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幼少期編
3.断罪の時が来る2
しおりを挟む王妃様主催のお茶会は、王都にある『ユノトス宮殿』で行われる。
クリーム色の大理石が積み上げられた壁に、曲線が特徴的な丸くとがった茶褐色の屋根。建物は十字型の構造をしており、ファサード前に設けられている庭がお茶会の会場となる。
ここにはガゼボのような建造物はなく、イベントに合わせて都度都度レイアウトが変更される便利仕様だ。
お茶会は年に数回、不定期開催という触れ込みだが、当然そんなはずもない。今回は、第二王子の婚約者の目星をつけることが目的であり、数ヶ月前から計画されていたのだろう。
第一王子と第二王子には、それぞれ立派な派閥が存在しているのだが、第一王子の婚約者は、派閥とは無縁な他国の王女様に決定している。
「対する第二王子の婚約者が、派閥関係者から出ては要らぬ混乱を招きかねない」
ということで、派閥とは無縁を装っている父に声がかかったのだ。
父の面の皮は厚い。彼は両方の派閥を天秤にかける強かさを持っている。
こんな情報を誰に教えられることもなく、当時既に周囲の大人たちの反応から推察していたのだ、ミーシャ・デュ・シテリンは。
――しかし! 私は『わたくし』時代を繰り返す気はない。
両親にそれとなく『お茶会メンドクサイ』とジャブを打ってみたのだが、両親の反応は芳しくなかった。野心が育っている両親を説得して正式に不参加! とするには難易度が高過ぎるし時間もない。
最後の手段として「両親の足に躓いて転んで怪我しました」の方向でサボることにした。普通に親の目を盗んで怪我すると、無実の使用人が無体を受けるかもしれない。私も前科があれこれあるからホント……自業自得なんだけど。
ともかく、これで『お茶会不参加権』ゲット!
今後もこの調子で殿下との婚約フラグをへし折るぞ! それに今回、『運動音痴』というレッテルも手に入れたし!
――大丈夫! 私は、自他共に認める阿呆への道を、歩き始めている……!
◇◆◇ ◇◆◇
「――で、そんなことになってるワケか……流石だな。立派に阿呆になってるじゃないか。……くっあははは!」
楽しそうだなぁ。
私に対するトラウマ的なものは大分軽減されているのだろうか?
いやいや、そうやってすぐ己に都合よく考えるのは『わたくし』の悪癖だ!
私の罪は一朝一夕では消えない――肝に銘じるのよ!!
当初、予定では軽い擦り傷か、一・二週間で治る程度の怪我ですませる予定だったのだ。けれど予想外に大怪我となってしまった。最終的に、最上段から階段落としをする羽目になったからだ。過保護な両親から逃れ、使用人の責任にもならないように試行錯誤を繰り返した結果のことだ!
両足首骨折、右膝ヒビ、左足肉離れ、左肩脱臼、鼻骨折、全身打ち身捻挫擦り傷有り、という全治数ヶ月の大怪我。基本車椅子がないと何もできない状況になってしまった。
「おそれながら申し上げますが! そもそも、私は最初から『お茶会』には行かない方向で両親を説得中だったンです! なのに貴殿にご足労頂いたお陰で両親が野心を無駄に燃やし始めてしまったのですが?
私はこれでも頑張って抵抗したんですよ……本当に変な野心とか、持っておりませんので!」
「分かってるって」
目の前の……私の車椅子姿を実に楽しげに見ている。
えーえー、貴殿の心が安らかであればもう、それが私の幸せでございますので、いいんですがね?
「つってもなぁ……お前も女なんだから、顔に傷を作るのはどうかと思うぞ?」
鼻のガーゼを見て、パトリックが更に笑う……。別に文句なんかありませんよ?
全部、自業自得なのでね、これは!!!
私が彼の来訪を知ったのは、お昼を食べ終わって自室で今後の計画を練っていた時のことだった。周囲には勉学に勤しんでいるように見えているらしい。
今の私は車椅子生活なので、パトリックが気を利かせて自室――と言っても来客対応用のスペースではあるが――まで足を運んでくれた。
彼に対するイメージは、キラキラ王子もどきから口の悪い不良少年に変わりつつある。しかもその態度、周囲に人がいる時は絶対にしない。相手が貴族だろうが、平民だろうが関係無しに。そういう不自然な勘の良さも相まって、そう見えるのだ。
そんな彼が今日、何のために来たのか分からなかったが――どうやら、本気で怪我をした私を心配しているらしい。お人好しが過ぎるだろう。そんなだから、わたくしに刺されるんだ。……なのに報われない……。
「お嬢様、お茶の用意ができました」
給仕侍女の声に所定の位置へとぎこちなく動く私に、侍女より早く手を貸すとか……私のこと怖いんじゃなかったのか?
