夏が来る頃に

リンネ

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君の過去

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 ある日聞いた話だ。
 多分、普通に聞いていれば、1人の男の子と、愛夜さんが出会ったという普通の話。どこにでもある日常会話。あのころの僕には、多分そう聞こえていた。愛夜さんは違う意味で言っていたのかもしれない。けれど、そんなことも分からずに僕は、ああーそうですかなんて流すようになった。愛夜さんはどんな顔をした……?


 誠司さんのおかげで、愛夜さんへは僕だけなら面会が可能になった。ようやく愛夜さんと会えるようになった訳だが、少しだけ申し訳なかった。自分で謝りに行って事情を話せば、変な罪悪感に悩まされることもなくいられたかもしれないと思うと、変な気持ちだった。
 「ありがとうございます。そしてすみませんでした」
 「え?何?」
 僕はその日、深々と愛夜さんに頭を下げ、感謝と同時に謝罪をした。
 愛夜さんはチンプンカンプンと言った様子で、わけが分かっていないようだった。
 「あ、頭上げなよ?私、わかんないよ」
 僕が頭を下げたまま上げずにいると、愛夜さんはますます困った顔でそう言ってくれた。
 僕はゆっくりと頭をあげて、愛夜さんを見つめた。
 「気にしなでください。言いたかっただけです」
 「ありがとうはわかるけど、ごめんなさいを言いたがる人はいないと思うけど」
 愛夜さんはまた困ったような顔をした。でも、少し笑っているようにも見えた。
 「まぁ、いいっか!あ!」
 「なんですか?」
 「誠司に会ったんでしょ?誠司が、君のこと話してたよ」
 少し胸に刺さった。
 誠司誠司と呼ぶ愛夜さんが、少しだけ嫌だった。
 誠司さんに恨みなんかない。けれど、嫉妬心なのかよく分からないけれど、ただ、少し嫌になってきた。
 「それでね!ゴホッゴホッ……」
 不意に愛夜さんが咳き込んだ。珍しかった。今までだって、愛夜さんはそんな様子はひとつもなかった。
 あれ?なんだろう、この違和感………
 「ゴホッゴホッ……ごめん」
 愛夜さんは苦しそうにそう言った。僕は心配になって看護師を呼ぼうかというと、首を振った。
 「いいの。慣れっこだよ。これもきっと薬のおかげ」
 「え?」
 愛夜さんはそう言うと、僕から少し目をそらした。ごめんって言ってる気がした。何に対してだろうか?
 「ごめんね、君に相談もせずに」
 「何がですか?」
 「私、薬を打つことにしたの」
 その瞬間、時間が止まった。風の音も、外で遊ぶ子供の声も、自分が呼吸をする音さえ、止まったように感じた。
 「薬って……」
 「LLD。永命病に最も効く薬。これで、私はこの永命病から離れられる。死ねない呪いを解くんだよ?かっこいいでしょー」
 愛夜さんは誤魔化すように変に明るくそう言った。自慢げに、胸を張って褒めたたえてほしいと言わんばかりの顔で。でも、僕はそれを素直にいいこととは思えなかった。
 「誠司さんは、許可したんですか?」
 「最初は嫌そうな感じに返されちゃったけど、伝えたいこと、言いたいことちゃんと言ってみたら、大泣きしながら承諾してくれたの」
 「………そうですか…」
 「ごめん、君に聞けないままで」
 「いや……」
 「LLDは永命病のみに働くから、永命病がほぼ無い日本では生産数が少なくてね、急いだ方がいいってお医者さんがいうから」
 「いいんです。別に聞いたところで、愛夜さんの人生を決められるほど、決断力ないから」
 僕がそう言うと、愛夜さんは僕の顔を見て難しい顔をした。僕はその顔の意味がわからなかった。なんの顔だろうか。僕、なにか顔に出ていたのかな。
 「……LLDって、永命病を治すための薬……」
 「そうだよ」
 ぼそっと呟いただけの僕の言葉を、愛夜さんは聞き逃さずに答えた。
 「永命病を治すって……」
 「どうかしたの?」
 死んでしまうことじゃないか。
 そんなこと、もしも僕が誠司さんと同じ立場にいられたら、何がなんでも拒むよ。だって……どうして愛夜さんが死ななきゃならない?耐えられないよ……そんなの嫌だ
 「それは……それは、死んでしまうってことですよね?」
 「……うん」
 案外愛夜さんはすぐに答えた。もう少し拒んでから嫌そうに答えるかと思ったら、既に覚悟はできてるみたいに答えた。
 「もう、会えなくなる」
 「え?」
 「愛夜さんは、あなたは何もわかってない!」
 僕が声を荒らげると、愛夜さんは驚いたような顔を見せた。
 「愛夜さんは…愛夜さんはなんで死ぬ方を選ぶんですか!?あなたは、生きていたくはないんですか!?」
 「……早く、お母さんに会いたいかな」
 その答えを聞いた瞬間、初めて愛夜さんが弱気になった気がした。
 「僕じゃダメですか?……嫌だ、嫌だ!死ぬなんて……」
 顔はぐちゃぐちゃだった。表情は最悪で、誰が見てもドン引きするだろう。
 「どうして………」
 不意に頬が温かくなった。
 頬に触れるその感触に驚いて、僕は落としてた視線を上へやった。
 愛夜さんが少し涙目で、僕の頬に手を添えていた。
 「今すぐじゃないよ。ただ、いつかはそうなる。人いつか死ぬの」
 「こんなに苦しいなら……あなたに会わなければ……」
 僕がそんなことを吐くと、愛夜さんは悲しそうな顔をした。気がした。
 でも、頬にあった温もりが消えて、その代わりに愛夜さんは少し微笑みながら提案してきた。
 「いつも君の事を聞いてばっかだから、今日は私のことを話すね?」
 悪戯な微笑みのような、不思議が顔をしていた。多分涙のせいで濁って変に見えるだけだろうけど。
 「私ね」
 ──私ね、昔、と言っても12年くらい前かな。永命病になってから10年くらいだった頃にこの病院で、外にいるあの子達くらいの男の子にあったの。その子は、昔から器官が弱いみたいで、よく喘息で入院してたの。で、たまたま外の空気が吸いたくて外に出たらね、ちょうど外にその子もいたの。その子は、芝生でサッカーをしてる男の子達を、羨ましそうな目で見つめていて、私は不思議に思って話しかけてみたの。
 「君はやらないの?」
 「……僕、出来ないから。下手っぴなんだ」
 その子は、誤魔化すように微笑んで見せたの。まだ小学1年生くらいだったと思うけど、そうやって大人みたいに笑って見せたの。でもその微笑みは心からのものじゃなかった。多分、自分が器官が弱いってことを子供ながらに知られたくなかったのと、やりたいというわがままを言えなかったから、我慢したんだと思った。
 とても不思議な顔をしてたの。笑ってるのに泣いてるみたい。

