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13-1.約束(1)
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カサンドラと別れ、時間は少ないながらもコンラートはなんとかバネッサに会いに行った。時刻は、月が傾きかけた時刻。バネッサは彼を迎え入れ、爪先立ちで彼にキスをした。コンラートもそれを嬉しそうに受け入れて「あなたのキスが好きだ」と笑う。
「そう言えば、あなたって、自分の怪我は勝手に治癒をしちゃうの? あの日は、なんか色々不思議なことが多すぎて……今更な話だけど」
花の香りがする茶を淹れて、コンラートの前に置くバネッサ。今日も彼は一時間も時間がないようで、交わることが出来ないのだと言う。彼女が「口でしてあげようか?」と聞けば、困ったような表情で「出したい、という気持ちとは違うんですよ」と断る。
「そうなんです。昔は自力で治癒なんて出来なかったのに……多分、それをすることで、わたしはわたしの魔力を制御できるようになったというか……」
コンラートは、自分が幼い頃から高熱を何度も何度も出していたのだと、ぽつぽつと語り出した。先代の魔塔の主に連れられて魔塔にいったものの、やはり高熱を何度も出した上、魔力は年々増えていき、制御することが不可能だったのだと。
「ですが、最後に高熱を出した後、怪我をしてもすぐに治るようになりました。わたしが自分に治癒魔法を施しているのではなく、勝手に。ですが、どうもそれは、魔力でずっと自分の体を探知し続けているというか……神経全部に魔力がいきわたっているというか……何か、自分の体が魔力によって整えられたのだと思います」
その日から今まで、何か大けがをしても勝手に治癒をしてしまうのだとコンラートは言う。
「とはいえ、首を跳ねられたり、心臓を貫かれればきっとそれは無理なんだと思います。さすがに、どの程度まで大丈夫なのか試す気はありませんが……」
「そうよね。そんなことを試すなんて、痛いし怖いわ」
「そう。そうなんですよ。まあ、酷い怪我でしたけど、相手もみんな酷いことになっていたのでおあいこです」
「相手」
彼の言葉で、バネッサは「そうか。当たり前だが、彼を傷つけた人物がいるのだ」という、当たり前のことを思い出す。
「その……この前の相手は、どうなったの?」
「さあ。半分は気絶をしていましたが、残りの半分はわたしも攻撃をしたので……何人かは死んだと聞いたなぁ。何人だったっけ……一二人? 一三人……まあ、それぐらい。思ったより少なかったな」
「えっ……」
彼は呑気にそう言った。ああ、そうか、彼も攻撃魔法を使って応戦をしたのだ……そんな当たり前のことに今まで気付かなかった自分をバネッサは恥じた。
「バネッサ?」
「……ううん、大丈夫」
彼に声をかけられ、無意識でバネッサは「大丈夫」と言った。別段、人の生き死にについて強く思う気持ちはない……いや、ない、と思っていたが。
彼女は片手で軽く胸を押さえた。不必要に鼓動が早い。目の前にいるコンラートが人を殺したのだと知れば、それはなんだか不思議な気がする。だって、彼はいつも飄々として呑気で……そして、とんでもない力を持つ、魔塔の主なのだ。そう思えば、彼にとって人の命なぞ、ちっぽけなものなのかもしれない。バネッサの鼓動は更にバクバクと大きくなっていく。
「ここには、いろんなお客さんが来るのよ。この前わたしが叩かれた人のような男性も来るし……」
バネッサは、茶を一口飲んでから話し始める。
「ここは公営の娼館でも、格は少し下だからね。だから、貴族の方々なんかは来ないけど……それでも、名のある傭兵とか、行商人を守るギルドの腕っぷしが高い人たちとかね、そういう人たちも来るのよ。そして、そういう『戦っている』人たちの中には、娼婦にまで自分の腕前を自慢したがる人もいるの」
「なるほど」
