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小さな訪問者②
しおりを挟む「私の言うことを理解したなら今すぐ帰りなさい。そして自分のしたことをお父様とお母様にちゃんと説明して、皆が罰を受けないように努めなさい」
「わかったけど、まだ帰りたくない!」
「エリック!」
「だって、姉さまがここでどんなことをしているのか知りたくてきたのに、まだなにも見てない。このままじゃ帰れないよ!」
目にいっぱいの涙を浮かべて唇を噛み締めるエリック。
ゆるふわの金色巻き毛に大きな青い瞳は天使のようで、あまりの可愛さにうっかり許してしまいそうになる。
「駄目よ。それに、今ここがどういう状況かわかってる?そんな格好でうろうろされたら迷惑なの」
追い打ちをかけられたエリックの涙腺が決壊した。
両手で上着の裾を握り締め、声を殺して涙を流している。
すると、これまで私たちの様子を見守っていた修道院の子どもたちが、エリックめがけ、駆け寄ってきた。
──大丈夫?
──泣かないで
子どもたちにとってエリックはさしずめ“突然やってきた見ず知らずの生意気な男の子”といったところだろう。
それなのに、子どもたちはそんなことまったく気にする様子もなく、エリックに優しく声をかける。
優しい子たちだ。
彼らが悲しみや淋しさに人一倍敏感なのは、数え切れないほど同じ思いをしてきたから。
「あいつ、本当にリリちゃんの弟なの?」
チコが私の側に寄ると、エリックは威嚇するように叫んだ。
「姉さまを『リリちゃん』なんて呼ぶな!」
「いい加減にしなさい!」
エリックは今度こそ大きな声を上げて泣き出した。
まだ小さなエリックには理解するのは難しいかもしれない。
どこへ行っても特別に扱われることが当たり前で、食べるものにも着るものにも困ったことがない。
誰かを傷つけても守られて、傷つけた相手が罰せられる。
そんなおかしな理を、当たり前のように思って育ってほしくはない。
「……弟なのに、どうしてそんなに厳しくするんだ?家族なんだろ」
「チコ……家族だからこそ、厳しくするのよ」
血は水よりも濃いという。
家族だから、血の繋がりがあるから、どんなにぶつかったとしても、繋がりは消えたりしない。
勿論、お互いを思う気持ちさえあればだが。
「大切な人が道を踏み外さないよう、嫌われてもいいと勇気を持って言う。それが、本当の愛情だと思うわ」
「でも、リリちゃんは俺たちにも厳しいことを言う。家族じゃないのに」
「チコ、確かに私とあなたたちには血の繋がりはないけれど、愛情とは、家族だけに湧く感情かしら?あなたには家族以外に大好きな人はいない?」
「……いる。院長先生やシスター、それにみんな……あと、リリちゃんも!」
チコの顔から曇りが取れた。
そしてチコはエリックの元へと駆け寄る。
「おい、泣いてる男はかっこ悪いぞ」
「う゛ぅう、うるざい!!お゛まえなんがになにがわがるぅ!!」
「リリちゃんにちゃんと謝るなら俺の服を貸してやる。それならここにいてもいいんだよね、リリちゃん?」
「ええ、いいわよ。あと、みんなにもちゃんと謝れればね」
エリックの、たれ流しだった涙と鼻水がぴたりと止まる。
「………………ぃ……」
我が弟ながら、往生際が悪いこと。
「聞こえませんよ!エリック!」
「ごめんなさいぃぃい!!」
「よし!」
こんなに声を張り上げたのは生まれて初めてだ。
(まだ一日は始まったばかりなのに……)
腕の中の洗濯物を見て、私はぐったりしてしまった。
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