世間知らずの魔塔主は優しい娼婦を溺愛する

今泉香耶

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12-4.カサンドラ(4)

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「まったく何もわからなかったわ。あなたのこと。でも、きっと悪い人ではないんでしょうね。わたしが首を突っ込むことが間違っていたみたい」

「首を突っ込む?」

「だって、首を突っ込んでも、全然わからないんですもの、あなたのお話」

 きょとんとしているコンラートを見て「うふふ」と笑うカサンドラ。

「だけど、面白いわ。悪い人ではなさそう。いい人ではないかもしれないけれど」

「うーん、それは多分」

 コンラートは肩をすくめた。

「正解ですよ。わたしは、悪い人間ではないですけど、良い人間だとは思っていません。でも、そう悪い人じゃないと、本当にそれは思うんだよなぁ……うーん」

 心底悩んでいるようで、コンラートは「うう」と呻く。それを見て、またカサンドラは笑いながら歩いていく。

「生半可な男ならわたしの客にしちゃおうかと思ったけど、どうやらそれも難しいようね。でも、一つだけ教えてあげる」

 くるりと振り返って、カサンドラはまたとっておきの笑みをコンラートに見せた。が、コンラートは彼女のその笑みの美しさよりも、言葉を求めている。

「約束してあげるといいわよ。あの子のこと、この先自分がどんなに変わっても、生きる手助けをしてあげるって」

「生きる手助け? 自分が変わっても……?」

 眉をひそめるコンラート。自分が変わる? 一体何を言っているのだ、と怪訝そうな表情。それを見て、カサンドラは肩を竦めた。

「それとも、永遠の愛を誓えとでも、わたしに言わせたいの? 愛っていうのがよくわからないって言ってるあなたに?」

 永遠の愛を誓うということと、生きる手助けをすること、それらがなぜ同じ線上で語られるのか。コンラートは困惑をした。彼女の言葉の意味がわからない。彼は「うう、待って。待ってください」と、情けない声をあげる。

「……ああっ? それは、えっと、わたしが、この先……ええ? 先の話? どうして未来のことを考えて今を選べなくなるんですか?」

「あらあら。あなた、刹那的に生きる人なのね? それじゃあバネッサが不安になるのも当たり前だわ……」

 コンラートの言葉に、カサンドラは目を丸くした。未来を考えてなぜ今選べない?そんな当たり前のことがわからない男がいるなんて、と心底驚いている様子だ。

「この娼館で、わたしたちはさ、毎日毎日酔っているようなものなのよ。体を男たちに捧げて、愛してもらって、それで満たして、満たされて。その男が去っても、他の男がやってきて。次々に男を変えていくようなものなのよ。酔ってないとやってられないわ。ねえ、でも他の男がやって来なかったらどうなると思う?」

「ええっ? お金がもらえなくなる、ですか?」

「うふふふ、そうね。でも、お金だけじゃないわ。酔いが覚めて、現実に戻るの。そうしたらね。自分がどうしようもない女で、何も持たなくて、これからどうやって生きていけばいいのかわからなくなっちゃうの。だから、ずっと酔ってるのよ。わたしも、バネッサも」

「でも」

 コンラートは声をあげた。彼女が軽く首を傾げると、彼はいささか不平そうに言う。

「どうやって生きていけばいいかなんて、誰もわからないのに」

「……あら? あなたでも、そんなことを思っているの? あなた、すごい魔法使いなんじゃないの?」

 コンラートは「ああーーー」と言って、がしがしと頭を掻いた。

「わたしには、それこそわかりません。明日、目が覚めたらわたしの力はすべて消えているかもしれない。そういうよくわからない、人の目に見えないものにすがって生きているようなものだ。なんで、みんなわたしが明日も明後日も変わらず力を持つと思っているんだろう? だから王城にも再三、さっさと辺境警備に力を入れろって言い続けてるし、次の魔塔の主なんて、魔力で測るんじゃなくて魔法に対する知識で測れと言ってるし、それに……」

 ぶつぶつと呟くコンラート。最後の方は、完全に独り言になっていた。彼のその言葉に今度はカサンドラが驚く。

「でも、魔力を持っている者は、死ぬまでずっと持っているでしょう?」

 それへは「あー、もう!」と彼は声を軽く荒げる。

「そんな保証はないですよ。だって、目に見えないものですし、わたしは規格外だから余計に何が起きてもおかしくない。だから、わたしはわたしが今の力を持っている間にバネッサの身請けをしちゃいたいし、彼女を守れる環境を作っちゃいたいんですよ!」

 呆気に取られたカサンドラだったが、やがて「はあ」と溜息をつく。

「ねえ、それ、バネッサにお話ししてないでしょう?」

「え? だって必要ないでしょう。わたしの方の都合なんて」

 そう言ってコンラートは口をへの字に曲げた。なるほど、彼はそういう人物なのだ……カサンドラは腑に落ちた。いつでも彼は今のことばかりを考えている。未来のことなんてどうでもいいのだ。今、彼はバネッサのことが好きだ。それ以外の何も彼にはないのだろう。そして、未来のことなんてわからない。心のことも、自分が持つ魔力のことも、何もかも。

 一方のバネッサは未来に不安を抱えているが、誰もその保証をしてくれない。だけど、その未来を考えて選ばなくてはいけない……これは、話が出来なくて当然だ、とカサンドラは苦笑いを浮かべた。

「こりゃあ、大変ね、バネッサは……」

「えっ!? 何が大変なんですか!?」

「でも、あなたがバネッサを好きだってことはよくわかったわ。そうね、きっと好きなのね」

 コンラートは、わかった風に言うカサンドラに答えを返さなかった。なんとなく彼は拗ねて、唇をぎゅっと結んでいる。

「じゃあね。時間をありがとう。バネッサに会いに行って……優しくしてあげて」

 そう言った彼女の声音は柔らかかった。彼女の背を見送って、コンラートは「あなたも綺麗ですね」と言う。それに、角を曲がる寸前に「わたし『も』ね! うふふ、気に入ったわ」と言ってカサンドラは背を反らして笑った。
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