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16-1.初めての「好き」(1)
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娼館に戻ったコンラートは、バネッサから薬の瓶を渡された。改めて、彼女はあの男たちに連れ去られ、それを渡されたと説明をする。瓶を開けて匂いを確認すると、コンラートは目を細める。
「なるほど。毒のような気がするなぁ。これは、魔塔で解析をします。もしかしたら、これの出どころ次第で、話が変わるかもしれないなぁ~」
「出どころ次第……?」
「あ、いえいえ、こっちのことです」
そう言ってコンラートは外套のポケットに瓶を入れてから、それを脱いだ。バネッサは外套を受け取って外套かけにかける。
「それで、あなたはあれをわたしに飲ませようとしたっていうことですね?」
特に彼女を非難するわけでもなく、呑気にコンラートは尋ねた。バネッサは「ううん」と首を横に振る。
「違うの……わたし……」
「うん?」
「あなたに出すふりをして、自分で飲もうと思っていたのよ……」
コンラートは目を見開いてから、サイドテーブルに視線を投げる。いつもと変わらずティーカップとティーポット、それから湯を沸かす魔道具が並ぶ。何の違和感もない。けれど、ひとつ間違えば、そこで彼女が毒を入れたのだ、と理解して、彼は「バネッサ」と眉をしかめて名を呼んだ。
「なんてことをしようとしたんだ、あなたは。わたしがやつらの術に気付いていなかったら、それを入れて飲んでいたって?」
「だって、それしか方法がなかったから……」
「どうして。待ってください。それじゃあ、約束通りではない。バネッサ、わたしはあなたとの約束を守っているんですよ。その、この前の男だって殺してない。今日のやつらも本当はもう腹が立ってしょうがなくて、もうどうでもよくやつら全員燃やしちまってもよかったんだけど……でも、あなたと約束をしたから、殺さなかったんだ」
そう言って、コンラートはバネッサの両手を握った。
「なのに、あなたは自分がまた傷つけばいいと思っていたのか。それは、他の男に暴力を振るわれているのと同じじゃないか」
彼の口調が少しばかり荒いことにバネッサは気付いていたが、何も言わない。何故なら、彼が言うことはすべてが「ごもっとも」だからだ。
「じゃあ……どうしたら良かったの……?」
「わたしに……わたしに飲ませればよかったんだ。あなたは! そう、そうだよ……」
そう言いながら、コンラートは言葉に詰まる。何故なら、それもまた最良ではないからだ。本当に即死の毒であれば、彼の治癒能力では間に合わないだろうと、ちらりと彼も思ったのだろう。
「だって……そうしたら、あなたは助かるし、あなたの家族だって助かる……いや、そりゃあ、もしもあれが毒だったら、わたしだって生き残れる自信は、うーん、そんなにない。そんなにないけど、でも、でも、あなたは助かるでしょう……あなたは被害者だ。わたしの、魔塔の主のあれこれに巻き込まれただけだ。だったら……」
「駄目よ。コンラート。だって……」
バネッサは彼の手の中からするりと自分の手を抜き、そっとコンラートの頬に伸ばした。彼女の柔らかな指が彼の滑らかな頬を愛し気に撫でる。何度も、何度も、言い聞かせるようにそっと優しく。
「わたしだって、あなたのことを守りたかったのよ……わたしには何もないけど……ねぇ、力がないものが、力がある人を守ろうとしちゃ駄目なのかしら? わたし、何も出来ないけど、だからってあなたを傷つけるようなことはしたくないのよ……」
そして、声音も優しい。コンラートは彼女の言葉を聞いて「でも……」と言いながら、唇を噛んだ。それへ、バネッサは「駄目よ」と言って次は彼の唇を撫でる。無言で彼は自分の唇を解放し、バネッサをただ見つめた。
「だけど、約束を破ろうとしたことは謝るわ。ごめんなさい……それでも、わたしはあなたを守りたかったのよ……」
「わたしには、よくわからない……よくわからないけれど……どうして、あなたはわたしを守ろうとしてくれるんですか?」
「馬鹿ね。そんなの」
バネッサは泣き笑いのような表情でコンラートを見上げた。
「あなたのことが好きだからよ。他に、理由なんてないわ。あなたがわたしを守ろうとしてくれているのは、あなたに力があるから? それだけの理由? 違うでしょ……」
「違う……違います。あなたのことが好きだから……」
「だから、わたしも」
バネッサがもう一度彼の頬を撫でれば、コンラートは目を細めてそっと彼女の手の平に自分の頬を押し付ける。
「わたしも、あなたが好きだから、守りたかったのよ、コンラート」
「……ああ……やっと、やっと言ってくれましたね。やっと、あなたからその言葉を聞けた……!」
彼のその言葉で、そうか、自分は今まで彼に「好き」と伝えたことがなかったのかとバネッサは思う。口にしてしまえば、それはあまりにも簡単なことだったが、それでも一度声に出せば「伝わっていないのではないか」と不安になる。
