婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました

かしおり

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第一幕:失墜と再生の序章

1-9:森の奥の奇跡、運命の再会

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 辺境への旅は、依然として厳しい道のりが続いていた。
 アメリアたちが進む街道は、次第に人里離れた深い森の中へと分け入っていく。
 鬱蒼と茂る木々は太陽の光を遮り、昼なお暗い森の中は、どことなく不気味な雰囲気を漂わせていた。
 時折、獣の遠吠えのような音が聞こえ、トムは不安そうに周囲を見回している。

「セバスチャン、この森はいつまで続くのかしら?」

 アメリアが尋ねると、老執事は眉をひそめて地図を確認した。

「お嬢様、申し訳ございません。どうやら、予定していた道から少し外れてしまったようでございます。この森は地図にも詳しく載っておらず…」

 その言葉に、馬車の中に緊張が走る。
 道に迷ったということは、いつ盗賊に襲われるか、あるいは危険な獣に遭遇するかわからないということだ。
 さらに悪いことに、空模様も怪しくなってきた。
 先ほどまで晴れていた空は厚い暗雲に覆われ、大粒の雨がぽつりぽつりと窓を叩き始めている。

(なんてことでしょう…)

 アメリアは、自分の不運を呪いたくなった。
 しかし、今は弱音を吐いている場合ではない。
 供の者たちの不安を少しでも和らげなければ。

「大丈夫よ、セバスチャン。慌てることはありませんわ。まずは雨を凌げる場所を探しましょう。トム、あなたも落ち着いて」

 アメリアの落ち着いた声に、トムは少しだけ安堵の表情を浮かべた。
 セバスチャンは、経験豊富な従者らしく、すぐに気を取り直して周囲を注意深く観察し始めた。

 雨は次第に激しさを増し、風も出てきた。
 馬車は泥濘にはまりそうになりながら、必死に安全な場所を探して進む。
 雷鳴が轟き、稲妻が森の木々を青白く照らし出す。
 もはや、元の道に戻ることはおろか、自分たちがどこにいるのかさえ定かではなかった。

「お嬢様! あちらに、小さな洞窟のようなものが!」

 御者台から、トムが叫ぶ声が聞こえた。
 見ると、少し開けた場所に、雨風を凌げそうな岩陰があった。
 一行は、ようやく安息の地を見つけ、馬車を降りてその岩陰へと避難した。

 幸い、洞窟というほど深くはなく、獣の気配も感じられない。
 トムが手早く焚き火の準備を始め、マリアはアメリアの濡れた外套を拭いている。
 セバスチャンは、馬の様子を見に行き、残りの食料の確認をしていた。
 激しい雨音だけが、岩陰の外から響いてくる。

(早く、雨が止んでくれるといいけれど…)

 アメリアは、焚き火の揺らめく炎を見つめながら、そう願った。
 その時だった。
 ふと、森の奥の方から、か細い、しかし確かに何かの鳴き声が聞こえてきたような気がした。
 それは、まるで助けを求めるような、悲痛な響きを帯びていた。

「…今の、何の音かしら?」

 アメリアが呟くと、マリアも不安そうに耳を澄ませた。

「さあ…風の音ではございませんか?」

 しかし、アメリアにはそうは思えなかった。
 あの鳴き声は、以前どこかで聞いたことがあるような、不思議な懐かしさを感じさせるものだった。
 そして、それは何故か、彼女の心を強く惹きつけた。

「マリア、少しだけ、様子を見てまいりますわ」

「アメリア様!? いけません、このような嵐の中、お一人では危険です!」

 マリアの制止も聞かず、アメリアは外套を再び羽織ると、岩陰の外へと足を踏み出した。
 雨は依然として強く、視界も悪い。
 それでも、アメリアは、あの鳴き声が聞こえた方へと、吸い寄せられるように歩き始めた。

(なぜかしら…行かなければならないような気がするの…)

 木の根やぬかるみに足を取られそうになりながら、森の奥へと進んでいく。
 すると、茂みの影で、小さな白いものが蹲っているのが見えた。
 近づいてみると、それは、子猫ほどの大きさの、白銀の毛並みを持つ生き物だった。
 仔獅子…いや、それにしてはあまりにも小さく、そしてどこか神々しい雰囲気を漂わせている。

 その生き物は、アメリアの気配に気づくと、怯えたように身を震わせ、か細い声で「くぅん…」と鳴いた。
 その声を聞いた瞬間、アメリアの脳裏に、遠い昔の記憶が鮮やかに蘇った。

(…ああ!)

 それは、アメリアがまだほんの幼い少女だった頃。
 王都の屋敷の庭で、怪我をして動けなくなっていた、不思議な白い仔獅子を見つけたのだ。
 アメリアは、誰にも知られぬよう、こっそりとその仔獅子を自分の部屋へ運び込み、献身的に看病した。
 数日後、元気を取り戻した仔獅子は、アメリアに一度だけ懐くような仕草を見せ、そして忽然と姿を消した。
 あれは、夢だったのだろうか。それとも…。

 目の前にいる生き物は、間違いなく、あの時の仔獅子だった。
 雨に濡れそぼり、寒さに震えているその姿は、痛々しいほどだった。

「…あなた、あの時の…?」

 アメリアが、震える声で問いかける。
 すると、白銀の仔獅子は、ゆっくりと顔を上げた。
 その澄んだ瑠璃色の瞳が、真っ直ぐにアメリアを見つめている。
 その瞳には、確かにアメリアを認識しているかのような、知性の光が宿っていた。

 そして、次の瞬間、仔獅子はよろめきながらもアメリアの足元へと駆け寄り、その小さな頭を彼女の足にすり寄せた。
 「くぅん、くぅん」と、甘えるような、そして再会を喜ぶかのような鳴き声を上げながら。

 運命の再会。
 それは、嵐の森の奥深くで、奇跡のように訪れた。
 アメリアは、この小さな聖獣が、自分の荒れ果てた心に差し込んだ、一筋の光であるかのように感じていた。
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