世間知らずの魔塔主は優しい娼婦を溺愛する

今泉香耶

文字の大きさ
73 / 74

25.種明かし

しおりを挟む
 それから数日彼らはゆっくりと穏やかな日々を過ごした。海沿いの別荘ではあったが、少し離れたところには川が流れていたため、河口の様子を見にいった。海沿いの町で海鮮物を堪能したり、真珠を買ったりもした。海に突き出た場所に並ぶ街並みは美しく、船に乗って海側からそれを見たりもした。が、それはともかく……

「まさか、国を越えていたなんて……」

 バネッサの胃が少しばかりキリキリする。別荘がある場所が国外だと聞いて、それを飲み込むまでいささか時間がかかった。

 城下町で生まれて城下町で育った彼女は、自分の国というものがどれぐらいの規模なのかもよくわかっていなかったし、そもそも海に面していない国だとも知らなかった。いや、いくらなんでも国外の家を「買う」ことが出来るのだろうか。

 ありがたいことに言語が同じだったが、コンラートは「隣国ですからねぇ。一緒でもおかしくないですよ」と呑気なものだ。彼らの国に面した隣国はいくつかあったが、その中でも一番良好な関係である国だったので、それはバネッサも納得する。

「あぁ、でもあれか。もしかしたら」

「なあに?」

 砂浜からあまり離れていない場所。白い建物が続く町中。その光景が既に見慣れない。明らかに異国の風情だ。その町中のベンチに座って、二人は海産物の串焼きを食べている。

 バネッサはそれらを口にするのを最初は戸惑っていた。あまり見慣れないものが多かったのと、強烈な海の匂いに怖気づいたからだ。しかし、思った以上にコンラートは「初めてのもの」を口にすることに躊躇がなかった。おかげで、すぐに「美味しいものだ」と理解をしてバネッサも食べ、いくつか食べたがどれも気に入った。

「粗相をするなとかなんとか、王はわたしに言いたかったのかな」

 思い出すのは結婚式から「逃げる」ように大聖堂から転移する直前。明らかに国王はコンラートに呼び掛けていた。が、それを無視するように彼はバネッサを抱えてさっさと転移してしまったのだ。

「粗相を……?」

「うん。わたしがあの別荘を買ったことを、こっちの王様は知っていてですね」

「ええ?」

「転移の許可をとるのに、わたしが個人的にこっちの王と契約を結ぶことが出来ないため、うちの王様を通さないといけなくて」

「あっ……」

 聡明なバネッサは「そういえば」と気付いた。コンラートはどこにでも簡単にすぐに転移を出来るわけではない。いや、そもそも転移の難しさというものについてバネッサはよくわかっていなかったが、どこにでも簡単に行けてしまうなら、それはとんでもないことだ。

 魔塔と自分たちの家だって、転移をするために何かの魔法陣らしいものを「その場に印をつける」ことによって成立をすることだ。それを考えれば、あの別荘に転移を出来たと言うことは、その印を彼がつけたことがあるわけで、さらに言えば国の外にそんなものをつけられるとなると……。

「国外からホイホイ人が来られるようになっちゃいますからね。ちゃんと国境での関所を通らないといけないですから。とはいえ、まああの印はわたしか、わたしが許可した人でなければ通れない魔法陣になっていますし、人数制限もかかっています。こっちの国の魔法使い数名に立ち会ってもらって作った魔法陣なのでね」

 そう言うと、コンラートは串が刺さってこんがりと焼かれている魚の腹にかぶりついた。

「ここ最近忙しそうだったのって、もしかして隣国に……この国に来ていたってこと……?」

 ほとんど泊りがけの仕事に行かない彼が、結婚式前にあれこれと飛びまわっていたことを思い出して尋ねるバネッサ。

「そうですね。あのね、こっちの国の一部でね、先月大洪水があったんですって」

「えっ」

「それで、うちの国に支援要請が来ていたんでわたしが出向きまして……死者はほとんどいなかったんですが、かなりの面積の農作物と森と町がやられて、結構ひどい状態だったんですよね」

