Parasite Code-寄生体は『愛』に擬態するー

Nox

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第一章 目覚めた元勇者

第一話 存在の定義

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あの後、ジェネスは『魔王様をよんでくる』と言って、部屋を出ていった。
いつもなら整備されている通信魔法の回線があるのだが、それがなんやかんやで今使えないらしい。
ちなみに、ここは魔王城にある医務室とのことだった。


「なあ。『コウブン』とか、『トウジロン』ってなんだ?」

ベッドに腰かけて足をぶらぶら遊ばせながら、ブレイズは白衣の医者に尋ねた。
書類と向き合っていた医者が、椅子ごとくるりと振り返る。

「ああ、人間の方は構文医学はないんだっけね。人間は単一種族だから」

立ち上がったグレンが白くツヤツヤした板の方に歩み寄る。
(後に聞いたところ、『ほわいとぼーど』とかいうやつらしい)
グレン自身もグレンの周りも、なんだか妙に白い。
ただ、彼の手を包む黒い手袋だけが、妙に浮いている。

ホワイトボードをブレイズの前まで引っ張ってきたグレンが、黒いペンで何人かの人体の絵を書き始める。
いや、人体と言うには、それぞれ角が生えたり羽が生えていたりするので、ヒトっぽい何か、だろうか。

「構文。構文っていうのは、そうだね。まず、『文章の組み立て方や構成』ってやつだよ。構文医学って言うのは、それを『存在』のレベルで語るー『存在』を『存在記号論』的観点から扱うもの。魔族は多種族で、様々な種族特性を持っているから、様々な『文脈』がある。ーその存在が『どうあるか』を、『存在構文』っていう」
「…えーと、ステータスみたいなもん?」

ステータス。
鑑定魔法で見ることが出来る、数値化された能力値や属性のことだ。

「近いけど違うね。あれは分かるように『出力』された数値や属性。存在構文っていうのは、それ以前のもっと深い情報ー基礎と前提とでもいうべきか。仮に俺が俺を語るとしたら、『魔族』『記号を読む種族』『エニグマ族』。ジェネスだったら、『魔族』『環境を再定義する種族』『ドラゴン族』。更に、そこに様々な個性とかが付加されて、その存在を定義付ける『存在構文』になる」
「個性?」
「こちらは『個人的な語られ方』とでもいうのかな。つまり、『魔族』『記号を読む種族』『エニグマ族』が種族としての文脈なら、『グレン』は個人的な文脈になる。例えるならーそうだな。イチゴジャムがふたつあるとしよう。鑑定魔法で出たステータス上はどちらもイチゴジャムでも、それがどこの産地のイチゴで、農家はどのタイミングで水をやったのか、収穫されるまでイチゴはどんな環境にさらされたのかー晴天が何日、雨が何日」

グレンは続ける。

「そして、どのくらいの火力で、どのくらいの砂糖をいれてどのくらいにつめられたのかーそして、これが戦時の為に作られたジャムなのか、母が作ってくれたジャムか。そういう過程やを個人的文脈という。で、『イチゴ』『煮詰めたもの』『ジャム』っていう種族定義みたいなものと合わせて、『存在構文』」
「…なんとなく分かった。とりあえず…『野菜炒め』を作るとして、同じ材料でも、その材料がどうやって育成されたとか、料理の味付けが人によって違う、みたいな感じ?」
「そんな感じでいいよ。…ふむ。今の飲み込み方と出力…発話を見る限り、君の精神は問題なさそうだね」

会話さえも材料にして、医者はこちらを観察しているらしい。

「ーで、存在統辞論というのは、その存在構文がどのように結びつき、成り立っているかを研究するものだよ。統辞論というのは辞書的には文章のルールー主語、術語、目的語とか、文章やテクストを作るために必要な言葉の種類、言葉の並びや構造を、存在という次元に置き換えて存在構文が成り立つ仕組みー」

「もういい!もういいです!聞いた俺が愚かでした!」

今度こそ本当に頭痛がしてきて、ブレイズは降参した。
両手を振ってこれ以上はやめてくれとアピールする。

存在が記号とか辞書とか、なんだか分かりにくい。

グレンが少し残念そうな顔をした。
四角い何かを手に取ると、それで擦るようにしてホワイトボード上の文字と図解を消してしまう。

「君のは凄く興味深いよ。いっぱい見せて欲しいな」

グレンが値踏みするようにブレイズの目を覗き込んできた。

色素の薄い目は、何を考えているかはわからないーが、一瞬だけ、何か愉悦のようなものが見えた、気がした。

黒い手袋の指先が、つ、とブレイズの胸に触れる。

「ーまっさらで何も書き込まれてない、いい鼓動だね。うん」  
「おい、グレン、」

ブレイズが止めるまもなく、グレンが身体をかがめて、ブレイズの胸に耳を当ててきた。

グレンの息遣いを間近に感じる。
グレンの指先から、また何かー存在の根幹に触れられているような、そんな感覚。

先程グレンが話してくれたいちごジャムの『つくられるまでの過程』について思い出した。

今まさに、ブレイズという存在構文を、グレンは観測している。
指がなぞっているのは、皮膚ではなくー存在の定義の『淵』。

(ー俺の存在構文ってなんなんだろう)


グレンの指がなぞり、存在の輪郭を浮かび上がらせて、そこからあふれた鼓動からー

自分という構文をじっくりと咀嚼されているような気がして、ブレイズの背中がぞくりと粟立つ。

(…喰われる)


その時。


世界が『揺れた』。

存在が『揺さぶられた』。

地震があったわけではない。
だが、『何か』が、こちらを観測する、圧倒的な何かが近づいてくる。
物理的振動のない、だが圧倒的なそれは、まるで見えない巨人の歩みのようだ。


グレンが舌打ちして、ブレイズから身体を離す。

「あンの馬鹿魔王!また感情の制御ミスって存在構文からいろいろ駄々洩れにしてる…気絶する奴らが多いから気をつけろって何度言えば…!」


圧倒的な圧に言葉を失いながら、そしてグレンの眉間に浮かぶ青筋を見つめつつ、ブレイズはー

(今、この人、仮にも『王』の位の名前がついているやつに『馬鹿』って言わなかったか?)

ややして、ノックの音がした。

グレンは大きくため息をつく。
彼は引き戸式ドアの方へと行くと、それをすっと引きながら、胸に手を当てて(舌打ちしてた割には敬意がこもっている)、訪問者に礼をした。

「ーどうぞ。魔王様」
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