君と過ごした最後の一年、どの季節でも君の傍にいた

七瀬京

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038.バレンタイン

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 翌日、藤本の念が天に届いたように、晴れだった。
 雲一つない快晴。
 ただ、昨日の夜のうちに雪は降ったらしく、校庭は真っ白だった。雪原のような雪化粧。僕はスマホでそれを撮影していく。雪のロケーションを撮影出来るとは思っていなかったので、かなりラッキーだ。
 僕が写真を撮りながら行くと「おー、おはようさん!」と学年主任が声をかけてくれたので「おはようございます!」と元気に挨拶する。振り返ると、学年主任は、工事現場の人たちが切るような、ビニールっぽい素材でできた半コートと、ゴムの長靴を履いて、手には雪かき用のスコップを持っている。
「えっ、先生、一人で雪かきしてたんですか?」
「まあ、通り歩きするところだけな。先生方の車も、スタックしたら大変だし、お前らも転んだら大変だからな」
 学年主任の鼻先は、真っ赤だった。長い間、寒さにさらされていたのだろう。
「先生、僕も手伝いますっ!」
 慌てて僕が近づいていくと、学年主任は「ああいいよ、それより写真撮りなさい」というので「じゃ、先生の写真撮らせてください」とスマホを構えた。
「えっっ俺っ!?」
「はいそうです、先生です……そうだ、卒業式の写真もアルバムに入れようと思うんですけど、この学校最後の生徒と教師ってことで、全員で写真撮りましょうよ」
「みんないらねェだろ、おっさんの写真なんか」
 ははは、と笑う学年主任は、口は悪いけど、実は、いい先生だということも知っている。僕がなんとか悠真の小説を読むことができるようになったのも、先生のおかげだ。
「……そういえば先生、僕、悠真の小説、読めましたよ」
「おお、そうか」
「先生は読みました?」
「ああ、読んだ。教え子が作家になるなんて、結構珍しいからな。……本当は、サインでも入れてもらおうかと思ったが、さすがに、在校中はまずいと思ってな。謝恩会の時に頼み込もうと思ってる」
 学年主任の言葉がおかしくて、思わず笑ってしまった。笑ってから、ちょっと気が付いた。クラスメイトにチョコレートを配るなら、先生たちにも配ればよかった。クラスメイトにもお世話になったけど、先生たちには、この一年間、とてもよくしてもらった。先生たちの尽力がなければ、僕らは、こんなにも楽しい一年を過ごすことはできなかっただろう。
「よしっ、俺ァもうちょっと雪かきしてから中に入るから、お前は教室に行ってろ」
 そういって学年主任は、僕を振り返らずにそのまま校門のところへ向かっていった。
 僕は、言われたとおりにするしかできなくて、なんとなく、その子供っぽさが、いやになった。大人なら、こういう時にどうするんだろう。
 颯爽と来て『僕もやりますよ、先生はそろそろ中へ入ってください』とか、やれればいいんだろうけど、僕のキャラじゃないし……そんなことを考えながら、教室へ入る。教室はまだ誰も来ていなかったので、ひんやり、というか芯まで凍るような寒さだった。
 僕は急いで暖房をつけてから、席に荷物を置いた。
 そして教室から見た風景を撮影しようと思ってスマホを構える。その、僕のスマホが悠真の姿をとらえた。悠真は、颯爽と学年主任に近づいて、奪うようにしてスコップを取ると、雪かきを始めた。学年主任は、少しの間、何か言っていたようだが、悠真が折れないのを見て、あきらめて校舎の中へ入ってしまった。
 僕にできないことを。悠真はたやすくする。
 悠真は、僕よりもずっと大人だ。それがうらやましかった。


 始業時間になっても、みんなは来なかった。なんでも、雪のせいで電車が止まっているらしい。正しくし、雪が凍っているのに気が付かないで、氷を踏んでしまった乗用車がスリップして、始発電車が出発する直前の線路に、豪快にダイブしたらしい。
 僕と悠真は、二人で静かに教室で各々すべきことをしていた。
 僕は、アルバムの仕事。悠真は勉強。言葉もなく、僕らはそれぞれ、作業をして、眠くなって居眠りでもしてしまおうかと思ったが、悠真の手前、それもできないと思って、姿勢を正した。
 皆がそろったのは、二時間目が終わるころだった。
「大変だった~」
「もう、ヘトヘトだよ」
 と口々に言いながら教室に入ってきたみんなを見て、僕は、来年は、僕もこんな風に、電車の事情に振り回される毎日が待っているのだろうなと、なんとなく思った。
「あー、成瀬っ!!!」
 藤本が僕に近づいてくる。手には紙袋。
「おはよう、藤本さん」
「おっはよー。成瀬は用意した?」
「もちろん」と僕も紙袋を取り出して、藤本に見せる。
「え、なに? 二人、何を企んでるの?」
 慌てているのは、青木だ。僕と、藤本の二人を交互に見ていて、せわしない。
「えー? みんな頑張ってるから、成瀬と二人でバレンタインのチョコ買ってきた!!」
「えっ!?」
「えええっ!?」
「ちょっと待って、なんで成瀬も……!?」
 皆の疑問符が飛びまくる中、僕は、池田にチョコレートを渡す。
「いつもありがとう!」
「あ、ありがとう……でも、いいの?」
「池田のために買ってきたから受け取ってね。藤本さんじゃなくてごめん」
「ううん、藤本さんじゃなくてもいいよ、ありがとう。生まれて初めてチョコレートをもらったよ」
 池田の目が潤んでいることには気が付いたが、僕には、別方向の苦々しさが胸の中にあふれていく。これは、罪悪感というものだ。
 生まれて初めてもらうチョコレートが、僕でよかったのだろうか……。まあ、男子からもらおうが女子からもらおうが、一個は一個だ。というところで本人が納得しているならば、僕からは何も言うまい。
「はい、こっちは中川さん」
「えっ!? 私の分もあるの?」
「うん。……三年間、クラス委員お疲れさまでした。中川さんのおかげで楽しく過ごせたよ」
「あ、ありがとう……」
 中川さんは、心なしか、顔を赤らめていたので、僕としては、かなり満足だ。
 そして「これは悠真ね」と何気ないしぐさで悠真に渡す。
「え、俺には、池田とか中川さんみたいになにか一言ないのかよ」
「……いつも一緒にいるからなあ……。じゃあ、いつも一緒にいてくれてありがとう」
 僕の言葉に、ある程度満足したらしく、悠真は「良し」とうなづいている。
 僕は、「藤本さーん」と藤本さんを呼んだ。
「え、なに?」
「ん、これ、藤本さんの」
 チョコレートを差し出すと、藤本さんはびっくりした顔をした。
「えっ? 私、成瀬の分、用意してないよ!!」
「なんとなく予想してた」
「えー、ごめん……」
「いいって。楽しい企画考えてくれてありがとう」
「……成瀬こそ、ありがとう。こんな企画にノってくれて」
 藤本は、すこし申し訳なさそうにいう。
「どういたしまして。あ、チョコレートは、家に帰ってから開けて!!!」
 僕は今にもチョコレートのラッピングをほどきそうなみんなに向かって、呼びかけた。
 僕も手紙を見られたくないし。藤本も、本命のチョコレートと、そうでないチョコレートは人に見られたくないと思ったのだった。
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