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北の堺に戻っても、柊生さんは帰っていなかった。私は、堺のおじさんを適当に誤魔化して、部屋で仕事をした。
そう言えば、柊生さん達が言っていた『堺の桃』とは何のことだろう。
北の堺が関係しているのだから、おそらくこの、北の堺のどこかにある桃ノ木のことを指しているものと思われたが。
柊生さんは、なぜ、あんなに激したんだろう。優しくて、穏やかな人が。
月ヶ瀬川から吹き上げてくる風の冷たさに、私は思わず身震いした。半袖しか持ってこなかったのは、誤算だった。長袖か七分袖の服も持って来るんだった。半袖では寒くて居られない。
灯りに誘われたのか、蝶々が一匹飛んできた。手で払おうとしたが、蝶々は、気配を察したようで逃げていった。
「もう、眠ろうかな」
大きな欠伸をしたとき、私は窓の外に柊生さんの姿を発見した。
「柊生さん!」
彼は、ぼんやりと私の部屋を見ていた。その様子のただならぬのを見て、裸足で駆け出した。
「柊生さん。柊生さん?」
私が近寄っても、柊生さんはぼんやりしていて、心ここに在らずと言った感じだった。彼の細い腕を掴み、揺さぶった。
「美咲?」
いまだ、焦点の定まらないような目をしていたが、柊生さんはそう言った。
「うん。大丈夫?」
「え? あ、ああ」
柊生さんは、ぼんやりと空を見上げた。
彼の身体から、濃厚な桃の香りがたっていた。桃源にいたのだろう。
「桜井に、連れていってくれませんか? 土を取りに行くんでしょう?」
「桜井……」
しばらく考えるような素振りをしていた柊生さんだったが、
「今年は、桜井ではなく桃源の土を使いましょう。そちらの方が、出来が良いはずだから」
とだけ呟いて、再びぼんやりと宙を眺めていた。
「そうだ。美咲。行こう?」
ふわり、と微笑むと柊生さんは、危なげな足取りで桃源へと向かっていった。
「ちょっと待って! 私、裸足!」
だけど、柊生さんはふわふわと、まるで蝶々が宙を舞うような足取りで、桃源へと入っていった。
私は、追いつくのに精一杯で、だけど柊生さんの艶やかな姿に見惚れずには居られなかった。柊生さんは、綺麗だった。ふいに、柊生さんは立ち止まると、
「ここですよ」と言って、桃の木の下を指さした。
私は、そこを見たが暗くてよく見えなかった。
「ホラ、これです」
柊生さんの細い指が、何かを摘んで私の手に押しつける。それは、大地の香りがした。
「なあに、これ。園芸の飼料みたいだけど」
ぽろぽろとした感触で、つぶそうとしたが、出来なかった。
「この土は、この桃と桜井のある桜の下だけに出来るんです。北の堺は、これで甕を作ります」
「コレ。何で出来てるんですか?」
「さぁ……。でも、村の古い連中は、コレを栄養の代わりに摂っているというので、食べても害のないものなのでしょう」
私の手を、柊生さんは取った。そして、あの奇妙な土を摘むと、自分の口に運んだ。
「美味しいですか? それ?」
「栄養は、採れます。これを食べていれば、何も食べなくて済むから…」
拒食症かしら、柊生さん。そう言えば、柊生さんはこんなに細いし。
「柊生さん、駄目だよ、ちゃんと食べなきゃ」
「食べたくない」
「どうして?」
「罪悪感が、あるんです」
柊生さんは、もしかすると菜食主義者なのかもしれない。私は、柊生さんが肉や魚の類を口にしないことを、そういえば、訝しく思ったのだ。
「なら、野菜食べましょ。野菜なら良いでしょ?」
柊生さんは何も言わずに、ポロポロした米粒くらいの土を食べ続けていた。
「柊生さん!」
「何ですか?」
「柊二さんが、謝ってくれって、言ってたわ」
「柊二が、ですか? 私は、あいつがうらやましい。私には、この瑕(きず)は重すぎる」
柊生さんは、桃の木に触れた。
桃は、喜んでいるように見えた。
「この土を、持ち帰るのを。手伝ってくれませんか?」
「ええ、良いですよ」
柊生さんは、桃の葉を二枚取り、一枚は自分の口に含んだ。もう一枚のは、私の為らしい。この土を取るのに、こうして桃の葉を口に含んでからと言う決まりでもあるのだろう。
柊生さんの真似をして、私は土を取り、ハンカチの中に包んだ。
「さあ、家に帰りましょう」
柊生さんは、今度は確かな足取りで、村に帰っていった。
「柊生さん、どうして桃の葉をくわえたんです?」
「ええ。この土は、神聖ですので、こうして布に包んでしまうまで氣(ケ)に触れさせてはいけないんです」
「はぁ、そうなんですか」