 「そう言えば、その顔、君にそっくり」
 急に現実に引き戻された。愛夜さんは僕を指さして言った。
 「え?」
 「本当はやりたかったり、嫌だったり色々な感情があるはずなのなに、我慢してしまいこんでる顔。確かね、名前はー……折戸琥白おりとこはくって言ったかな」
 「え」
 「どうかした?」
 「いや、なんでもないです」
 僕は少し驚いたが、気のせいだろうと流した。
 「愛夜さんって、一体何年生きてるんですか?」
 「うーん、19になってからずっとだからー、もう何年生きたかわかんないや」
 愛夜さんは笑いながらそう言った。
 笑えることなのかもしれない。けれど僕はどうしても笑えなかった。永命病は、永年死ねない病気。だからもう、一体何年生きたかなんて分からないだろう。
 「ご両親は?」
 「もう他界したよ」
 「あ」
 「いいの。私が19の頃に2人とも40後半だったから、計算するとそんなお年頃にはなるよ」
 「そう、ですか」
 やっぱり辛かった。
 死にたくなるよね。
 身内が、それも両親が既に他界してしまっているなら。それに、愛夜さん自身きっと疲れたんだ…。もう何年生きたかもわからない人生を、あと何年なんて分からないまま生きるなんて。
 ふと、電話のバイブレーションがブーブー鳴った。
 「電話?」
 「いや、メールです。叔母から」
 僕は内容を読んだ。
 「そろそろ帰らなきゃだね」
 愛夜さんは外を見て言った。
 「はい。叔母からはそんな様なメールです」
 「うん」
 「じゃあ、また明日」
 「うん、待ってる」
 待ってる。そう言った愛夜さんの顔は、少しだけ濁っているように見えた。気のせいだろうと思った。でも、いつもの満面の笑みとは違った。
 「ねぇ」
 愛夜さんに背を向けて病室を出ようとすると、愛夜さんが問いかけてきた。
 「君は、私に生きていてほしい?死んでほしい?」
 答えに困った。でも、結論は案外すぐに出た。
 「僕は……愛夜さんが幸せになる方を望みます」
 僕は少し柔らかく答えた。
 振り返ることはしなかった。振り返ったら帰れなくなる。帰らなくなる。だから、愛夜さんの顔は見ずにそのまま帰った。