「そう、なのね?」

「はい。なので、まあわたしも万能ではないので出来ることは少なかったんですけど……」

 水が引いた後も、畑は復旧が出来ないありさまだったと言う。冠水やら浸水という程度ではなく、植えた根っこから土からすべてが流されてしまう惨状だったらしい。

「でも、わたしよりも土魔法や水魔法が長けている者がうちには何人かいるので、魔塔から何人か連れて来て、朝から晩まで魔法を使わせました。いやぁ、大変でしたよ。わたしの魔力を使うように分けてあげたんですけど、人間の体って一定よりは無理出来ないみたいで、3時間ぐらいで鼻血とか出して倒れちゃって」

「ええ!?」

 もぐもぐと魚を食べては「やあ、これは美味しい」と笑うコンラート。一方のバネッサはそれどころではない。

「それは大丈夫なの……?」

「あれはいい実験でした。治癒も施したんですけど、ひとつの個体が扱い続けられる魔力はそれぞれの個体での限界値があるらしくてですねぇ」

「え、え、えぇ……?」

「しょうがないので、ここの国の魔法使いも大量に集めて、わたしが指示をして大地の復旧だけなんとかしたんですよねぇ」

 あっけらかんと言うコンラートを見て、バネッサは空いた口がふさがらない。

「それで、国の要請に国が応えた形なんで、うちの国にお礼はいくらしいんですけどね。こっちの国の国王からも、直接何か礼がしたいって話で」

「それで?」

「折角だから、自分の国からあーだこーだ言われない場所に別荘が欲しかったんでね! 別荘を買いたいってお願いしたら許可してくれて。そのかわり、使用人を雇う金はこっちの国で出してくれるって。それで、行き来できる魔法陣も作っていいって」

「はぁ~!」

 そこまで聞いてようやくバネッサは息を吐き出した。

「何かおかしいと思ったのよ。いくら忙しくなるからって、急に泊りがけでのお仕事なんて」

 バネッサは、大聖堂で彼に声をかけようとした国王の姿を思い出す。あれは「粗相をしないように!」などと怒りたい様子ではなかった。

(あれは、隣国にコンラートがそのまま逃げないか心配していたのかもしれないわね……)

 つい困惑の表情になっていると、コンラートはバネッサの顔を覗き込んだ。

「バネッサ? どうしました?」

「あなたが本当にすごい人なんだなって、再認識していたのよ……」

「ははっ、わたしが本当にすごい人なら、あなたはもっとすごい人ですよ。いざとなったら、わたしの力は全部あなたのものですから」

「んもう」

 そんな言葉はただの詭弁だと思うが、あえてそれ以上バネッサは追及しなかった。

 コンラートは「よし」と言って、魚の尾っぽまでがりがりと食べて立ち上がった。まったく、偏食の割には初めてのものを最後までしっかり食べるところも変なところだな、とバネッサは思う。

「よし、それじゃ、お土産? っていうものを探しに行きましょう。旅行をしたら、旅先で手に入れたものを持ち帰って誰かにあげるんだってハーニィから聞きました。そうだ。別に友達でもなんでもないけど、しょうがないから国王にも買ってやるか」

 しょうがないから国王にも買ってやるか。あまりに雑な言い草に、ついにバネッサは大きく笑ってしまった。まさか国の長に対してこの言葉。

 だが、それがコンラートなのだ。バネッサは「そうね。とびっきりの何かを買ってあげたらいいわ」と笑うのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)
恋愛
隣人である小野寺翔は完璧な美貌、甘いマスク、高身長、高所得者、社交的で周囲にほぼ敵なしのハイスペック。 そんな男性の隣に住むことになりやたらと絡まれ、何かを含む甘い眼差しを向けられることに。 極めつけは微妙なネジの外れ具合。 それはどうやら私、藤宮千幸に対してのみ発揮されているみたいで。 なんて、はた迷惑なっ! 過去作を改稿。変甘です! イラストは友人kouma.作です♪

英雄騎士様の褒賞になりました

マチバリ
恋愛
ドラゴンを倒した騎士リュートが願ったのは、王女セレンとの一夜だった。 騎士×王女の短いお話です。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

処理中です...