そうですよ。と言って、柊生さんは私を見つめた。
そう言えば、柊生さん達が言っていた『堺の桃』とは何のことだろう。
北の堺が関係しているのだから、おそらくこの、北の堺のどこかにある桃ノ木のことを指しているものと思われたが。
柊生さんは、なぜ、あんなに激したんだろう。優しくて、穏やかな人が。
月ヶ瀬川から吹き上げてくる風の冷たさに、私は思わず身震いした。半袖しか持ってこなかったのは、誤算だった。長袖か七分袖の服も持って来るんだった。半袖では寒くて居られない。
灯りに誘われたのか、蝶々が一匹飛んできた。手で払おうとしたが、蝶々は、気配を察したようで逃げていった。
「もう、眠ろうかな」
大きな欠伸をしたとき、私は窓の外に柊生さんの姿を発見した。
「柊生さん!」
彼は、ぼんやりと私の部屋を見ていた。その様子のただならぬのを見て、裸足で駆け出した。
「柊生さん。柊生さん?」
私が近寄っても、柊生さんはぼんやりしていて、心ここに在らずと言った感じだった。彼の細い腕を掴み、揺さぶった。
「美咲?」
いまだ、焦点の定まらないような目をしていたが、柊生さんはそう言った。
「うん。大丈夫?」
「え? あ、ああ」
柊生さんは、ぼんやりと空を見上げた。
彼の身体から、濃厚な桃の香りがたっていた。桃源にいたのだろう。
「桜井に、連れていってくれませんか? 土を取りに行くんでしょう?」
「桜井……」
しばらく考えるような素振りをしていた柊生さんだったが、
「今年は、桜井ではなく桃源の土を使いましょう。そちらの方が、出来が良いはずだから」
とだけ呟いて、再びぼんやりと宙を眺めていた。
「そうだ。美咲。行こう?」
ふわり、と微笑むと柊生さんは、危なげな足取りで桃源へと向かっていった。
「ちょっと待って! 私、裸足!」
だけど、柊生さんはふわふわと、まるで蝶々が宙を舞うような足取りで、桃源へと入っていった。
私は、追いつくのに精一杯で、だけど柊生さんの艶やかな姿に見惚れずには居られなかった。柊生さんは、綺麗だった。ふいに、柊生さんは立ち止まると、
「ここですよ」と言って、桃の木の下を指さした。
私は、そこを見たが暗くてよく見えなかった。
「ホラ、これです」
柊生さんの細い指が、何かを摘んで私の手に押しつける。それは、大地の香りがした。
「なあに、これ。園芸の飼料みたいだけど」
ぽろぽろとした感触で、つぶそうとしたが、出来なかった。
「この土は、この桃と桜井のある桜の下だけに出来るんです。北の堺は、これで甕を作ります」
「コレ。何で出来てるんですか?」
「さぁ……。でも、村の古い連中は、コレを栄養の代わりに摂っているというので、食べても害のないものなのでしょう」
私の手を、柊生さんは取った。そして、あの奇妙な土を摘むと、自分の口に運んだ。
「美味しいですか? それ?」
「栄養は、採れます。これを食べていれば、何も食べなくて済むから…」
拒食症かしら、柊生さん。そう言えば、柊生さんはこんなに細いし。
「柊生さん、駄目だよ、ちゃんと食べなきゃ」
「食べたくない」
「どうして?」
「罪悪感が、あるんです」
柊生さんは、もしかすると菜食主義者なのかもしれない。私は、柊生さんが肉や魚の類を口にしないことを、そういえば、訝しく思ったのだ。
「なら、野菜食べましょ。野菜なら良いでしょ?」
柊生さんは何も言わずに、ポロポロした米粒くらいの土を食べ続けていた。
「柊生さん!」
「何ですか?」
「柊二さんが、謝ってくれって、言ってたわ」
「柊二が、ですか? 私は、あいつがうらやましい。私には、この瑕(きず)は重すぎる」
柊生さんは、桃の木に触れた。
桃は、喜んでいるように見えた。
「この土を、持ち帰るのを。手伝ってくれませんか?」
「ええ、良いですよ」
柊生さんは、桃の葉を二枚取り、一枚は自分の口に含んだ。もう一枚のは、私の為らしい。この土を取るのに、こうして桃の葉を口に含んでからと言う決まりでもあるのだろう。
柊生さんの真似をして、私は土を取り、ハンカチの中に包んだ。
「さあ、家に帰りましょう」
柊生さんは、今度は確かな足取りで、村に帰っていった。
「柊生さん、どうして桃の葉をくわえたんです?」
「ええ。この土は、神聖ですので、こうして布に包んでしまうまで氣(ケ)に触れさせてはいけないんです」
「はぁ、そうなんですか」
そうですよ。と言って、柊生さんは私を見つめた。
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