「好きよ。コンラート」
繰り返し、繰り返し伝えたい。何度言っても伝わる気がしない、とバネッサは思いながら、彼の赤い瞳を見つめて優しく囁いた。
「なるほど。毒のような気がするなぁ。これは、魔塔で解析をします。もしかしたら、これの出どころ次第で、話が変わるかもしれないなぁ~」
「出どころ次第……?」
「あ、いえいえ、こっちのことです」
そう言ってコンラートは外套のポケットに瓶を入れてから、それを脱いだ。バネッサは外套を受け取って外套かけにかける。
「それで、あなたはあれをわたしに飲ませようとしたっていうことですね?」
特に彼女を非難するわけでもなく、呑気にコンラートは尋ねた。バネッサは「ううん」と首を横に振る。
「違うの……わたし……」
「うん?」
「あなたに出すふりをして、自分で飲もうと思っていたのよ……」
コンラートは目を見開いてから、サイドテーブルに視線を投げる。いつもと変わらずティーカップとティーポット、それから湯を沸かす魔道具が並ぶ。何の違和感もない。けれど、ひとつ間違えば、そこで彼女が毒を入れたのだ、と理解して、彼は「バネッサ」と眉をしかめて名を呼んだ。
「なんてことをしようとしたんだ、あなたは。わたしがやつらの術に気付いていなかったら、それを入れて飲んでいたって?」
「だって、それしか方法がなかったから……」
「どうして。待ってください。それじゃあ、約束通りではない。バネッサ、わたしはあなたとの約束を守っているんですよ。その、この前の男だって殺してない。今日のやつらも本当はもう腹が立ってしょうがなくて、もうどうでもよくやつら全員燃やしちまってもよかったんだけど……でも、あなたと約束をしたから、殺さなかったんだ」
そう言って、コンラートはバネッサの両手を握った。
「なのに、あなたは自分がまた傷つけばいいと思っていたのか。それは、他の男に暴力を振るわれているのと同じじゃないか」
彼の口調が少しばかり荒いことにバネッサは気付いていたが、何も言わない。何故なら、彼が言うことはすべてが「ごもっとも」だからだ。
「じゃあ……どうしたら良かったの……?」
「わたしに……わたしに飲ませればよかったんだ。あなたは! そう、そうだよ……」
そう言いながら、コンラートは言葉に詰まる。何故なら、それもまた最良ではないからだ。本当に即死の毒であれば、彼の治癒能力では間に合わないだろうと、ちらりと彼も思ったのだろう。
「だって……そうしたら、あなたは助かるし、あなたの家族だって助かる……いや、そりゃあ、もしもあれが毒だったら、わたしだって生き残れる自信は、うーん、そんなにない。そんなにないけど、でも、でも、あなたは助かるでしょう……あなたは被害者だ。わたしの、魔塔の主のあれこれに巻き込まれただけだ。だったら……」
「駄目よ。コンラート。だって……」
バネッサは彼の手の中からするりと自分の手を抜き、そっとコンラートの頬に伸ばした。彼女の柔らかな指が彼の滑らかな頬を愛し気に撫でる。何度も、何度も、言い聞かせるようにそっと優しく。
「わたしだって、あなたのことを守りたかったのよ……わたしには何もないけど……ねぇ、力がないものが、力がある人を守ろうとしちゃ駄目なのかしら? わたし、何も出来ないけど、だからってあなたを傷つけるようなことはしたくないのよ……」
そして、声音も優しい。コンラートは彼女の言葉を聞いて「でも……」と言いながら、唇を噛んだ。それへ、バネッサは「駄目よ」と言って次は彼の唇を撫でる。無言で彼は自分の唇を解放し、バネッサをただ見つめた。
「だけど、約束を破ろうとしたことは謝るわ。ごめんなさい……それでも、わたしはあなたを守りたかったのよ……」
「わたしには、よくわからない……よくわからないけれど……どうして、あなたはわたしを守ろうとしてくれるんですか?」
「馬鹿ね。そんなの」
バネッサは泣き笑いのような表情でコンラートを見上げた。
「あなたのことが好きだからよ。他に、理由なんてないわ。あなたがわたしを守ろうとしてくれているのは、あなたに力があるから? それだけの理由? 違うでしょ……」
「違う……違います。あなたのことが好きだから……」
「だから、わたしも」
バネッサがもう一度彼の頬を撫でれば、コンラートは目を細めてそっと彼女の手の平に自分の頬を押し付ける。
「わたしも、あなたが好きだから、守りたかったのよ、コンラート」
「……ああ……やっと、やっと言ってくれましたね。やっと、あなたからその言葉を聞けた……!」
彼のその言葉で、そうか、自分は今まで彼に「好き」と伝えたことがなかったのかとバネッサは思う。口にしてしまえば、それはあまりにも簡単なことだったが、それでも一度声に出せば「伝わっていないのではないか」と不安になる。
「好きよ。コンラート」
繰り返し、繰り返し伝えたい。何度言っても伝わる気がしない、とバネッサは思いながら、彼の赤い瞳を見つめて優しく囁いた。
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