死んだあの子のホントの音

リンネ

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2章

新井大輝

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 俺は、それなりに優秀な方なんだと思う。杏奈には追いつけなくても、勉強面は間に合っている。
 俺はこの学校に入学してきて、入学式当日から友達が数人できた。そしてこの高3の夏になる前に数人に告白もされた。これは親バカだけど、カッコイイらしい。成績も良くて運動もできて人付き合いも上手くて、クラスの人気者。
 けれど俺のクラスにはもう1人人気者がいた。そのもう1人は、つい最近に亡くなってしまった石川清明。
 確かに清明は、傍目から見てもかっこいい。なんでも出来るし、成績は俺よりも少ししただけど、全然馬鹿じゃない。それに俺と清明
は外でバスケのクラブをしていた。というのは、俺はもともとバスケ部だったが高校に入ってからは、小学生の頃に祖父の影響でやっていた弓道の道へ行った。だから、少し激しい運動とは縁のない生活になっていた。けれど、清明たちと深く係わっていく度に、俺は清明にバスケのクラブに誘われた。クラブとは言ってもママさんバレーみたいな感覚で、お遊びの団体だったけど。
 清明に勧められるままに、この高3の夏まで清明と部活のない放課後や休みの日で都合が合えばバスケをしていた。けれど、清明のプレーはどこの誰とも比にならないほど鮮やかだった。まるで、ボールと清明の手が一緒になっているかのように、滑らかに穴のない技さばき。見ているだけで楽しかった。
 そんな俺が、清明を含めた5人対俺を含めた5人でミニゲームをするとになった。一緒にプレーをしてわかった。というよりは、一緒にプレーをすることにより、余計に清明が凄いことがわかった。さすが、バスケの大会で県で1番に輝くチームに所属していて、今も全国大会常連のこの学校のバスケ部に推薦された才能。でも俺は、それが才能だけで成り立っているものだとは思っていなかった。多分、並外れた努力の末に得たものなんだと分かっているけど、それなりに才能とかセンスも影響するとも思っている。だから、俺はそんな清明が少し憎くなっていた。
 
 去年の夏休みに、真叶の両親の提案で、俺達は静岡へ行った。もちろん、海へ泳ぎに。
 泳ぐ予定の白浜大浜海水浴場に着いて、もちろん男子は海パンで、杏奈は水着の上に長袖を着ていた。水着自体はハーフパンツのタイプだった。そりゃそうか。でも1つ気になったのは、清明は海パンのみではなく、上に水着の半袖を着ていた。
 「出し惜しみすんなよー」
 光星はバケツに海水をいっぱいに入れて清明に勢いよくかけた。
 「うわっ!光星やったなぁ!!真叶やり返せ!」
 「なんで僕がー」
 幼稚園児か思うような絡みだったけど、その3人のふざけあいは、普通に日常生活でも見ていてとても楽しい。
 海で泳ぎながら俺は、清明の体型が少し気がかりだった。細いのは最初からわかっていたが、真叶のように健康的に細いと言うよりはまるで、ダイエットしてますよ、みたいな細さだった。
 「清明、大丈夫かしら」
 不意にそんな声が聞こえて、声のした方を見ると、杏奈が懸念そうな目をしてはしゃぐ清明の背中を見ていた。
 俺もそれは思う。大丈夫か?と。でもきっと、「大丈夫か?」なんて聞いたって、清明はきょとんとした顔で笑ってしまう。清明はいつもそうする。こっちが心配して聞いても、「なんのこと?」なんて言って逃げてしまう。
 「真叶、絶対疲れてるよな。つか、あの2人は幼稚園児か」
 俺は笑いながらそう言った。
 清明から目を逸らして。
 「そうね」
 杏奈も笑ってそう言う。杏奈が笑うと俺は自然と安心した。
 俺は岩から立ち上がって、はしゃぐ3人のところへ走っていった。
 「結局、混ざりたいんじゃない」
 走る俺の背中に杏奈が何か言った気がしたが、よく分からず俺は3人のところへ走る。真叶の後ろから方を組んで、俺も参戦した。
 それから俺らは本当の兄弟みたいに遊んで過ごした。
 1泊2日で、俺達はホテルに着いた。ホテルと言ってもそんなに高くはないらしい。でも設備は充実してるし、とても綺麗だからこれが安いホテルとは思えなかったが。
 杏奈は真叶のお母さんと一緒の部屋に。俺ら男子は4人と真叶のお父さんで同じ部屋に泊まることになった。
 お風呂も済ませて、夕飯も食べたあとで、俺は壁に寄りかかって座り、スマホに電源を入れた。メッセージの相手は、杏奈。
 「そっちは大丈夫か?」
 俺はメッセージを送ってスマホの電源を切った。
 すると、切ってすぐくらいに返事が来た。
 「特に何もないわよ」
 端的にそれだけ。まぁ、杏奈らしいか。
 「そうか」
 「そっちは?男子だらけで騒がしそうね」
 「そうでもないな。皆昼まで疲れて、まだ起きてるけどそれぞれゲームって感じ」
 まさにその通り。布団に潜りはしてるけど、寝てる人はいない。真叶のお父さんは今お風呂はいったけど、他3人は3人でオンラインゲームをしてる。これは当分寝ない感じがする。
 「大輝はしないの?」
 スマホが振動して、画面を見るとその文字。
 俺?俺は…
 「よっしゃ!」
 「あー!光星ずるいよ!」
 「隙あり!」
 多分、光星が真叶をやって、浮かれた光星を清明がやったって感じか。見に行こうとも思うし、参戦しようとも思う。でも、どことなくこの3人と俺には見えない境界線があるように感じる。もちろん、3人は故意にそういうのを醸し出してるわけじゃない。俺が勝手にそう思い込んでるだけなんだって、そんなのわかってる。けど、なんとなくそう思ってしまう。俺と3人の決定的な違い。
 「大輝?」
 メッセージがまた来る。もう杏奈のメッセージへ10分は既読無視をしてる。自分から送ったくせに。
 「俺も混ざろうかな」
 なんとなくそう返して終わる。混ざれないと思うけどね。そう思ってボーッとしていると、布団の中からむくりと真叶が顔を出して、何かを探しているような素振りをして、俺を見て嬉しそうに、まるでおもちゃを見つけた幼稚園児みたいな顔をした。
 「大輝もやろうよ!」
 俺は少し固まった。
 あれ?この感じ確かどこかで……。
 「大輝?」
 ─大輝?大丈夫?
 吐き気がした。あまりにも言葉と声色がリンクしすぎて、気持ち悪くなった。寒気がする。
 また真叶が俺を呼ぶ気がした。こんどは「大丈夫?」なんて聞かれるかもしれない。怖くなって俺は遮るように口を開く。
 「おぉ!やるやる」
 俺はスマホを握りしめて3人のところへ行った。
 真叶はよくわからない変な顔をしていたが、気にはせずに清明達とオンラインを繋ぐ。
 