「その自慢話もね。たとえば、どこそこの大岩を剣で砕いた……とかならいいんだけど、ギルドに登録しているだれそれと決闘をして倒しただとか、王城アカデミーの教師をぼこぼこにしたとか……人を倒した話を嬉しそうに話す人もいるわ。わたしはお仕事だから、仕方なく、すごいのねって褒めるけれど……」
そう言って、バネッサは眉根を寄せてコンラートを見た。
「ねぇ、あなたのそれも、褒めた方がいいのかしら? でも、そんなことを褒めなくたって、わたしはあなたがすごい魔法使いだってわかっているし、あなたのことはすごい人だと思っているのよ?」
バネッサのその言葉に、コンラートは「あはは」と笑い声をあげる。
「褒めて欲しくて話したわけじゃないし、褒められるようなことでもないですよ。暴力に訴えられたから暴力で返した。暴力以外のことで返せる余地がなかった。ただそれだけの話です。だって、暴力で返さなければ、きっとわたしはあの日、あの路地に転移も出来ずに殺されていたでしょうしね」
「そう……」
なんだかバネッサの表情が浮かないことに気付くコンラート。彼は首を傾げ、彼女の顔を下から覗く。
「不快に思いましたか?」
「わたし、あなたがどうしてそんなことになったかはわからないけど……でも、あなたは力がある人だからって、簡単に人を殺してしまうの?」
「言ったでしょう。暴力に暴力で返しただけです。そもそもわたしが生きられたのは、わたしの魔力が自分を治癒するように働くからで……それがなければ、きっとわたしは十回以上殺されるぐらいの惨事だったんじゃないかなぁ」
「そう……」
そう言われてしまえば、人を殺すことはよろしくない、とバネッサは言うことが出来なくなる。自分はその状況を見たわけでも経験をしたわけでもない。きっと想像できないほどのことが彼には起きたのだろうと思う。でも。
「あっちが殺そうとしたから殺しました。それだけですよ」
コンラートは淡々とそう語るだけだ。それを聞いたバネッサは「よくない」と思う。確かに、暴力には暴力で返すしかないこともわかる。彼はそうではない方法できっと防ごうとしているのだろうが、想像を上回る暴力であれば、きっとどうにも出来ないのだろう。けれども。
「そう言えば、あなたって、自分の怪我は勝手に治癒をしちゃうの? あの日は、なんか色々不思議なことが多すぎて……今更な話だけど」
花の香りがする茶を淹れて、コンラートの前に置くバネッサ。今日も彼は一時間も時間がないようで、交わることが出来ないのだと言う。彼女が「口でしてあげようか?」と聞けば、困ったような表情で「出したい、という気持ちとは違うんですよ」と断る。
「そうなんです。昔は自力で治癒なんて出来なかったのに……多分、それをすることで、わたしはわたしの魔力を制御できるようになったというか……」
コンラートは、自分が幼い頃から高熱を何度も何度も出していたのだと、ぽつぽつと語り出した。先代の魔塔の主に連れられて魔塔にいったものの、やはり高熱を何度も出した上、魔力は年々増えていき、制御することが不可能だったのだと。
「ですが、最後に高熱を出した後、怪我をしてもすぐに治るようになりました。わたしが自分に治癒魔法を施しているのではなく、勝手に。ですが、どうもそれは、魔力でずっと自分の体を探知し続けているというか……神経全部に魔力がいきわたっているというか……何か、自分の体が魔力によって整えられたのだと思います」
その日から今まで、何か大けがをしても勝手に治癒をしてしまうのだとコンラートは言う。
「とはいえ、首を跳ねられたり、心臓を貫かれればきっとそれは無理なんだと思います。さすがに、どの程度まで大丈夫なのか試す気はありませんが……」
「そうよね。そんなことを試すなんて、痛いし怖いわ」
「そう。そうなんですよ。まあ、酷い怪我でしたけど、相手もみんな酷いことになっていたのでおあいこです」
「相手」
彼の言葉で、バネッサは「そうか。当たり前だが、彼を傷つけた人物がいるのだ」という、当たり前のことを思い出す。
