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奈落の底へ①
しおりを挟む「ねえあなた、ちょっといいかしら」
ある日の夜会。
声をかけられたクロエ嬢は、私を見るなり明らかに引き攣った顔をした。
それもそのはず。
私とリリティス様の仲の良さは、社交界でも広く知られている。
おそらく私が、友人の敵討ちに来たとでも思ったのだろう。
「そんなに身構えなくても、取って食べたりはしないから安心して。それよりも、少しお時間あるかしら?」
そう言って微笑んでやると、クロエ嬢は薄気味悪そうな表情を返した。
警戒するのも当然だ。
適当な理由をつけて断るかと思いきや、クロエ嬢はしばらく逡巡したあと、恐る恐る頷いた。
移動したのは皇族関係者に用意された休憩室。
私たちはテーブルを挟んで向かい合わせに座った。
「あなた、目的は何?まさかとは思うけど、皇太子妃にでもなりたいのかしら」
「……身の程知らずが目障りだとでも言いたいんですか」
頭が悪そうだから、嫌味も通じないかと思ったが、一応自分のした事に関しては正しく理解しているようだった。
「そうね、控えめに言っても凄く不快だわ。あなたのお陰で、私の大切なお友だちはとても苦しい思いをしているから」
「レティエ殿下に相手にされないのは私のせいではなく、エルベ侯爵令嬢ご自身の問題じゃありません?」
「どういう意味かしら」
「あの人、高位貴族の権力を笠に着て、何かにつけて私に品位が何だとかって説教するけれど、男なんて結局は美しくてほんの少し頭が悪くて、虚栄心を満たしてくれる女が好きなのよ。男に媚びる事も出来ないで、権力使って無理矢理婚約者の座を奪い取る方がよっぽど品がないわ」
「では、殿下はあなたのような愚かで教養もない女が好みだとでも?」
「だって、何だかんだ言って、私が側にいても追い払わないじゃない」
(それはお前が徒党を組んで攻め込んでくるからだろ)
呆れて物が言えなかった。
しかし、クロエ嬢はどうしようもなく愚かではあるが、野生の勘というか、味方につける人間を選ぶ目には優れていた。
それが狙った上での事なのかは定かでないが、彼女が味方につけたのは、レティエ殿下も余程の事がなければ波風を立てたくない人物ばかり。
要は、クロエ嬢の事を除けば、帝国及び帝国民のために貢献する善人ばかりなのだ。
(さて、どうしたものかしらね)
現状、万が一にもこんな女にレティエ殿下が惚れる事はないだろう。
けれどそれではリリティス様を慰めてあげる事が出来なくなる。
『可哀想』
そう言って自分の心を満たす事が。
(あら……そういえば)
私はふと、クロエ嬢の容姿に既視感を覚えた。
どうして今まで気づかなかったのだろう。
(この子、リリティス様と似てる……)
中身はまるで違うが、クロエ嬢はその体型や、髪や瞳の色までもがリリティス様とほぼ同じだったのだ。
それは後ろ姿からでは判別がつかないほどに。
私はクロエ嬢にある提案をした。
「ねえ、あなた。救済事業に興味はない?」
「救済……事業?」
表情を見れば、興味がないことは一目瞭然だった。
「公にはされていないけど、リリティス様が熱心に取り組まれているのよ」
「それと私に何の関係が?まさか、同じ分野でエルベ侯爵令嬢と張り合えとでも?」
レティエ殿下はリリティス様の精神性というか、内面から滲み出る清らかさのようなものに惹かれている。
そういった品格は付け焼き刃では到底身につける事など不可能だが、やり方次第でそれらしく見せる事はできるかもしれない。
何せクロエ嬢はしたたかでずる賢い。
そしてなかなかに演技力もありそうだ。
私はクロエ嬢に、リリティス様のしている事を真似るよう告げた。
それもできるだけ忠実に。
そして周囲をうまく利用し、それが殿下の耳に入るようにする事も。
「彼女の功績を、あたかも自分の事のように周囲に思い込ませる事が出来れば上出来ね」
「ポワレ公爵令孫は、エルベ侯爵令嬢と友人じゃないんですか」
「もちろん、リリティス様はとても大切なお友だちよ。妹のように可愛いと思ってるわ」
「じゃあ、なんでこんな事を──」
「どの口が言うの?余計な事は知らなくていいのよ。私に従うか、潰されるか、どっちが得かくらいわかるでしょ?」
私の言葉に怯んだクロエ嬢は、そのまま押し黙った。
無言は肯定の証だろう。
それにしても良い駒を手に入れた。
リリティス様を陥れようなんて気持ちは一切ない。
ただもう少しだけ、彼女が手の届かない所へ行ってしまうまでの少しの間、あの時間が欲しい。
『可哀想』と慰めて、私の心を満たすあの時間が。
時期が来れば、もう諦めるから。
邪魔なクロエ嬢も、ちゃんと消してあげるから。
(だから許してね、リリティス様)
この日、私は一日中上機嫌だった。
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