 吐きそうになる感覚と同時に、戻ってくる記憶がある。
 トラウマ。
 中学の頃、俺は今とは比べ物にならないくらいに地味だった。超がつくほど真面目でとにかく勉強ばかり。親もそんな感じで、俺はそれが当たり前だと思い込んでいた。
 でも小学校から中学へあがって、知らない人と同じクラスになるから、当然すれ違いはあった。
 真面目だったからもちろんジョークとは無縁。話が通じないし、面白くないし、少し成績がいいだけで、「優等生ぶっている」と誤解されて悲観される。中2の頃には地味な嫌がらせから、影での暴力に変わっていた。
 毎日のようにお金を要求されて、最初は自分のお金で解決してたけど、だんだんそれも無理になってきて、最終的には母の財布から盗み出したりもしていた。でもバレて、すごく怒られて「ちゃんと断ってきなさい」って。言われた次の日だ。
 「おい、金どうした?」
 「もうお金はないよ…だから、だからもう」
 「はぁ?なめたこといってんじゃねぇぞ!」
 頬に酷い痛みがして、気づけば地面に叩きつけられて、首を絞められていた。
 「おい、俺らがお前にしてやった事覚えてんだろーな?恩を仇で返すってのか?あ!?」
 「うぐ…ぐ……」
 何も喋れなくて、ただ呼吸がしたくて、でも空気は入ってこない。
 「おい大地、やりすぎだろ」
 「うっせーんだよ!仲良くしてやったのに俺らのことバカにしやがって!!」
 やばい……死ぬ…
 「大地!」
 「こらぁ!何やってんだぁ!」
 後者の角から声がした。一斉に慌ててそっちを見ると、たまたま校門外でタバコを吸っていた技術基礎の先生が走ってこっちへ来た。
 「やべ!」
 「ズラかれ!」
 いじめっ子は一斉に逃げて消えた。まるで、電線にとまった鳥みたいに。
 「待ちなさい!顔は覚えたからな!!」
 先生はそこで止まって次は俺を見た。
 「大丈夫か?立てるか?」
 先生は手を差し出してきた。
 でも俺は、その手を握るのが怖かった。
 だから手は握らずに自分の力だけで起き上がって、壁に寄りかかりながら立ちあがる。
 「保健室行くか?」
 先生は極めて優しい声でそう促す。
 でも、その時の俺には偽善としか聞えなくて、目は合わせなかった。
 「大丈夫です」
 今まで目を瞑ってきたくせに。結局死のうとしなきゃ助けてはくれない。そこまで重症化しないと助けてはくれない。なら、要らない。
 俺はそう思って、助けて欲しい心を押し殺してその場から走り去った。
 そのあと俺はトイレへ呼び出されて、バケツとモップでびっしょびっしょにされた。
 「……もう、死にたい」
 気づけばそんなことを呟いていた。誰かが来る音がする。俺は怖くなって、そこから逃げ出して、屋上へ向かう階段を駆け上がった。1番上まで行って、屋上前のドアの前で屈む。
 なんでこんな目に……
 俺が何をしたって言うんだ。だってデマじゃないか。俺は何も悪くない。なんで……
 授業開始のチャイムの音がした。でも、もうどうでもいい。見て見ぬふりの先生は、俺がいないことも知らんぷりするから。
 ふと、誰かが来る音がした。階段をゆっくりとあがってくる音。靴の音から、同級生の誰か。まさか、呼びに来たのか?
 「大輝……」
 聞き覚えのあるひ弱な声。その声で思い出すフォルムはひょろひょろな白めの金髪。真叶だ。
 「授業、始まったよ?」
 うん。始まった。だから?
 「そういう真叶はいいの?」
 「僕は…もう不真面目扱いだからさ」
 えへへっと真叶は笑う。なんでそんな悔しいこと、笑いながら話せるんだ。
 「金髪だから?」
 「まぁね。親もちゃんと説明したのに酷いよね」
 酷いよね。うん。酷いよな。都合の悪いことに対しては本当に。
 沈黙が落ちる。この時間は嫌いだ。なにか話さなきゃって使命感に陥る。強迫観念。
 「……大輝?」
 目から冷たいのが溢れた。
 「大丈夫?」
 やめてくれ……そんな優しい声で話しかけないでくれよ。頼むから。
 真叶だって実際は目を瞑っていたのかもしれない。けれど、同じように先生から不平等な扱いを受けたもの同士、伝わってくるものはあった。一気に止め金が外れた。俺は、廊下だから嗚咽が全部響いてしまうことも気にかけずに、ただ泣いた。真叶はずっとそばにいた。泣き止むまで、隣に座り込んだりしていつもそばから離れなかった。
 