「その……この前の相手は、どうなったの?」
「さあ。半分は気絶をしていましたが、残りの半分はわたしも攻撃をしたので……何人かは死んだと聞いたなぁ。何人だったっけ……一二人? 一三人……まあ、それぐらい。思ったより少なかったな」
「えっ……」
彼は呑気にそう言った。ああ、そうか、彼も攻撃魔法を使って応戦をしたのだ……そんな当たり前のことに今まで気付かなかった自分をバネッサは恥じた。
「バネッサ?」
「……ううん、大丈夫」
彼に声をかけられ、無意識でバネッサは「大丈夫」と言った。別段、人の生き死にについて強く思う気持ちはない……いや、ない、と思っていたが。
彼女は片手で軽く胸を押さえた。不必要に鼓動が早い。目の前にいるコンラートが人を殺したのだと知れば、それはなんだか不思議な気がする。だって、彼はいつも飄々として呑気で……そして、とんでもない力を持つ、魔塔の主なのだ。そう思えば、彼にとって人の命なぞ、ちっぽけなものなのかもしれない。バネッサの鼓動は更にバクバクと大きくなっていく。
「ここには、いろんなお客さんが来るのよ。この前わたしが叩かれた人のような男性も来るし……」
バネッサは、茶を一口飲んでから話し始める。
「ここは公営の娼館でも、格は少し下だからね。だから、貴族の方々なんかは来ないけど……それでも、名のある傭兵とか、行商人を守るギルドの腕っぷしが高い人たちとかね、そういう人たちも来るのよ。そして、そういう『戦っている』人たちの中には、娼婦にまで自分の腕前を自慢したがる人もいるの」
「なるほど」
「その自慢話もね。たとえば、どこそこの大岩を剣で砕いた……とかならいいんだけど、ギルドに登録しているだれそれと決闘をして倒しただとか、王城アカデミーの教師をぼこぼこにしたとか……人を倒した話を嬉しそうに話す人もいるわ。わたしはお仕事だから、仕方なく、すごいのねって褒めるけれど……」
そう言って、バネッサは眉根を寄せてコンラートを見た。
「ねぇ、あなたのそれも、褒めた方がいいのかしら? でも、そんなことを褒めなくたって、わたしはあなたがすごい魔法使いだってわかっているし、あなたのことはすごい人だと思っているのよ?」
バネッサのその言葉に、コンラートは「あはは」と笑い声をあげる。
「褒めて欲しくて話したわけじゃないし、褒められるようなことでもないですよ。暴力に訴えられたから暴力で返した。暴力以外のことで返せる余地がなかった。ただそれだけの話です。だって、暴力で返さなければ、きっとわたしはあの日、あの路地に転移も出来ずに殺されていたでしょうしね」
「そう……」
なんだかバネッサの表情が浮かないことに気付くコンラート。彼は首を傾げ、彼女の顔を下から覗く。
「不快に思いましたか?」
「わたし、あなたがどうしてそんなことになったかはわからないけど……でも、あなたは力がある人だからって、簡単に人を殺してしまうの?」
「言ったでしょう。暴力に暴力で返しただけです。そもそもわたしが生きられたのは、わたしの魔力が自分を治癒するように働くからで……それがなければ、きっとわたしは十回以上殺されるぐらいの惨事だったんじゃないかなぁ」
「そう……」
そう言われてしまえば、人を殺すことはよろしくない、とバネッサは言うことが出来なくなる。自分はその状況を見たわけでも経験をしたわけでもない。きっと想像できないほどのことが彼には起きたのだろうと思う。でも。
「あっちが殺そうとしたから殺しました。それだけですよ」
コンラートは淡々とそう語るだけだ。それを聞いたバネッサは「よくない」と思う。確かに、暴力には暴力で返すしかないこともわかる。彼はそうではない方法できっと防ごうとしているのだろうが、想像を上回る暴力であれば、きっとどうにも出来ないのだろう。けれども。
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