悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ

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幼少期編

 5.暗礁に乗り上げた計画を

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 『わたくし』の記憶の中では、家族は自分と同じくらいの強欲さを持ち、悪事の限りを尽くしていた。父は権力の虜囚りょしゅうだったし、母は虎の威を借る強欲狐だったし、兄二人は狂気の傀儡かいらいだった。

 今のところ、両親に不審な行動は見られない。欲が全くないわけではないが、過去に見せていたような『他人を蹴落としてでも!』という強いこだわりは見えない。
 母は最近花を愛で始めたし……いや、だからと言って油断は禁物か。

 私の『阿呆になって被害者の皆様とは無関係でいこう計画』も暗礁に乗り上げている。
 父も頑張って、抵抗してくれてはいたのだが、抵抗虚しく、私はまたしても『クリストフ殿下の婚約者』となってしまった。
 私にできた精一杯の抵抗と言えば、正式発表はまで待ってもらうこと。十七歳は、この国ケブルトン王国の一般的な社交界デビュー年齢だ。


 お茶会で出張らなければ、元々第一候補だったに決まると思っていたのに。少々楽観視が過ぎたのだろうか。このままではパトリックに合わせる顔がない。
 彼も頻繁に我が家を訪れる。町屋敷タウンハウス(王都にある屋敷)にも田園邸宅カントリーハウス(領地にある屋敷)にもやってくる。――釘を刺しに。なんかホント、すみません…………。







 ◇◆◇ ◇◆◇



 私が七歳になったある日のこと――。
 社交界シーズンが終わり、町屋敷タウンハウスから田園邸宅カントリーハウスへ帰ろうとしていた八月某日、全くもって面倒な報せが王家からもたらされた。

 ……来年から田園邸宅カントリーハウスから出るのやめようかな。


「一月近くの間、離宮への滞在を許可するので、親交を深めるように」と王家が強権を発動してきたのだ。ちなみに、滞在が許可されているのは私と母の二人だけ。

 クリストフ殿下を避けていることが問題視されているらしい。中途半端に問題視するより、破談にして欲しい。

 社交界に正式にデビューをしていない少年少女たちの社交の場は、主に、自邸で開かれる家庭招待会アトホームズか、午前零時前には解散となる新緑舞踏会くらいだ。この『王妃様のお茶会』は異例中の異例で数には入らない。

 ……デビュー前の時点で既に、自分でも青くなるくらいに社交界での前科がてんこ盛りなのだ。ただでさえ避けたい場所の更に中心に、自分から乗り込んで行くとかアホかと。
「お前本当に反省してンのか?!」と、どこかの誰かに絞め殺されても文句は言えない所業だろう。

 お断りするために足に釘でも打とうか、と考えていたところに――噂の『第一候補だった女の子』のご家族が殴り込みにやって来た。

 ◇

 あれは家族全員で朝食をとっている時のことだった……。

 エントランスから騒々しい雰囲気が伝わってきた時点で嫌な予感はしていた。
 どこぞの小屋ならいざ知らず、この屋敷でエントランスの声がここまで聞こえてくるとは、異常事態でしかない。

 何が起こるのかと若干の恐怖心を抱いていたが、ドアというドアを全て閉めて、怯える妹をなだめている間にことは片付いていた。両親は私含む小娘たちには気付かれないようにことを運んだようだ。


 来襲してきたのは、リナウド侯爵夫人とその娘。娘はただ連れて来られてだけのようで、母親の突然の剣幕にドン引きしていた。
 ――夫人の言い分はこうだ。「第二王子の婚約者の座は娘に内定していたのに、この泥棒猫! 躾のなってない餓鬼はこの国のためにならないから、私が始末してあげる!」

 リナウド侯爵の名には聞き覚えがある。

 前回、己の取り巻きとして傍らにはべらせていた少女の一人だ。取り立てて特徴のない――――いや、本当はあったのかもしれない。ただ、私は、それを顧みるようなことはしなかった。
 己にとって都合が良いか、利用価値があるか……大事なのはそれだけだった。

 前回の今頃は、既に私は殿下しか眼中になかった。もしかしたらこのやり取りも、私が知らないところで発生、収束していた可能性もある。
 その証拠に、母に諭されて現れたリナウド侯爵夫人の顔が、宗教にまった憐れな子羊のようになっているではないか。父より、このおっとり母に気を配るべきなのだろうか。以前は当然として今世も、私は今の今まで母に対してはどこか『安心』していたのかもしれない。

 そして、最終的に話がついたということで、来の間で荒れ狂った者たちと遅いランチをとりながら親交を深めることになった。

「……初めまして、デリア・リナウドと申します」
 ライトブラウンの柔らかそうなボブヘア、翠玉エメラルドのような大きな瞳が印象的な、リナウド侯爵の長女。かつての私が、取り巻きとして引き連れてた娘だ。

 彼女自身も、親からシテリンの娘に取り入るように言われていたのだろうと分かるほど、自分のない子だった。
 そのくせ、いつも不満げに恨めしげにこちらを見つめていて……。そうだ、私の最期の時に彼女は…………私を、心底憎々しげに見つめていた。殿下以上に、私を憎んでいるようにさえ見えた。
 ただ、あの時の私は、殿下とマリーのことしか眼中になかった。

 今も……どこか暗い視線を感じるけれど、それについては、これから解決していかないとな。このままだと第二、第三の『わたくし』に利用されそうだし……。




 ――などという出会いを経て、前述の宮殿一月間の滞在にちゃっかり同行してくることが決まった。断じて取り巻きではない。二の舞をするつもりはない。……のです本当に、本当です!

