『25歳独身、マイホームのクローゼットが異世界に繋がってた件』 ──†黒翼の夜叉†、異世界で伝説（レジェンド）になる！

第一章：九条カケル、世界の終わりにマイホームを買う。

第9話「現代が異世界に侵食されるスピードが想像以上だった件」

　リビングに残された俺一人と、慌てふためくヒロインたち。
　エアコンの風が、妙に生暖かく感じる。

「……い、いいのかよ。今この状態で他人来たら完全に通報案件だろ……」

　俺は顔を覆いながら呟いた。だが、誰も気にしていなかった。

　リュシアは真っ白な下着姿で涙目。
　ティアラ、ユリィカ、ソフィアもまた、衣服はほとんど脱げかけた状態で立ちすくんでいる。

「す、すみません……わたくしたち、カケル様の“聖域”に敬意を……」

「敬意ならさ、靴でいいじゃねえか！ 服脱ぎは常識的にOUTだろ！」

　俺の怒鳴り声にも関わらず、彼女たちはしおらしく頭を下げるのみ。
　この異世界文化への理解のズレが、俺と彼女たちを隔てる壁だ。

　

　だが、そんな混乱の中でも、現代世界は静かに反応を始めていた。

　テレビが突然チカチカと点滅し、映像が歪む。
　窓の外を見ると、目立つはずの街路樹が、異世界風の木々に見えるような錯覚。
　空気には草の匂いと湿度。街灯の光が、うっすら虹色に揺れていた。

「……何だこの空気……」

　俺は立ち上がり、窓を開けようとした。

　そのとき、背後でリュシアの声。

「カケル様……夜叉の紋章が、わたくしの胸に……輝いております……」

　俺は肩越しに見る。リュシアの胸元。確かに、淡い銀色の紋章が光っている――あの“深淵の支配者”が宿す印。

「そんなことよりまず、この部屋から服着ろよ！ 風邪引くぞ！！」

　だが彼女は、震える声でこう言った。

「これが、わたくしの“契約”の証。カケル様に捧げるものとして――」

　俺は眉をひそめた。本来なら、こういうのは甜い王道シーンになるはずだが、今の俺には異世界侵食という脅威が迫っていた。

　

　その瞬間、クローゼットの扉がガタガタと揺れ始めた。
　枠の中で光が踊り、空間が歪む。
　俺とヒロインたちは、一斉にそれを見た。

「……また来たか」

　俺は無意識に息を吸う。

　次の瞬間、見覚えのある草原と石畳が、クローゼットの闇の向こうに浮かんだ。

　それは――異世界エルダリアの風景だった。

　

　自然と、俺の中の“門の力”が反応する。
　だが、いつもと違う。扉の向こう側が、こちらに侵攻してきていた。

　小さな光の粒が、リビングの床にちらりと落ちる。草の芽のような緑色の蔦が、徐々に壁を這っていく。

「やべえ……これ、完全に異世界が現代に干渉しとる……」

　俺の胸に、焦りが走る。
　ヒロインたちも目を見開き、息を飲んだ。

「カケル様、このままでは……この世界、崩壊してしまいます……」

　リュシアの言葉が、冷たく響いた。

　俺は拳を握る。
　“深淵の支配者”としての責務が、胸の奥で唸りを上げる。

「わかった……まず、この空間を守る。ここを守ったうえで、異世界側との折り合いをつける」

　ひとり、俺は前を見据える。
　異世界と現代、両方を巻き込むこの物語の、次章が動き出そうとしていた。