 帰ってからベッドに横になり、呆然とした。明日の学校へはいく気がわかなかった。僕が休めば、誰かがいじめいたことを後悔してくれるだろうか。
 結局僕は考えている途中で眠りに落ちた。お風呂は、朝でいいっか。そんなことを思いながら、少し肌寒い夜を布団もかけずに過ごした。
 

 翌日、僕は宣言通り休むことにした。母も父もいないから、グチグチ言われることもなく、好き勝手休めた。学校にとりあえず連絡を入れて、その後は電話を投げ捨ててベッドに倒れ込んだ。今日は比較的晴れの日だった。
 このまま、中退しようか
 そんな考えもあった。本音は、あんなところいたくないし、学校自体が結構しんどかったりしてた。
 少しだけ真剣に考えてみた。でも流石に高校中退なんて出来ない。結局その結論にたどり着いた。
 学校では、どんな会話がされているのかな。少しは心を痛めてくれたかな。ボーッとした。何もすることがなくて暇だった。
 会いに行こうかと思ったけど、流石に今は体を動かす元気がなかった。それに、何か言われそうだったから少し時間をおいて、下校の時間頃に愛夜さんのところへ行くことにした。
 学校の前を通るのは嫌だったから、少し遠回りをして病院へ行った。
 いつも通り病室へ行くと、ベッドの上に横になった愛夜さんがいた。嫌な予感でもしたんだ。僕は駆け寄っていた。
 「愛夜さん?大丈夫ですか?」
 「あぁ、君、来てくれたんだね」
 愛夜さんの声はいつもより数倍も弱かった。
 「愛夜さん?」
 「薬が…効いてるのかもね。力が……入らないや…」
 愛夜さんは白く細い手を僕の方へ伸ばしたが、その手はひどく震えていた。
 LLDは即効性に長けた薬。さすがに1日でどうこうなるわけじゃないだろうって思ってたけど、そうでもないらしく、愛夜さんは昨日見た時よりも明らかに弱いように見えた。
 「死なないで…」そんな言葉が口から漏れそうになった。でも、出ないように止めた。
 その後で、僕は笑顔を見せた。
 すると、いきなり病室のドアが開いた。
 「おい根暗!」
 その声はとても刺さる声だった。すぐに未来ちゃんだと分かった。
 「てめぇどういうつもりだ!休みやがって、役員やらされたんだけど!」  
 未来ちゃんは僕の胸ぐらを掴んだ。
 「病院では、静かにしようよ」
 僕は宥めるように言った。未来ちゃんは強く舌打ちをして、僕の腕を引いて病院の外の公園に行った。
 「土下座しろよクズ」
 「え?」
 「早くやれよ!!」
 僕は、なにもしなかった。その代わり重い口を開いて、勇気を振り絞って話を切り出した。
 「ねぇ未来ちゃん」
 「あ?」
 「もし、愛夜さんが死ぬって言ったら?」
 「……え?」
 僕がそう言うと、未来ちゃんは急にコロッと表情を変えた。それは、さっきまで鬼の形相で睨んでた子とは全く違う悲しげな顔だった。
 「何言ってんの?」
 「いや…その、もし」
 言葉が出る前に、頬に強い痛みが走った。
 数秒たってジンジンヒリヒリしてきて、ようやく、ぶたれたんだと気づいた。
 「サイッテー、勝手に人の事殺してんじゃねぇよ!勝手なこと言うな!」
 未来ちゃんは僕をぶってそう言うと、そのまま背を向けて去ろうとした。
 「もしそれが本当だったら、未来ちゃんは会いに来てあげてね?」
 僕が痛みを抑えて必死に絞り出すようにいうと、未来ちゃんは小声で何かを呟いて去っていってしまった。
 でも、強く印象に残っていた顔があった。
 ずっと怒ったような顔をしてたのに、愛夜さんが死ぬという話をしだした瞬間、人が変わった。
 不器用な未来ちゃんでも、今まで関係を持っていた愛夜さんが死ぬのは嫌なんだろうと感じた。今はまだ、そう思ってればいいと思った。
 去っていく背中は道の右曲がり角で消えてしまった。
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