 …………滞在先のユノトス宮殿でパトリックと再会した際は、すっごい、軽蔑のまなざしを頂きました……。






 ◇◆◇ ◇◆◇




「違うんです、本当に違うんです! 神に誓って、邪な計画を練ったりしておりませんので……」
「……ホントだろうな?」

 目の前には怒りもあらわに腕を組み、仁王立ちをしている金髪碧眼の見目麗しき、紅顔の美少年であるパトリックの姿がある。私はその前に――正座だ。土下座は免除されたので。
 こんなところ他人に見られるわけにはいかない。宮殿内の死角スポットである、生け垣製迷路の一画にパトリックを案内し、そこで……お説教タイムとなった。
 庭と言っても屋敷や学園の中庭とはワケが違う。広大な敷地の中にあり、季節ごとに咲く花に合わせ使用される庭も異なっている。

 今はシーズンオフとなっている生け垣製迷路に、朝食前の早朝から二人でコソコソとやって来たわけだ。お説教と今後の計画やら諸々を共有するために。お互いの精神衛生上、情報は密にやり取りをした方がいいと言い出したのはパトリックで、私もそれに異論はなかった。
 パトリックがいいんなら……それで私は構わないけれど――。


「アイツはお前の元・取り巻きじゃねぇか!」
「あ、やっぱりご存じで?」
「……舐めてンのか?」
「……………………大変申し訳ございません」

 リナウド侯爵夫人が来襲して来たことを話すべきか否か、と迷っていたらそれを見抜かれ、強制的に話をすることになった。……黙っていようとしたことを激しく怒られた後で。

「リナウド侯爵夫人か……」
 いかにも「何か知っています」と言わんばかりの誘い受けの後、パトリックの口から語られたのは、パトリックの目から見た前回のデリア・リナウドについてだった。

 彼から見たデリアは、とても令嬢らしい令嬢だったという。
 それはとても良いことなのでは? と思っていたのが顔に出たのか、パトリックは心底嫌そうな顔で「だから女ってヤツはイヤなんだ」と……。
 え、まさかの女嫌い? あれだけ女好きだったパトリックの性癖を……変えてしまった?!

「おい、なに考えてる」
「パ、パトリックが……女嫌いみたいなこと言っ……」
「……クソッ、俺は元々女なんか嫌いだったんだよ」
「えっ?!」
「俺のことはいいんだ! ……それよりあの女、全然従順なタイプじゃねぇから。のお前は駒としか見てねぇみてぇだったがな」

 驚くポイントが多重状態だ。何から考えていけば……と思っていたのだけれど、パトリックが自分に構うなというので、ひとまず、デリアのことに集中しよう。

 彼女は、『わたくし』の前では従順なお人形を演じていて、その実、結構な野心を抱いていた――とパトリックは言う。
『わたくし』がいない時を見計らい、殿下やパトリックに接触を繰り返しては、好意を匂わせていた。しかし、断言はしない……。二人にとって、傷をえぐりつつ知った風なことを言い、距離感を無理につめようとする。居心地を悪くさせる相手だったのだという。

『わたくし』時代はパトリックが言う通り、彼女を駒の一つとしてしか見ていなかった。彼女の人格なんてどうでもよかった……。

「反省すンのは後にしてくれ、ともかく! お前はこれから寄ってくる女どもを妄信するのは止めろ。あと、あいつがあんな感じに成長しないよう、お前の方で何とかしろよ」
「えっ……私、そんなみたいなことできない……」
「めんた…………??」
「あ、いえ、こっちの話……デス」

 パトリックは気にするなと言うけど……。パトリックの女嫌いが、私に関係ないなんて……本当に? もしや、まさかとは思うけど、こちらを気遣っているのでは??
 パトリックにも可愛い婚約者をお膳立てすれば、ちょっとは前向きに――――。

「お前、余計なことしたら殺すどころじゃすまないからな?」
「…………………………はい」

 怖いよーっ! いや、完全に自業自得なんだけど! もう完全に不良少年だよ! 品行方正なスチャラカ貴公子のイメージだったのに!!

「俺は一生誰とも結婚しない。家は長男が継ぐからいいんだ。俺は軍に入って僻地へ行って家にも二度と帰らねぇ……」

 ……? これはもしや、誘い受け再び? 突っ込んで聞いた方がいいのかな?
 聞いて良いのかな? だって……私だよ? 極悪非道のミーシャ・デュ・シテリンが、何に首を突っ込むって言う――――

「…………お前が成長してくれればあるいは――」
「えっ? なに? 聞き逃した!!」
「……知るかッ!」
「え? な、なにっ??」

 ああっ! 何だかよく分からないけれど、私またなんかやらかした?!







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