君と過ごした最後の一年、どの季節でも君の傍にいた

七瀬京

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037.藤本の作戦

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「あの、藤本さん……、それって誰の事……?」
 僕が問うと。藤本さんは、はあっ、と大きなそして大げさなため息を吐いた。
「佐伯でしょ。成瀬が好きなのって」
「そ、それはそうなんだけど……家庭環境って……?」
 僕は、どう聞いて良いかわからず、しどろもどろになりながら聞く。
 悠真は、僕の幼馴染で。ずっと一緒だった。それは間違いない。けど。家庭環境って、なんだろう。僕は、まったく、わからなかった。
「あいつ、私の家に近いんだけど……、おじさんのところに引き取られて住んでるらしい。高校卒業までは家に居ていいっていう話だけど、そこから先は一切かかわるなって言われてるって聞いた」
 藤本の話すことばに、僕はなぜか強烈な既視感があった。
(小説の主人公……)
 悠真の書いた小説の主人公は、おじの家で暮らしている高校生だった。そして十八歳になった日に、荷物をまとめて外へ出ることになる。主人公の唯一の癒しは、女親友だったけど、彼女の性嗜好は女性で……。住む場所、立場、好きな人友人、学生生活。すべてが揺れる、揺らぎをテーマにした物語だった。
「知らなかった」
「うん。成瀬は、もし知ってたら、腫物みたいに扱うでしょ。だから、教えなかったんだよ」
「それって、僕が信用されてないっていうことかな……」
「同情されたくないだけでしょ。同情って、無意識に上下関係ができるから、あんたと対等でいたいんでしょ、佐伯は」
 僕が考えもしないようなことを感じながら、悠真は日々、僕と一緒にいてくれたのだろうか。
「あのさ、藤本さん……、藤本さんのほうはどうなのさ」
「どうって?」
「……たとえば、結城とか、藤本のさんのこと好きでしょ」
「うん、わかってる」
 わかってるのか、すごいな、とちょっと思ったけど、うれしいとも何とも思っていないような態度なことには少し引っ掛かった。
「……受験組に迷惑が掛からない感じで、卒業式までの暫定恋人がほしい」
「はあ……」
「私ばかり、あんたの好きな人を知ってるのはずるいからさ、私も教えるけど、私、青木が良いんだ」
「えっ、青木っ!?」
 青木というと、我々七人の中で、中川・青木と呼ばれるくらいの、まじめキャラ。
 ちょっと華やかな雰囲気のする藤本が、青木を好きというのが意外過ぎて、僕は、声が裏返ってしまった。
「失礼な。青木は、いいやつだし、まじめで優しいよ」
「それは認めるけど……」
「でも、青木は、受験で忙しいし、お遊びの彼氏彼女ごっことか、好きじゃないでしょ」
 それでも、藤本は、それをやりたいのだ。それは分かったが……。
「僕は、藤本さんとは付き合わないよ?」
「当たり前でしょ。私だって、成瀬はいいよ……ほら、結城が私のこと好きなら、付き合いそうじゃない?」
「まあ、たぶん……」
「だったらさ。……明日、手伝ってよ」
「手伝う……って何を」
「チョコのバラマキ大会」
「はぁっ!?」
「みんなこの時期頑張ってるから、慰労ってことでさ、あんたと私の企画ってことで、みんなにチョコ配ろうよ」
「そ、それで……どうするんだよ」
「あんたも私も本命チョコ、本命に渡せるじゃん」
「えーと、それと結城と付き合うがどう関係……」
「……本命に渡して、ダメって言われたら、結城と付き合う」
「保険掛けるのかよ」
「どうせ、本命は、いいって言わないから、結城しか選択肢はないよ。……ね。お願い。……アルバム作ってたら、もう、本当に学校生活が全部終わっちゃうと思ったの。後悔したくないから……」
 本命チョコをどうやって渡すつもりなのかわからないけど……。
 頑張っている悠真に差し入れをするというのは、ちょっといいかもしれない。ルックがあるとしたら、今、いい感じのチョコが入手できるか、ということだった。
「あの……」
「ん? 何……?」
「それ、本命チョコ、うまく本人に渡せますかね」
「手渡しなんだから、大丈夫だよ。多分」
 その『多分』が、かなり心配があるが、余計なことを突っ込むのはやめておくことにした。
「……それで、チョコレート、どうすんの?」
「私と成瀬の二人で、クラス分用意しようよ」
「ということは、五個買えばいいってこと?」
「手作りでもいいけど」
「受験前に万が一があったらヤバイから、市販品でお願いします」
 僕の言葉を聞いた藤本は、不機嫌そうな顔をしていたが、「仕方がないけど」といいつつ了承してくれたので、とりあえずホッした。
 そして、すっかり藤本のペースにハマって、チョコレートをみんなに配るということで落ち着いたのだ。
 僕の担当は、悠真と、中川、池田。
 藤本の担当は、結城と青木ということだ。
「僕のほうが一人多い~」
 とちょっと文句は言ってみたけど「まあまあ」と言う藤本にごまかされてしまった。
 普段ならば、学校にお菓子を持ち込んだら怒られただろうが、最近は、それもない。教室で友達と食べるジャンクフードやスナック菓子。この楽しさを、僕らに体験することを許してくれているのは、かなりありがたい。
 僕は、帰り道少し遠回りをして、コンビニへ向かった。
 そこでチョコレートを4つ。そして、小さなレターセットがあったので、それも買ってみた。
 家へ帰って、メッセージを書いていく。

 『池田へ
  三年間ありがとう。池田は、あんり主張しない感じだけど、いてくれるだけで安心感があったよ』

 『中川へ
  三年間委員長お疲れ様。中川のおかげでうちのクラスも最後まで走れそうだね。』

 『悠真へ
  東京へ行っても、たまにはこっちに事を思い出して。』

 そして最後の一個は、藤本へ書いてみた。

 『藤本へ
  バレンタイン企画ありがとう。バレンタインのためにチョコを買うとは思わなかったよ』

 藤本はきっと、青木に告白をするのだろう。僕にはその勇気はない。受験する悠真の邪魔になりたくない、というより……僕は、ただ単に、悠真に否定されるのが怖いだけなのだ。それは、ちゃんと、自覚している。

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