあ~」と深いため息をついた。
「あなたはなんですか? わたしと彼女を応援してくださるんですか? 茶々を入れたいだけなんですか?」
「あなたを応援するような義理も情もないわ。わたしはバネッサを応援したいだけよぉ」
そう言ってカサンドラは声をあげて笑う。
「わたしはただ、あなたがきちんとあの子を愛してくれるのかを知りたいだけ」
「愛して……ううん……愛って、なんですかね? わたしには少し難しいな……」
そう言って彼は前髪をかき上げながら唸った。しっかりと見えた赤い両眼は細められ、眉はしかめられている。だが、整った顔立ちにカサンドラは驚いた。
「ただ、わたしは彼女と一緒にいたいだけなんですけど……いや、そのう……セックスもしたいです。はい。いや、でも……」
そう言って、うーん、とコンラートは再び唸る。
「しなくても、いいかな? いや、いいや、やっぱりしたいなぁ……いや、でも彼女が嫌なら……」
真剣に悩むコンラートの表情を見つめるカサンドラ。少なくとも、彼がその辺の男たちのようにペラペラと「愛してるに決まっている!」なんて薄っぺらな愛を語る男ではないことはわかった。また、これもまたよくあることだが「身請けをするからには、俺に傅いてもらわなきゃな」と実は愛情が薄い男でもないようだ。ただ、だからといって彼にバネッサを委ねていいのかどうかは、カサンドラには測れなかったけれど。
「愛かどうかはわかりませんが、彼女が他の男に抱かれるのは嫌だなぁと思います。身請けの理由がそれだけでは駄目でしょうか。いや、他にも理由はありますが……あっ、でも、そうだ。忘れていた!」
そう言うと、コンラートはガタン、と立ち上がった。
「なあに?」
「身請けをした後、彼女を連れていく家をまだ手配していなかった」
「ええ?」
「こりゃ駄目だ。忘れてしまう。忘れる前に」
その場でコンラートは空中に何かを指で書く。
「ハーニィ。すぐにでも家を買っておいてくれ」
そう言って、彼は再び空中で何かを書いてから着席をした。カサンドラはぽかんとその様子を見て、口を開けたままになっている。
「ああ、すみません。なんでしたっけ……」
「今の、魔法か何かなのぉ……?」
「あっ、はい。伝言を遠隔で送るんですけど……本人が目覚めていないと受け取れないので、まあ明日の朝でしょうね」
そう言ってコンラートは小さく微笑んだ。
「家を買うって……身請けをして? バネッサと暮らす家を?」
「はい。今、なんといいますか、わたしは職場で寝泊りをしている状態でして。でも、そこにはバネッサを連れ込めないので」
それにしたって、家を買っておいてくれとはどういうことだ。驚きすぎて、カサンドラはついに笑い出してしまった。
「ふふ、ふふふ、これじゃあ、そりゃあバネッサが躊躇するわけね」
「ええ!?」
「なんか話のスケール感が違うんですもの。家を買うのも、いくらなんでもそんな伝言で? そんな雑な依頼がある? なんか、お金持ちのスケール感とはまた別なのよね、あなた……ふふ」
そう言ってカサンドラは立ち上がった。
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