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クリニック 2
しおりを挟む今からお前はdomだ、と言われても慧は困っていただろう。
だから、医師の言葉は、ある意味安堵をもたらした。そして、ゆるやかな絶望も。
「……はい」
「あの、先生。どちらか、を決めないといけないんでしょうか。その、この子はsubとして生きてきて、結構傷ついていて、せめてノーマルになったりとか」
慧が、項垂れながら返事をするのに被せるように、忍が口をひらいた。
医師は、またクイッとメガネを上げて忍を見た。神経質そうだが、悪い人ではないようだ。
「今まで、ご苦労をされた事、お察しします。ですが、先ほども申し上げたように、鏑木さんの体質的に、強制的に切り替えるのは、難しい判断になると思います。強い薬を使えば、domに傾ける事もできるでしょうが、おそらく、それをした方が不調や不具合が出ると思います。ノーマルになるのは、ゆで卵を生卵に戻すようなもので、無理だと言う他ないのです」
医師の説明を、どこか上の空で慧は聞いていた。
やはり、subとして生きるしかないのだ。
だが、それはずっと諦めていた事でもある。
今更switchとわかった所で、それは変わらない、というだけの事。
ただ、普通のsubならおかしい事でも、switchなら説明がつく、と言われれば納得もしやすい。それだけは、少しの慰めになった。
「switchと診断されるのは割りと珍しいので、今までご苦労されたと思います。ウチなら、switch用に調整した薬なども出せますので、その、あまり気を落とされないよう」
あの龍士郎が、信頼を置くだけはあるのだろう。医師の少しばかりの労わりの言葉を聞いて、慧は小さく頭を下げた。
まだ何か言いたげな忍の腕を引き、診察室を出た。
「慧……」
待合室で、忍が心配そうに声をかけてきた。
慧は俯いていた視線を上げ、忍を見た。その顔は思ったより元気そうで、忍はおやっと思った。
「忍さん。おれ、もっと自分でもがっかりするかと思ったけど、そうでもないんだ。subとして生きるのは諦めがついてたし、そのマイナスがゼロになった、くらいの気分なんだ。やっぱり、龍士郎さまにはお礼、言わないと。良いクリニック紹介してもらったし」
そう。
この繁盛ぶりを見ると、今日明日で予約が取れるクリニックではない、という事は察して余りある。
それを、明日などとワガママを言う慧に、文句ひとつ言わず、龍士郎は予約をねじ込んでくれたのだ。感謝しかない。
「そぉお? アンタがそう言うなら、そうね。千代子さんにもお世話になってるし、お礼を……」
と、忍が言った所で、スマホが鳴った。仕事用の着信だ。
慌てて、忍はスマホを抑えて外に出て行った。
忍が隣に居ない間、慧はぼんやりとしていた。
忍に言った、思ったよりがっかりしていないは、本心だ。
だが、心の奥でsubじゃなければ良かったのにと、思っているのも本心。
だからと言って、domになりたいわけでもない。
ただ、domに抱いていたトラウマや嫌悪は、龍士郎のおかげでだいぶ薄まった。
変な人だ。
あんな人が居るなら、世界はまだ悪い事ばかりではないのかもしれない、と思える。
まあ、自分との接点はもう終わってしまって、これから先、交わる事も無いだろうが。
良い思い出ができた。
慧は、知らず知らず、俯いていた。
ふと、地面に影が差した。ついで、忍の靴が目に入った。
つと目線を上げると、何故か困惑した顔の、忍。
「どうしたの、忍さん」
「いや、それがね、慧。アンタを」
「鏑木さん、お待たせしました」
忍が何か言いかけた時、受付から会計の為に声がかかった。慌てて立ち上がり、受付に向かう慧。
忍は困惑顔で、その場に突っ立ったままだった。
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