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15.乳枷《ルエリティラ》
しおりを挟む目の前に差し出された、思わぬ淫具に、ルシェールが眉を顰める。
「……今、貴族の中で流行しているんです」
フィリアリスは、ルシェールの様子に気付いた様子もなく、うっとりと勝手に語る。
「魔力を込めてくださった方に、性的に隷従できるんです。すべて、ルシェール様の、思うがままに……」
ルシェールは、ため息を吐いて、箱をフィリアリスに押し戻した。
「そういったものを、使うつもりはない」
「……僕にも、恋人の証を下さっても良いじゃないですか」
うるっ、とフィリアリスの瞳が、潤んで揺れるが、ルシェールの心は、微塵も動かなかった。
「それを持って、帰りなさい。私は、あなたに『指導』しただけ……それを、忘れないように」
「だって、僕のことを、可愛いって言ってくださったじゃないですか」
「それも、指導ですよ」
ルシェールの秀麗な眉が歪んで、侮蔑の表情になった。それを見た時、フィリアリスの表情が凍り付く。こういう顔をされるとは、思わなかったのだろう。
「ルシェール様……」
「……たまに居るのですよ。あなたのような、勘違いをする人が……」
「勘違い?」
「そうです。私の、恋人であるかのように勘違いをするという意味ですよ」
フィリアリスが息を飲む。ぽろぽろと、瞳から、大粒の涙が落ちていく。だが、特に、ルシェールの関心を引くようなものではなかった。
「……僕の、恋人には、なってくださらないんですか?」
「私は、あなたを恋人だと思ったことは一度もないよ」
「じゃあ!」
フィリアリスは声を荒らげる。「皇太子殿下はっ!?」
「ああ、あの方は……」
「あの方には、ご指導はなさらないのでしょう? じゃあ、あの方は、なんなのですか!?」
陥落させようとしている相手―――つまり、ルシェールにとっては、獲物のようなものだ。
だが、それを、フィリアリスに語るつもりは毛頭なかった。
「他人のあなたに、それを教える理由が?」
「っ!」
フィリアリスが、唇を噛みしめた。
「……ナディイラ子爵フィリアリス」
ルシェールが、冷ややかに、唄うように告げる。
「あなたは、私の―――この、ロイストゥヒ大公ルシェールの邸へ、私の許しも得ずに、勝手な振る舞いをしているのですよ。この、非礼を、あなたは、償うことが出来るのですか?」
フィリアリスの顔色が、一気に悪くなった。今まで、赤みが差して紅潮していた頬が、蝋人形のように、白くなっていく。
「それは……」
やっと、自分の立場を、フィリアリスは思い至ったらしい。「ご無礼、致しました」
「……まあ、あなたは、私にとっては、あなたのお父気味から託された、大切な、教え子の一人ですよ。少々の失敗は、私の教育不足と言うことで、納めておきましょう」
言外に、次はないと滲ませると、「ありがとうございます」とフィリアリスは頭を下げた。
「……帰りなさい」
「帰りますが……その、大公殿下……、また、お側に置いてくださいませんか? 大公殿下が、お望みであれば、閨での奉仕だけでも……」
「そういうものは必要ありませんよ、ナディイラ子爵」
フィリアリスが、小さく呻いた。
「そう、ですか……」
「ええ。……その、乳枷も持ち帰りなさい。それと―――」
ルシェールは、少々、お節介なことかも知れないと思いながらも、フィリアリスに告げる。
「乳枷の効能が、どれほどのものか解りませんが、そういうものに頼らぬように。過ぎた道具や、魔術は、身を滅ぼしますよ」
フィリアリスは、唇を噛んで、乳枷の入った箱をぎゅっと抱きしめる。
「……好きな人に、振り向いて欲しいときは?」
「そう言ったものを使うのはやめなさい。一時は良くても、いずれ後悔しますよ………無理に手に入れた愛情などは、むなしいだけだ」
「大公殿下にも、そういうご経験が……?」
フィリアリスは意外そうな顔をして聞く。
「いいや? ………だが、昔から、私を手に入れようとして、破滅していったものは多かった。気が狂れて、自らの命を奪ったものもいたよ」
「……一時、あなたの心に、ほんの少しの傷にでもなって残ることが出来るなら、狂っても、死んでも構わないと……そう、思います」
「―――記憶はしているが、心は残していない。むなしいだけだから、馬鹿なことを考えぬように。あなたは、ナディイラ子爵家をもり立てていかなければならないのだから。それが、貴族として生まれた、あなたの、宿命だ」
淡々と告げるルシェールの言葉に、フィリアリスは、静かに首を横に振った。
「いいえ」
「ナディイラ子爵?」
「……いいえ。それでも、僕は、あなたを、諦めることは出来ないと思います。本日は、失礼致しました。ご無礼をお許しください」
丁寧に礼をして、着衣を整えてからフィリアリスは部屋を辞した。
愛や、恋は、冷静な判断を、奪う。
相手に隷従する為の道具などを持ち込むとは、思わなかった。
ああまでして、ルシェールをつなぎ止めようとしているフィリアリスを、愚かしく思った。
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