この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

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94. 「手のひらの種、未来の森」

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静かな風が、ひとひらの若葉を揺らしていた。

柔らかな光が射しこむ庭先で、ルカは小さな手に、琥珀色に透き通った“未来種子”をそっと乗せていた。

「これが……ボクの“魔法”なのかな……」

ぽつりとつぶやく声は、誰にも届かなくていいくらいに、静かだった。
けれど、ルカの隣に座るアス少年だけは、その声を聞き取っていた。

「……ルカ様の魔法は、きっと、木を育てるだけじゃないと思う」

「うん。なんかね、みんなの心の“枯れたところ”が、水をもらったみたいに、じわって……元気になってるの。ボクが何もしなくても、ね」

ルカはそう言いながら、自分の胸に触れた。

ノアが泣いた夜。
アスが走って届けてくれた手袋。
大人たちの目が少しずつ優しくなってきた日々。

それらすべてが、この“種”と同じように、何かを芽吹かせる兆しだった。

「……ルカ様、ひとつお願いがあります」

ふいにアスが真剣な表情になる。
金の瞳が、どこか決意を宿していた。

「……なあに?」

「ぼく、もっと学びたいです。ルカ様のそばで。文字も、魔法も、畑のことも……ボク、いっぱい覚えて、村のみんなに教えられるようになりたい。だから……」

「うん。もちろんだよ」

ルカは微笑みながら、アスの手を握った。

「アスくんが、ボクのそばで頑張ってくれるなら……もう、何も怖くないよ」

アスの瞳が、ほんの少し潤んだ。
けれど、もう泣かなかった。

ふたりの手のひらのあいだに、未来種子が静かに光を放つ。

まるでそれが、ふたりの約束を祝福するように。

***

その日の夕方、ルカは父と母に呼ばれて、王城に向かうための準備を進めていた。

「王都から正式な招待状が届いたよ。国の再建を巡る“神子会議”が開かれるんだ」

父の表情は誇らしげで、どこか不安げでもあった。

「だけど、ルカ。無理はしないでね? あなたはまだ五歳なのよ。どんなに“世界が望んでいても”、あなたの心が一番大事」

母の言葉に、ルカはゆっくりうなずいた。

「うん。……でも、大丈夫。ボク、行くよ。だって、ボクが行けば……笑う人が、きっと増えるから」

その声に、父も母も、何も言えなくなった。

小さな背中に、世界が託されようとしていた。

でも、それを重さと思わずに抱けるのが、ルカという存在だった。

***

夜。窓の外では、星がささやき合うように瞬いていた。

ルカはベッドの上で、ミミルを抱きしめながらそっと目を閉じた。

「……世界が、優しくなりますように」

小さな祈りは、誰にも聞こえないはずだった。

けれどその瞬間――

彼の手のひらに置かれた“未来種子”が、ひとりでに発芽した。

ぽうっと、緑色の光を帯びて、まるで「聞こえたよ」と言わんばかりに。

やがてその芽は、ルカの寝息に合わせて小さく揺れながら、そっと、部屋の空気を変えていった。

希望が、芽吹いていた。

この世界で、確かに。
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