 
 感謝はしているんだ。その日泣き止んだ後で、俺の悩みとか聞いてその悔しさを分かってくれたっていうのもあって、俺はその悔しさを糧にここまでキャラを180度回転させることが出来た。
 でも、「大輝?大丈夫?」あのときの声と言葉は、俺にとって嫌な記憶を甦らせる「都合の悪いモノ」。
 いつぞや、清明にも同じように聞かれたことがある。
 いつだったかは確実には覚えていなけれど、あれは、清明の死からは割りと前の話。その日は文化祭で、他人への対応に追われていた日だった。多分、それのせいで俺はその1日が変に笑顔の耐えない日になっていたのかもしれない。分からないけれど。文化祭の片付けを生徒会のボランティアでいつもの5人でやっていた所、清明に話しかけられたと思ったらそんなことを言われたんだ。
 「大輝、大丈夫?」
 「大丈夫って?どういう意味だよ」
 俺はあくまで笑いながら返す。
 「いやぁ、終始ひきつってたから」
 清明はたまに、無自覚にも真をつくようなことを言う。
 ひきつってた?そんなわけあるか。
 「そうか?満面の笑みのつもりだったよ?」
 「作ってる笑顔だってすぐわかるよ。本当に大丈夫?」
 ─大丈夫?
 吐き気がした。
 「大丈夫に決まってるって」
 「本当に?」
 やめてくれ。
 「大輝、なんでも抱え込みそうな顔してるよ」
 それを言うなら清明の方だろ。
 「顔色悪いよ?」
 「別に?」
 もうそう返す以外に何も言葉が出なかった。
 「大丈夫?」
 うるさい。うるさいうるさい…!!
 「大丈夫だってば」
 俺はつい冷たくそう返してその場から立ち去った。
 清明は追いかけてこなかった。でも後で謝りに来た。申し訳ないと思った。気を使わせてしまった。
 俺はそれからずっと、何となくやりきれない気持ちでいた。
 もやもやとして、でも自分が悪いことはわかっていたから余計にもやもやしていた。
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