「――茶会でお前の話が出た」
「え――」
私の体を支えながら小声でそう耳打ちする。もしかしたらこっちが目的か?
◇
侍女を適当な理由をつけて下がらせ、密談を開始したが――。
「なんでか知らんが、アイツがお前に興味を持ったみたいだ」
「えぇっ?! な、なんで――」
――ここでいうアイツが誰なのかなんて、言われなくても分かる! クリストフ殿下だ! なんで?! どうしてそんなことに……。
「悪い、俺のせいだ」
「屋敷に来たとかわざわざ言ったのですか……?!」
――知能まで幼児に戻ったのか、パトリック・シュトルツァー!
「俺じゃない! シテリン夫人だ!」
「あー、ああ……。あぁ~」
足に怪我がなかったら地べたにへたり込んでいたところだ。脱力感が半端ない。
娘が不参加でも母は意地でも参加する、それがシテリン家……。
パトリックの両親は第二王子派の人間だ。
つまり、息子のパトリックも必然的にそうなるし、幼少の頃から付き合いがあったとしても、なんら不思議はない。
シテリン家は、この国の王族より隣国王家との方が血が近いような家だ。表立って派閥には属していないけど、権力欲は強いから水面下ではなかなか面白いやり取りをしているようだ。
「お前が中身十七ってことで話すが……陛下は、血が濃くなり過ぎたツケが回ってきてるみたいでな」
――それは、知ってる。わたくし独自の情報網でも手に入れてた。クリストフ殿下を手に入れるため、使える情報は全部必要だったから。
特に、弱点は。
まあそういう事情があったから、私が婚約者として決まったのだし、多少の悪行も黙認されていた。『わたくし』は自分が優秀だからだ――って都合の良い解釈してたんだけどね……。
「知ってる。調べ上げたから」
「ああ、そうか」
パトリックの顔に影が差す。仕方がない。私は……罪人なんだから。
「心配しなくても、もう馬鹿なことは考えてません」
「…………こんな小さい頃から、お前、クリスが好きだったのか?」
クリス、か。パトリックは殿下をそう略していたのか。必要な情報はなんでも集めていたというのに、彼について把握していることは少ない。
「『王妃様のお茶会』で一目惚れをしました。学園に上がる前までは、何度もクリストフ殿下の下へ押しかけてました。宮殿や……私から逃げるために移動した離宮や大聖堂にまで」
――押しかける度に、周囲に多大なるご迷惑をおかけしました。もう二度としません! 猛省しております!
「……今もか?」
「………………その質問、意味ないですよね?! 私は今後、殿下には関わらない方向で生きていきます! 殿下へのあの異様な執着さえ起きなければ、大体の悪行は未然に防げるはずなので!」
……一生懸命、己の決意を表明してはいるが……相手の反応は芳しくない。ああ、信頼度が低い、当然だけど。
◇◆◇ ◇◆◇
ようやく車椅子生活を卒業できた頃、季節は冬から春へと移り変わっていた。パトリックからの前情報があったとはいえ、『六』歳児の現段階では、王家に対して策を弄することなどできるわけもない。
手をこまねいている間に、先手を打たれた。
うららかな春の午後、『王妃様のお茶会』をサボった私の下へ、クリストフ殿下がやって来たのだ――!
「初めまして、クリストフ・アルベルト・パルデュークと申します。よろしく」
「よ……よろしくお願いします……」
――王族がわざわざ……派閥外の人間の下へ、訪ねて来るか普通?!
いつぞやはパトリックが座っていた来賓の間のソファーに、今はクリストフ殿下が座っている。私が、絶対に何が何でも避けなければならない、あの、クリストフ第二王子が。
隣で対面している両親と殿下の保護者として現れた、やんごとなきお歴々も同様に。はっきり言って大迷惑だ! ……ここでアホをさらすか。王族もろともにこちらを見限ってもらうには、早い方がいいな。
六歳児なら見込み無し程度で許してもらう……………………しかない。
――この国の為なのよ…………………………!!!
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